でも、それでも
「違っ―――――」
「違うくありません」
私の言葉を遮るように香澄ちゃんは言葉を発する。それには有無を言わさぬ威圧感があった。
「だっておかしいじゃないですか。好きなはずの相手に迫ったと思えば、急に引っ込み思案になって」
「いや、でもそれは」
「ええ、普通なのかもしれない」
香澄ちゃんはなにを見てるのだろう。
「でも、私に邪魔をするなと言われた時、恵さんなにも言い返さなかったじゃないですか」
そう、なのだ。あの時そんなことを言われて、自分の気持ちが本当のなのかわからなくなって。そのくせ、香澄ちゃんに嫉妬のようなものも抱いて。
「恵さんが今抱いているその嫉妬は、たしかに私に対してです。でも、それは恋心から来ているものじゃない」
「…………」
「私があんなにも自分の気持ちに素直になっていることに、何かに対して全力で行えている私に対して嫉妬して――――――」
「違うよ」
でも、最初はそうだったかもしれないけど。
私は――――。
じゃないと、この気持ちの説明がつかない。そうだ、証明をしないと。
「そうですか。そうだといいですね」
香澄ちゃんはなにか思惑が外れたかのように、少し顔を歪ませた。
その夜はそこで終わった。
♦︎
たくちゃんの真似をすれば、新しい私になれると思った。
このくだらない日常から抜け出せると思った。
だから、全てにおいて私は頑張った。手につくもの全てにおいて全力で挑んだ。
でも、私は私だった。結局変わることはなかった。憧れは憧れのままだった。その憧憬に手が届くことはなかった。
高校生になって、私は部活に入ることでその柵の一部から抜け出した。楽しかった。同年代の同性と一緒に練習することなんてなかったし、放課後もみんなで遊ぶことができるようになった。
そんな、そんな憧れていたものを手に入れたのに。
私はまだ、私の憧れを目にしていた。
気づけば目で追っていた。鼓動が高鳴っていた。胸が苦しくなった。
そこで気づいた。憧れは、恋心へ変わっていたんだと。
それに気づいたのが、香澄ちゃんが来る少し前、高校一年の三学期だった。遅すぎたのだ。
そして、今日香澄ちゃんに詰め寄られて、不安になった。前々から思っていた疑問だ。
私は本当にたくちゃんに対して、恋心を抱いてるんだろうか、というものだった。
口ではあんなことを言ったが、強がっては見たが、実は錯覚してるだけなんではないだろうか。そんな気がしてならなかった。それを香澄ちゃんに突かれて、改めて私は自分の気持ちと相対することになった。
確かめないと、いけない。
証明しないと、いけない。
私の、この気持ちの正体を。
♦︎
「おはよう」
そんな言葉を横目に俺は学校へと到着した。今日は久々に一人での登校だ。なぜだかわからないが、香澄が寝坊するという事態が発生したのだ。
そんなこんなで、俺は一人。自由という時間を謳歌しているのだ。
「にしても」
朝の様子がなにか変だった。香澄は起きてこなかったからわからなかったが、明らかに恵の様子が変だった。
視線が合う回数が多かったし、昨日とはまるで表情やオーラが違うかった。
「なんだったんだ?」
不信感を覚えつつも、俺はその先へと進むのだった。
その後、昼休みになっても、なにか起きるということはなかった。
なにかが起きたのだろうが、なにかがわからない。今日帰ってから香澄に聞いてみるか。そうして、明日に恵とも話してみるか。
そんな楽観的思考で物事を考えていた。今は、明らかに異常事態だというのに。
後に知ることになる。それがいかに愚かしい行動であったことを。
♦︎
兄さん………。
はやく、助けに行かないと。
私が助けに行かないと。
でないと、あいつが。




