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シリーズ化した短編

5股男は決意する

「辛い、泣きたい、この世から逃げ去りたい……」

「隼人、ウザい」

「浅見、さすがにそれは酷いだろ……。隼人も隼人なりに落ち込んでるんだからさ」

「でもさ、ホワイトデーに約束し忘れてたとか百パー自業自得じゃない?」

「もうそろそろ諦めるかハッキリ告白するかどっちかしなよ。玲子ちゃんは可愛いしモテるって隼人も知らない訳じゃないでしょう?」

「……」

「むしろ今までよく彼氏がいなかったよね」

「可哀想だから、彼氏に隼人を換算してやれ」

「ぐふぅ……」

「でもさ、本当に隣の男の子、カッコよかったよね。何というか、お似合いのカップルっていうか?」

「ぐはぁ」

「あ、隼人が死んだ」

「マジかよ。説明会が終わるまでに復旧させろ!」

 

 この優しくないどころか、傷口に塩をキロ単位で塗り込む友人達の言う通り、俺はホワイトデーの約束をし忘れた。

 いや、バレンタインデーでクッキーをもらった時点で、すでに俺のキャパシティーはオーバーしていていたんだ。

 だって誕生日に続いて、バレンタインまで一緒に居られるなんて夢みたいで……1ヶ月ほど夢に浸って居たら、すでにホワイトデーは過ぎていた。

 そしてそのことに気がついたのは一昨日、カレーライスを作るのにジャガイモを買い忘れたのだという母親のおつかいでスーパーに行った時のことだった。

 

 買うものといえばジャガイモと、ついでだからと付け加えられた牛乳のみ。すぐに会計を済ませて立ち去る予定だった。……だが俺は見てしまった。


 玲子が男と仲良さげに歩いているところを。


 ここで重要なのは、玲子の表情が俺といる時よりも生き生きとしていることと、何よりその隣の顔面偏差値高めの男が玲子の手に触れていることだった。

 

「玲ちゃん、何買うの?」

「んー、ピーマンとキャベツ。今日安いんだって」

「そっかー」

 この流れでナチュラルにカゴを玲子の手から攫うとは中々手慣れな男だ。俺ならできない。手を繋ごうとして何度となく失敗をしてしまった経験があるのだから。

 

 ……だが何もこのワンシーンで俺の心がボキッと折れてしまった訳ではない。

 原因はこの後の言葉。

 

「そうだ。拓馬、ホワイトデーありがとね。美味しかったよ」

「え、本当に!?」

「うん。……というか、あれ高くなかった? 私、手作りクッキーくらいしかあげてないのに、あんな美味しいのもらっちゃって悪いね……、ってもう食べたあとなんだけどさ」

「いいの! 本命の子には美味しいもの、あげたいでしょ?」

「拓馬……。 今度またなんかお菓子作ってあげるね」

「やった!」

 

 バレンタインデーの時に食べたクッキーは全く同じものが拓馬という名前のこの男にも渡されていたのである。

 しかも話からして、この男にはちゃんと『あげた』のだ。

 俺なんて奪い取って食べたに等しいものがあるのに……。

 

 こうしてさっさと去らなかったことが最大の怪我原因となり、俺はスゴスゴと自宅へ戻り、翌日のオープンキャンパスの手伝いに備えて寝たのだが……そのオープンキャンパスでさらに俺は深手を負うこととなる。

 

 

 それは高校生を迎え入れるために校門付近で立っていた時のことだった。


 あの面倒臭がり屋の玲子が、わざわざ休日の大学を訪れて、塀の外から学校を見上げていたのだ。


「あれ玲子ちゃんじゃね?」

 そう指摘されるよりも早く彼女に気づいた俺はちょうど真上辺りに咲く桜が背景となって、玲子の美しさを際立たせているな……なんて見惚れていた。

 

「隣にいるの、誰だろうね。イケメン君だよね」

 そして由紀子の今日も今日とて空気を読まない発言によって現実を顔面に押し付けられる。そう、玲子の隣にはスーパーで見かけたあの男がいたのだ。

 

「玲ちゃんは美人さんだよね。あ、写真撮っとこ」

「え、いいよ……」

「俺が欲しいから。ほらほら、玲ちゃん、はいチーズ」


 しかも俺が出来ないことをこうも易々としてのける。

 

「何やってんだ、お前ら。クオカードとはいえ、ちゃんと給金発生してんだからちゃんと仕事しろ仕事。特に隼人、お前顔だけは良いんだから」

「朝登……」

「……何があったのかは後で聞くから、泣くな。奥様方からの視線が痛い」

「一部の女の子達からの視線は熱いけどね!」

「あ、それ俺も感じた」

「隼人と安里か……。うん、悪くないわね」

「お前らもふざけてないで控え室に隼人連れてくの手伝え」

「あいよー」

 

