第五話 金ならないから返せない
「で、どうしてくれるのよ!」
「話を何度戻すつもりだよ?」
「進まないなら戻すしかないじゃないの! 何度言わせるのよ!」
同じ話の繰り返しに、英留はそろそろ飽きて来た。
可愛い女の子と絡めるから喜んではいたが、そろそろ現状を考えたい。
一体今何が起きて、ここはどこで、紗佳奈はどこに行ったのか。
おそらくここは既に東京ではなく、だったら紗佳奈は──。
…………。
「あれ?」
いつもならこの辺りでフィメーラに突っ込まれるところだが突っ込まれない。
不思議に彼女を見ると、思いつめたような表情で泣きそうになっている。
情緒不安定な子だ、などともう思わない。
話している限り理性的だし、精神もそこまでおかしいところはない。
だから、少なくとも彼女は自分の事を勇者だと名乗ったことは彼女自身の中では正しいことなのだろう。
そして、魔王を倒しに行く。
そのための唯一の武器であるメリックを失った。
それがこの子の妄想なのか現実なのかはこれから頭を整理していくしかない。
だが、少なくとも今、この子が精神的に追い詰められているのは間違いない。
少なくとも英留は、女の子のそんな表情を見たくはない。
「……分かったよ、俺がその魔王っての倒すの手伝ってやるよ」
「……え?」
「お前が勇者で、その魔王を倒さないと駄目なんだろ? だったら俺がそれを手伝ってやるって言ってるんだよ。それでお前が倒したことにすればいいんだろ? それで文句を言う奴はいないんだろ?」
「……うん」
少し、その瞳に光が宿った。
「だったら俺が協力してやるから。俺にはこれがあるからな」
英留はシーヤを手に持つ。
シーヤはそれに応えるように光る。
「…………! …………っ!」
フィメーラは一瞬歓喜の表情になり、だが、はっと気が付いて顔をあえて顰める。
そして、腕を組んで言い放つ。
「そんなの当たり前じゃない。あたしのメリックを壊したんだから!」
「……素直じゃねえなあ」
「うるさいっ! あんたがあたしの手下になって魔王を倒すのは当然に決まってるのよっ! 感謝しなさいよ!」
このティピカルなツンデレに何か言い返そうと思ったが、おとなしくこの子について行った方がえっちなイベントに巻き込まれそうだと判断し、黙っていることにした。
「それと剣! 剣くらいは弁償しなさいよ! メリックはもう……あ、諦めるけど……代わりの剣を買いなさいよ!」
「あー、それな」
せっかく協力してやるというのに逆に、要求を上乗せされてしまった。
だが、剣がいくらなのかも分からないし、そもそもここはどこかによっては通貨もない可能性もある。
「そう言えばここはどこだ?」
「ここ? 街道だけど」
「街道? 何街道だよ?」
「街道は街道じゃないの、何言ってるの?」
この子は何を言っているんだ? と思ったが表情を見るにそこにはなんの疑う要素もなかった。
少なくともこの子は完全にそれを信じている。
「街道ってのは、街と街を結ぶ道だな。ここはどことどこを結んでるんだ?」
「パラムとエミフェでしょ?」
「……何だろうな、ゆりかもめ沿線で探したらマジでありそうな再開発商業地域の名前みたいだが」
英留はため息を吐く。
自分の状況を何となく理解しつつあるが、確証が全く出てこない。
「ちなみにここは国で言うとどこなんだ?」
「? ザイツェア王国以外の国なんてあるの?」
「聞いたことねえよ!」
やはり、ここは日本ではなかった。
いや、まだ分からない。
港区江東区辺りには、何とか王国というイベントも多いだろう。
「あ、調べればいいのか。ちょっと待っててくれ?」
何か言おうとしていたフィメーラを止めてポケットからスマホを出して、「オッケーガングロ ザイツェア王国」と口にした。
「……馬鹿じゃない?」
主語もなしにそう呆れられたが、無視することにする。
「……マジか!」
検索した結果は、「インターネットに接続された環境で再度検索してください」と表示されていた。
少なくとも、都内で携帯電波が届かないなどあり得ないと思うし、ワイファイを確認すると電波が一つもない。
今時そんな地域は日本ではほぼないだろうし、世界的に見ても珍しいのではないだろうか。
「何板に話しかけて……何これ!? 光ってる!? 何なのよそれ!?」
勝手にのぞき込んで、勝手に驚いて、英留を盾にするのは身勝手だが、胸を背中に押しつけているので英留は怒る気はなかった。
「これはスマホだよ」
「ス……マホ?」
英留の肩越しにスマホを覗くフィメーラ。
「あー、でも使い物にならないな、電波来てないし」
英留は電源を切ってポケットにしまう。
「えー……とりあえず、頭を整理しよう」
「? 何するのよ?」
「ここは、日本じゃない。そして、おそらく海外でもない」
「ニホンって何よ?」
「うん、ちょっと待っててくれ」
独り言を言っているつもりが、話に入ってくるフィメーラを制する。
「おそらくハイパードロップドの『質量の謎』の結論がこれなんだろうな……うーん」
ハイパードロップドは、産廃物の質量をゼロにして消すことで廃棄場がいらなくなる、という画期的な装置だ。
だが、物理法則によれば、ゼロになることは不可能だ。
では、その廃棄物はどこに行ったのか?
