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第六話 現代日本のチートな金儲け失敗

「……本当に持ってないの?」

「ああ、別に全裸になってもいいぞ? さっきしっかり見たからおあいこだしな」

「殺すっ!」


 剣もなしに突っかかってくるフィメーラは、おそらく英留を殺せないだろうが、痛い目には遭わされるので、避ける。

 もちろんただで避ける英留ではない。


 避けながら近づいたフィメーラの身体を見、さっきの全裸を思い出していた。

 この中にあのおっぱいがあって、このスカートの下にはさっき手に取ったパンツがあり、その中には男子人気ナンバーワンの──。


「……待てよ?」


 英留が動きを止めるので、フィメーラも攻撃をやめる。


「何よ?」

「これは、行けるかも知れないぞ? フィメーラって結構可愛いからな!」

「な、何よ、褒めたって弁償させるからね?」


 いきなり褒められて、照れよりも戸惑いの方が多いフィメーラ。


「じゃ、行くか!」

「あ、ちょっと! 手を掴むなっ!」


 そんな声を無視して、英留は町の奥に歩いていく。


「すみませーん、お姉さんが下着を買うような店ってどこですか?」

「……え?」

「何してんじゃぁぁぁぁぁっ!」


 英留が道を歩いていた若い女の人に、道を聞くようにそう尋ねたので、後ろからフィメーラが思いっきり拳で殴った。

 後頭部への拳はさすがに一瞬ふらり、と来たが、倒れることはない。


「ばっか、お前のためだぞ? どうなってもいいのかよ!」

「なんであたしのためなのよ! 大体あんたが──」

「あ、あの……下着のお店なら、この角曲がった三軒目がおすすめです……」


 いきなり話しかけられた上、いきなり喧嘩を始められて引いてしまった女性がそう言い残してそそくさと去って行った。


「ありがとう、お姉さん。じゃ、行こうか」

「なんで下着の店に行くのよ!?」


「いや、お前の替えの下着買わないとさ、ノーパンじゃ嫌だろ?」

「替えくらい持ってるわよ! それにそんなもんに使うお金があるなら剣を買いなさいよ!」

「いや、金はないぞ? パンツはお前が買うんだ」


 平然と、そう言い放つ英留。


「は? 何でよ。あたしはまあ、買いたい時に買うからほっといてよ」


 何の脈絡もなく、自分の下着の話をされ、わけも分からず拒絶するフィメーラ。


「いや、そうじゃないんだよ、俺が剣を買う金を生み出してやるって言ってるんだよ!」


 堂々とそう宣言する英留。


「……本当に何を言ってるのか全く分からないんだけど」


 フィメーラが呆れたような馬鹿にしたような表情で英留を見る。

 何しろその根拠がないのだ。


「おそらくこの国にはまだ存在しない、そして、限られた人間にしかできない、商業的な錬金術だ。お前なら、出来る!」


 確信を持ったその言い方に、フィメーラもさすがに少しは気になってくる。

 どこかこの国ではないところから来た男の子。

 性的には尊敬すべき点は全くないが、何かここにはない知識もあるのかもしれない。


「……何するのよ?」

「その前に、この辺りの貨幣価値を知りたいな。ちょっと店に行こう」


 英留は、先ほどの女性が言っていた下着店に行く。


「ほう、女性の下着専門店か。こんな店はあるんだな」


 そんな店はもちろん日本にも山ほどあるが、それだけで生計が成り立つということはつまり、この世界でも女性の下着に対しての意識が高いという事だろう。


「……何するつもりなのよ?」


 同年代の男の子と女の子用の下着ショップに来たフィメーラは少し居心地が悪そうにそわそわしていた。


「ほう、こっちもワゴンセールってあるんだな。三枚十……エメル? このエメルってのがここの通貨価値か?」

「そうよっ! もういいでしょ? 出ましょうよ!」


 フィメーラが引っ張るので英留はしょうがなく出てくる。

 下着のセールと言えば三枚千円はよくあるフレーズだ、歌にもなった。

 となると、十エメルが約千円。


 円高時代のドルと考えればいいのかも知れない、などと考えてみるが、実際ドルで計算したことはほとんどないので、まあ、百分の一と考えるのが適切か、と考えてみた。


「となると、百エメルが一万円か……こいつなら、いや欲は()かないように手堅く行くか」

「何言ってんのよ? で? こんなところまできて何するつもりよ?」

「まあまあ、ちょっと待ってろ?」


 そう言って英留はそこらの通行人を見渡す。


「あ、ねえねえ、お兄さん?」


 前から歩いてきた、健康そうな二十代の働き盛りの男性に声をかける。

 見た目格好いいとは言えないが、通る時、ちらちらとフィメーラの太ももに目をやっていた、不健全に健全な男性だ。


「? 何だよ?」

「あの子が、今穿いてるパンツを百エメルで売ると言ったら買いますか?」

「……買う!」


 男性はしばらくフィメーラを眺めた後、そう答えた。


「じゃあブラジャーは、いくらまで出しますか? まあ、多少サイズは小降りになりますがあの年齢にしては頑張っている方なのですが」

「百五十……いや二百出そう!」

「それじゃ合計三百エメルですね! おい、フィメーラ、早速脱げ……んぐぁっ!」


 振り向いた英留の顔面の中央に、フィメーラの拳がめり込んだ。


「なんだぁぁぁぁぁぁ、お前ぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 夕暮れの街に響き渡る、フィメーラの声。

