最悪、襲来
「に・い・さ・ん♪」
あれ?香澄?なんでここに。ここは俺の部屋なのに。っていうか俺寝てたはずなのに。今はまだ朝じゃないから起こしに来るには早すぎなんじゃないかな。じゃあ、なんで、なんで下着姿でで俺を跨いでいるんですか。
「兄さん、起きてください」
目の前で下着姿を見せびらかす香澄はそう呟くと、俺の頬を両手でしっかりと抑え、逃げることができないようにしてから。
「!」
俺の唇に、自分の唇を押さえつけていた。俗に言うキス……だな。
ん?キス?………キス?!
そのまま香澄の舌は俺の口の中に侵入し、唾液と唾液が結びつくほどそれを交差させていた。何度も何度も。まるで、自分色に染めるように。
「んぅ……ふふっ」
不敵な笑みを浮かべる目の前の少女は、何度見ても俺の妹だった。いや、たしかに見知らぬ誰かだった場合。そりゃもうホラー級だけどさ。
でもさ、なんで俺は妹とキスってるんだろう?(注『キスる』とはキスをするの略で、たった今俺が考案した言葉である)
ってそんなこと考えてる暇はない。もう目の前のそいつは第2フェーズに移行しようとしている。やめろ、下着を脱ごうとするな。最終防壁が陥落する前に俺はその場から撤退することを決意した。
「う!……兄さん、兄さん兄さん……待てっ!」
ドアを開き廊下へと脱出する。とにかく、今はここから逃げないと。とりあえずリビングに行くか――――
しかし――――――――――――――――
「兄さん、どこへ行くんです」
ぎくっ。俺は恐る恐るその暗い廊下で振り返る。肌を突くような悪寒と、胸を押さえつける圧迫感が俺を苛む。案の定、そこにいたのは俺の妹だった。
長い黒髪と純白の肌を持ち、胸には小柄なそれを抱え、非常にスレンダーな格好の少女だ。下着が少しはだけてしまい、露出度が先よりも高くなっていてより一層その白い肌が見えた。
見えちゃダメだけど。
可愛らしい声とは裏腹なその表情。無表情とは言い難く、また笑顔とは別種の何かを含んだ笑み。
「まさか……まさか、まさかまさかまさかまさかまさか!兄さんが私から逃げる!…………なんてことはありませんよね」
愛らしい笑顔には不穏ななにかを感じずにはいられない。
そのまま、俺の妹『神辺香澄』はゆっくりと、しかし着実に俺へと近づいてくる。両手を大きく広げ、もう逃がさないといった形相で。思わず見惚れてしまうようなうっとりとした表情で。
その口には微かに銀の糸が引かれている。あれってまさか………!
「さあ、兄さん。早くこっちに来てくださ〜い。じゃないと………。まぁ兄さんが私のところに来ないわけないと思いますが」
ああああああ!めっちゃ怖え〜。今、なんか人殺せそうな目してたんですけど。もう、やめて!
という俺の願いとは対称的に現実は俺の首を締め付ける。
やがて香澄と俺の間合いがなくなり、その手が、指がおれのそれと固く結び付けられる。
そのまま少女のものとは思えないような力で壁に押さえつけられ、体を密着させられる。豊富ではない胸ではあるが、やはり年相応のものがあり、なかなか。
って!俺は何を考えてるんだ。相手は妹だぞ。
「落ち着け、香澄。兄ちゃん実は少し疲れ気味なんだ。だから今日のところは、な」
近づいて行くその可愛らしい顔が一瞬止まる、が。
「なら、私が看病します!」
まじかーー。そう来たかーー。何故だろう。さっきよりも嬉しそうに見えるのだが。
「そうして、弱った兄さんの布団に入り込んで…………ふふっ」
何その間、めっちゃ怖いんですけど。何されんの、俺の体。まだ、清い俺の体に何をする気なの。
ダメだ。これじゃあダメだ。
「いや、俺の大切な妹に風邪は移したくない。だからそれも今度、な」
「そうですか」
お!手応えあり。香澄は何か考える動きを見せたあと、俺の鼻に指突きつけ、こう言った。
「じゃ、じゃあ…………兄さんの持ってるシャツを一枚、いや二枚、できれば三枚頂けないでしょうか?」
可愛らしく首を傾げ俺を見上げてる。上目遣いやべ〜。
ていうより、何言ってんの。もしかしてこいつ、あれか。あれなのか。
俺の中に一つ非常に厄介な説が浮上した。
いや、決めつけるのはまだ早い。ちょっと電波な子かもしれないしな。そうだ、妹を信じない兄がどこにいる?どこにもいない。
だから、俺は香澄を信じるぞ。
「シャツじゃなくてもいいです。恥ずかしながら、兄さんの匂いが付いたものが欲しいのです」
恥じらいながら、頬をピンクに染め上げながら、腰をくねらせながら、香澄はそんなことを言う。
そんなことを言ってしまった。
あぁ………。説が立証されちゃった。めんどくさい方に転がっちゃった。早速裏切られた。
こいつ、最悪だ。
よろしくお願いします。