その答えがこれなのだろう。
ハイパードロップドの特殊な機能が時空を歪ませて、全く違う世界へと飛ばされてしまったのだ。
ここがどこかは分からない。
地球から、遙か遠く離れた星なのか、次元の違う世界なのかも分からない。
「……どうしようかな」
能天気な英留もさすがに途方に暮れる。
英留は高校生であり、基本これまでの生活は親に面倒を見てもらってきた。
だが、この地域には親はいない。
それどころか、何があるかも分からない。
分かっているのは目の前で不思議そうにこちらを見ているフィメーラは、勇者で、魔王を退治しようとしているという世界観だけだ。
それだけで何をすればいいのだろう?
「……どうしたのよ?」
さすがに不思議に思ったのか、フィメーラが尋ねてくる。
「多分……理解してくれないと思うけどさ、俺、どうやら世界を渡って来てしまったみたいなんだ」
「理解出来なかった。でさ、あっちの街に剣も売ってると思うからそこで買ってもらうわね」
「流すなぁぁぁぁぁぁっ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
特に頭に来たわけでもないが、あまりにもさらっと流されたので腹いせに背後から抱き着いて胸を揉んでやった。
「ごふぅ……」
フィメーラは刃の半分以上欠けたメリックの柄で、英留のわき腹を思いっきり叩くと、英留は崩れ落ちた。
「はあっ……はあっ……! いい加減にしなさいよ……」
「だってさー、いきなり知らない世界に来たんだよー、そんなのさー、慰めてくれてもいいじゃんー」
英留は寝そべったまま、ゴロゴロと拗ねた。
フィメーラはスカートを警戒して近寄っては来ない。
「ま、よく分からないけどさ、しばらくは魔王を倒すためにあたしと一緒に行動するんでしょ? そんな落ち込まれても困るから元気出しなさいよ」
「それが相棒に言う言葉かぁぁ……!」
再び襲いかかろうとしたが、フィメーラが大きな石を持っていたので、そのまま
フェードアウトした。
「まずは弁償しなさいよ。話はその後で聞いてあげるわ」
そう言って、街道を先に歩いて行った。
弁償、と言われても英留が持っているのは日本円とチャージした定期兼用カードだけで、それを全て合わせても五千円もない。
この、わけのわからない世界の通貨が、日本円のわけがない。
だから、弁償しろと言われてもどうしようもない。
まずはこれをどうにかして理解してもらうしかないだろう。
そんなことを考えている間にも街道脇を眺める。
地平線の先まで一直線で、日本のように山も見えない。
ただ、土と草だけの平原が続いているだけだ。
左の向こうの方におそらく森と思われるものが見える以外は、ほぼ荒野となっている。
土地が余ってんなあ、日本なんかこれだけの空き地があるのって北海道にもないよな、などと考えていた。
というかこれを徒歩移動ってそもそもどうなんだ、などと考える。
そのまま、しばらく歩くと、道の先に大きな塀が見えてくる。
あれがフィメーラの言っていた街なのだろう。
「着いたわ、ここがエミフェよ」
塀にはいくつかの入り口があり、基本番もおらず、誰でも入れるようだ。
おそらく塀は、魔物が夜に侵入して来ないためのものだろう。
「なあ、俺さ、ここの金ないんだけど」
「は? お金も持たないで街道歩いてたの? そんなわけないじゃないの!」
「いや、だから、世界を渡って来たんだって。別の国の金なら持ってるけど多分通用しない」
「それじゃ、どうやって弁償するつもりなのよ!」
フィメーラの怒りは、英留には理不尽だった。
「いや、最初から弁償するつもりなんてかけらもなかったんだが」
そもそも、フィメーラが突っかかって来て、英留は身を守っただけだ。
あの状況で剣を折ったのは緊急避難と言っていいだろう。
そっちの都合ばかり押し付けるんじゃない、と心の中で思っていた。