 ――との経緯で俺は今日の控え室である一室に引き連れられてきた。

 

 例のイケメンと玲子は写真を撮り終えると早々に去って行った。本当に、俺のメンタルを根こそぎ抉り取りに来たのかと思うほどだ。

 

「あの精神イケメンが憎い……」

「人は憎んでばっかじゃ進歩しないよ、隼人」

「松花……」

「オーキャンで役立たずの男なんて振り向かれなくて当然! ……ってことで今日はとにかく働いてよね。ただでさえインフルで人いないんだから」

「……ああ」

 

 今日は春のオープンキャンパス。新高校3年生が進路を最終確定する日と言っても過言ではない。もちろんそれで新高校2年生の案内に手を抜くわけにも行かず、学校側は夏休みのオープンキャンパスと同じくらいお手伝いの生徒を集めていた。

 やれクオカードだの、食券の回数券だの、何ならこれを手伝えば出席日数を1日くらい誤魔化してやると口にした教授までいる。

 そこまで学校側は年々少子化の影響で減りつつある入学希望者を増やすことに必死だった。

 その結果、全学科で50人ものお手伝いの生徒が集まったのだが……悲しいかな、うち15人がインフルエンザを患い、5人が親戚が急に倒れるという事態に遭遇した。

 彼らも手にしたいものがあったため、参加に名乗りを挙げたもの。誰もズル休みだなんて思ってはいない。まだまだテレビニュースで流れるインフルエンザ予防の呼びかけに、夜な夜な聞こえる救急車のサイレン。疑う方がヤボというものだ。

 

 そして我らが山西ゼミ一同が呼び出されたわけなのだが、好意で参加したオープンキャンパスに心を再び折られることとなるとは予想していなかった。

 

「はぁ……」

「隼人、これカンペだって。後はその顔で笑っときゃいいから」

「俺はパンダか」

「何言ってんのよ、パンダの方がモテるわよ」

「ぐっ……」

「由紀子、これ以上隼人にトゲをぶっ刺すな!」

「はーい」

 

 この時の俺は、今この瞬間こそHPが0になった瞬間だと信じて疑っていなかった。

 

 

 その2週間後、大学内で玲子にベッタリとくっ付いているあの男を見るまでは。

 

「玲子、その男は誰なんだ!」

 流石に見逃せず、勇気を振り絞って彼女を問い詰めた。

 

「え、ああ、この子は拓馬。従兄弟なの」

「いと、こ……?」

 その言葉にああ、なんだ従兄弟かと安心したのもつかの間、隣の男は最大級の爆弾を投下したのである。それもこの4年間で由紀子が俺に突き立ててきたどんな言葉よりも重く、威力のあるものを。

 

「ああ、あなたが隼人さんですか? 早く玲ちゃんと別れてもらえませんか? 俺、将来は玲ちゃんをお嫁さんに迎える予定なんで」

「は?」

「な、何言ってんの、拓馬」

「俺、ずっと言ってたでしょ? 玲ちゃんが本命だって。ねぇ、玲ちゃん。俺ならクリスマスも誕生日も一緒に居られるよ? もちろん数十分で帰ったりしない」

「拓馬……」

「ダメだ、ダメだ、ダメだ。玲子は俺の彼女なんだから」

「でもあなたには他に4人もいるじゃないですか。知ってますよ、あなたは5股男って有名ですから」

「ぐっ……」

 この瞬間、俺のHPは確実に0となった。

 だが俺も男だ。ここでゴリゴリにメンタルが削られたからと言って引き下がれるはずがない。


「ね、玲ちゃん。早くこんな人と別れて俺の彼女になって?」

「他の女とは、別れる……」

 だからここまでずっと無理してでも、頭を下げてでも頼んでいた4人の彼女達を切り捨てる判断を下した。


「え、隼人。無理しなくていいって」

「無理じゃない!」

 元より玲子をつなぎとめるためのものだ。それで彼女を失っては元も子もない。

 玲子を奪い返そうと彼女の腕に手を伸ばす。けれどそれは隣の男によって阻止された。……手足の長さの差というやつだろうか。玲子の肩を抱いて引き寄せる姿も様になっている。



「じゃあ、こうしましょう。玲ちゃん。大学卒業するまでに俺とこの5股男さんのどちらが彼氏に相応しいか決めてね? それならいいでしょう?」

「あ、ああ。玲子は俺を選ぶに決まってる!」

「その自信、いつまで続きますかね?」

「え、えっと……」



 こうして俺と玲子の従兄弟の玲子争奪戦が幕を開いた。

 ……のだが、この時は1年後の自分が相手の、性格までもイケメンの男に感謝の念を込めて頭を下げているなんて全く想像していなかったのである。


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