 男性はそそくさと逃げて行った。

 鼻血を出して倒れた英留の上に、フィメーラが馬乗りになる。


「このっ! 馬鹿っ! 馬鹿っ! 変態っ! 変態っ! 外道(クズ)っ! 外道(クズ)っ!」


 ただ、延々と、英留を殴り続けるだけのフィメーラ。

 その力は全力で、なので、長くは持たなかったが、人間の人体でも弱点の多い顔面を殴り続け、英留の反省を促すには十分な攻撃だった。


「はぁ……っ、はぁ……っ。もう二度と、こんなことを……言わない……ように……」

「…………」


 息が上がっているフィメーラと、既に応える気力もない英留。

 何というか、夕暮れ時の商店街の中心に広がる地獄絵図は、傍から見るとただの男女の修羅場にしか見えない。

 英留の顔は腫れ上がり、その鼻や口からは赤い物が流れてる。


「……ほら、これで拭きなさいよ」


 しばらくただ荒い息を吐きながら睨んでいたフィメーラも、徐々に冷静さを取り戻し、息が整う頃にはやり過ぎたかな、などと思っていた。

 もちろん、女の子の下着を売ろうとした英留は外道(クズ)であり、許すことは出来ない。


 だが、それとは別に、先ほどから無視していたが、どこか別の世界からここにやってきた、と言っていた。

 その本当の意味は分からないが、別の世界にいきなり放り込まれた時の不安な気持ちは、フィメーラも分からないわけではない。


 いや、もちろん彼の話を簡単に信じることは出来ないが、あの武器にしてもあっさり勇者の剣を、彼女の家に代々伝わる剣を破壊してしまっており、少なくともこの世界のものとは思えない、魔王が持っていてもおかしくはないクラスの逸品だろう。


「……ありがとう」


 英留はおとなしくそのハンカチを受け取り、鼻を拭くのかと思ったら、まずは匂いを嗅ぐ。


「フィメーラの汗の匂いがする……ぐぅっ!」


 フィメーラはいまだ寝転がる英留の腹を踏みつける。


「さっさと拭けっ!」

「どうせならフィメーラのパンツで拭きたい」

「さっさとしないとハンカチでは足りないくらいの血を流す事になるわよ!」


 フィメーラのその勢いが結構本気だったので、英留はおとなしく、血を拭くことにした。


「全く、本当にあんたって外道(クズ)ねっ! お金もない、ただエロいだけの男よっ!」

「ていうかさ、男がエロいのは当然だろ? 本能なんだからさ。それは母性本能──女が子供を見て保護したくなるのと同じなんだよ、本能なんだよ」


 血の付いたハンカチを、どうしようかと思ったが一応フィメーラに返す。

 が、汚い物を摘まむように受け取ったフィメーラはそれを近くにあったゴミ箱に捨てる。


「お金がないんなら稼ぎなさいよ。その剣があれば強いんでしょ?」

「そういう商売ってあるのか?」


 こういう世界観はスマホでもあったが、確かに賞金稼ぎという金稼ぎはあった。

 そういうものがあるなら、確かにシーヤを使って稼ぐことも出来なくはない。


「商売にはならないわね。たまにしかないし」

「そうなのか? 商売物の輸送の護衛とかあるだろ?」


「そんなの旅団が専属で雇ってる護衛隊がいるに決まってるじゃない。そこらで雇った信用出来ない人に任せると思う?」

「そりゃそうか」


 日本にも臨時のガードマンや警備員はいるが、あれはそれを派遣している会社が信頼されているから成り立つのであって、確かに個人の強い奴をいきなり雇うなどということはあり得ない。


「じゃあどんなのがあるんだ?」

「時々あるのは、強い魔物が出たから退治して欲しいとか、そういうのじゃないかな。そんなのはいつまでもあるわけじゃないし、あんたが壊した剣があった頃のあたしならただでやってたわね」


「どうして?」

「……勇者だからよ」


 フィメーラは少し居心地が悪そうに答える。


「なんか勇者って頼み込めばすぐ抱ける女みたいな気安さがあるのな」

「どうしてそれに例えたっ!」

「ふぐっ!」


 フィメーラの肘が英留に決まる。

 ちなみに、英留は背伸びしただけで、そんな女を噂でしか知らない。


「でっ! そういうのは商店街自治会が取り仕切ってるから、そこに行きなさい!」

「えー? めんどいー。もっとこう、可愛い姫のヒモになって、お小遣いをくれたりする仕事がいい~」

「エール、だっけ? あたし、気づいたんだけど、あたしの力でもエールの腕くらいならへし折れるかなって思うんだ」


 満面の笑みで腕を捕まれてそう言われた。

 攻撃する、とは一言も言ってはいない。

 ただ、可能である、と告げられただけだ。

 だが、その一言で、英留は動けなくなった。


「自治会の事務所を探そうね?」

「……はい」


 英留はそう言うことしか許されていなかった。


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