再婚ですか、そうですか
"キーン、コーン、カーン、コーン"
そんな間の抜けた音とともに、そこにいる生徒たちから一斉に緊迫感というものが消え去った。無論、俺もそれに該当する。授業という鎖から解き放たれた俺はついに自由を得たのだ。
というのも、古文の先生が………その、ちょっと。悪い先生ではないんだけど、席の後ろまで届かない小さな声に、何を喋っているか分からない滑舌の悪さ、おまけに背が低いから黒板の下半分にしか文字を書かない。
板書が取れない。
「って、やってられるかぁぁあああああ!」
俺は無意識に雄叫びをあげていた。ほかのみんなもそのようだ。ろくに授業が成り立ってない授業に不服なのだ。
決して、授業そのものを嫌っているわけではない。あくまで分かりにくい古文の授業に怒っているのだ。
「まぁまぁ、たくちゃん落ち着いて。私のノート見せてあげるから」
横からそんか天使のようなことを言う女神の声が聞こえてきた。女神は俺に『古文』と書かれたノートを渡してくださった。
「ああ、女神さま」
「女神様って何?」
肩にかかるほどの長さの茶髪を持つ、クリリンとした丸い目が特徴的な愛らしい女の子がそんなことを言ってきていた。
「いや!なんでもない!」
ふと無意識的に呟いていた言葉を濁してから、俺はそのノートを受け取り、早速写していた。
「いつもありがとうな、恵。本当に助かってるよ」
「い、いいよ。幼馴染だし、私はたくちゃんの役に立てて嬉しいし。それに…………」
「それに?」
「!――――なんでもない!」
顔を背ける恵に疑問符を抱きながら、今日の板書を写していく。幸いなことにあいつの授業では板書が少ないのだ。超楽だ。
と、俺がノートを写し終えた頃ポケットに入っていた携帯がブルブルと震えた。
「ん?」
俺はそれを取り出すと素早くパスコードを打ち、メッセージを開いた。
『今日は早めに帰ってきなさい』
文面にはそう書かれていた。送り主は父さんだ。
何の用だろうか。あまり父さんからはその手の話がなかったからな。
「たくちゃん、誰から?」
「えっ。父さんだけど」
恵は少し強張っていた表情を緩め、その表情ははまた優しい笑顔に戻っていた。
「なんて?」
「早く帰ってこい、だって」
「じゃあ早く行かないとね、私が掃除やっとくよ」
「え?いいのか。部活あるし――――」
「いいって、いいって。大丈夫だから。早く行ってきて」
「あ、ありがとうな恵」
「また明日ね、たくちゃん」
「おう」
そんな会話をしてクラスから離れ、学校から遠ざかって行っていた。
しばらくすれば我が家についた。至ってシンプルなどこにでもあるような家だ。
「ただいま」
「おう、帰ったか拓人。こっちに来て座りなさい」
いつもとは違った声音の父さんに疑問を持ちながら俺はその席に着いた。
そこには先着が3名いた。もちろんその中の一人は俺の父さん――――神辺和久だ。だが、見知らぬ顔が二つある。
一つは父さんと同じくらいの年齢の女性の方だ。もう一人はどちらかと言えば俺に年齢は近いが、おそらく年下の少女。可愛い、というか美しいの方が表現方法としてあってるだろう。
長い黒髪と純白の肌。そのコントラストがまた彼女の魅力を引き立てていた。
「こちらは川波雪江さんと言って、俺と同じ会社の方だ。そして、その子供さんの川波香澄さんだ」
「はじめまして」
雪江さんという方が頭を下げてこちらへと挨拶をしてきた。
「こちらこそ」
俺も不格好ながらそういう挨拶をしてみた。全然できてる気がしないけど。
「ほら、香澄も」
「こんにちは、兄さん」
「えっ?!」
今なんて言った。聞き間違いじゃなかったら『兄さん』って聞こえたぞ。どういうことだよ。俺にはそんな人いないぞ。
だよな、父さん。
「少し、混乱してるようだな」
父さんが俺の反応を見てか、そんなことを言った。あれれ、なんか俺の思ってたことは違う反応の仕方だな。
「実は俺、この雪江さんと再婚したいと思ってるんだ」
「へ〜」
俺は思ってた以上の展開に少しながら驚嘆している。いやだってさ。いきなり再婚とか言われるんだよ。そりゃあ、ちょっとは驚くでしょ。
「……拓人くんはどう思うかしら」
雪江さんが俺に向かって、とても真剣な表情でその言葉を放ってきていた。
ほんのちょっとだけ、ほんのコンマ数ミリだけ、ドッキリということを疑っていたのだが、それはなさそうだ。
「まぁ、いいと思いますよ。少なくとも俺は」
俺はそんなことを言っていた。少し生意気かな。言い方が生意気だもんな。でも、これが今の俺の本心。
母さんがいなくなってから家に活気がなかったのも事実。それが少しでも取り戻せるなら俺はそっちの方がいいと思ったのだ。
「あっ!」
その場の中の一人、香澄が俺を見て大きく目を見開いていた。さながら、とても驚いてるかのように。
だが、それも一瞬。結局それに気づいたのは俺一人だけだったようだが。
「じゃあ、これから俺たちは家族ということで」
父さんがそんなことを言うと、雪江さんは少し父さんから目を背けて。
「はい……」
と答えていた。
俺はというと、そんなあっさりでいいものかな、と一人場違いなことを考えていたが、それは胸の中にしまいこんで、今を祝福していた。
その時、ゾクリ、と。一瞬鳥肌が立ったような感覚に襲われた。
まぁ、大したものではないと俺はたかをくくった。それは外れることになるのだが。
俺はその時、香澄が俺の方を凝視していることに気づけなかった。妹が、香澄が、何かを持っているということに気づくことができなかった
遅くても4月20日には更新できるかと。