第四話 女勇者を武装解除した
「ちょっと! あたしの剣、どうしてくれるのよ!」
ティッシュにひとしきり感心していたフィメーラに思考を邪魔される。
「それは、俺のせいじゃないし、知ったことじゃないからな? お前が俺を殺そうとするから身を守っただけだ」
「あれはただの剣じゃないのよ! 勇者の血を引くあたしにしか使えない伝説の剣なのよ!」
「そうなんだ。でさ、ここどこ?」
「なーに軽く流してんのよ!?」
「痛い痛い! 痛いって! そんなもん使うお前が悪いんだろ!」
腕を思いっきりつねられた英留は、それを外しながら言い返した。
「勇者が勇者の剣使って何が悪いのよ!」
「知らんが……お前、勇者とか何言ってんの?」
知らんがな、と返そうかと思ったが、フィメーラが自分が勇者などと名乗ったので、思わずそう言い返した。
そういえば勇者の剣とか意味不明なことを言ってるし、やっぱりヘラーさんなのか、などと少し引いた英留。
「勇者が勇者を名乗って何が悪いの!? あたしは勇者の剣メリックで魔王を倒す旅に向かってんのよ!」
「そういうゲームをしてる体か?」
「勇者パーンチ!」
「うぐっ……おま……それ……ただのパンチ……」
油断していた鳩尾に綺麗に決まったので、英留はくの字になったものの、その力は特別強いわけでもない、普通の女の子の力だ。
「いい加減認めろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「痛い痛いっ! それはやめろって! 分かった! 認めるって!」
二の腕をつねるという、おおよそ勇者には似つかわしくない攻撃により、英留は彼女を認めざるを得なくなった。
「んー……」
もちろんそれはただの強制であり心から認めたわけではないのだが、本人が言うし、そういうことにしておいて話を進めても問題ないだろう。
とりあえず、フィメーラは放っておいてまずは自分の事を考えたい。
あのピンチをどうやって切り抜けたのか?
そして、胸の中にいたはずの紗佳奈はどこに行ったのだろうか?
まずはここがどこかを確認して──。
「だから! どうするのよ!」
また考え事を始めた途端責められる英留。
「どうするって何をだよ?」
「決まってるでしょうが! 折れた剣よ!」
「……なんか話が戻ってる気がするんだが」
「進んでないから戻るに決まってるでしょうがっ! あたしはあの剣で魔王を倒さなきゃならないのよ! どうしてくれるのって話よ!」
これで知らんがなって言えばさっきの続きに戻れるが、それはそれで面倒だ。
「まあ、簡単に言うとどうしようもない。それよりもさ、ここって──」
「うがぁぁぁぁぁっ!」
フィメーラが半泣きで迫ってくる。
目の前に顔があるのでキスをしたらおとなしくなるかも知れないと思ったが、それは希望的観測で多分更に怒るので我慢した。
「どうしてくれんのよ! 魔王を退治しなきゃならないのに! メリックなしにどうしろっていうのよ!」
「いや、お前が勇者なら剣なんて何でもいいだろ? とりあえずどこかでそれなりの剣を買ってお前の持ち前の剣術で戦えばいいだろ」
「メリックがあるから剣の修行なんてしてないっ!」
「……それは、本当に知らんわ」
はっきりと言われた。
この子はただの剣の素人で、それもあの剣があるから修行なんてしなくてもいいよね、とサボってたって事か。
そんなのが子孫というだけで勇者を名乗れるとは、本当に世の中──。
「その剣よこしなさいよ! 強いんでしょ! あたしが新しい勇者の剣にしてあげるわ!」
「あ、ちょっと待てって!」
英留は地面に置いてあったシーヤを取られる。
「どうすれば刃が出るの? こう持てばいいの?」
フィメーラはシーヤを持って振りかざす。
それで駄目なことは、英留には分かっている。
あの剣は静脈認証型だから、英留以外の者が持っても認証されないからだ。
「…………何も起きないじゃないの」
しばらく掲げたポーズをしていて、流石に恥ずかしくなったのか、そそくさと下ろすフィメーラ。
その時だった。
『認証に十度失敗しました。ただ今より武装解除を行います』
ピー、というビープ音と共に、音声メッセージが流れる。
「え? え? しゃ、喋った!? 何よこれ!?」
ただの音声メッセージに異様に驚くフィメーラ。
そして彼女は──。
ぱすん
「……え?」
「……え?」
彼女の纏っていた全ての衣服が、一斉に地面に落ちた。
年相応の女の子の裸体が、英留の目の前に現れる。
が、英留も、もちろんフィメーラも、数秒間何が起きたか分からず、ただ、口を開いていただけだった。
「き、きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
やがてフィメーラが胸を押さえて蹲る。
「な、な、何なのよこれぇぇぇぇっ!」
泣きながら蹲るフィメーラが、あまりにも哀れなので、落ちた服を拾ってやる。
壊れも破けもしていない。
ただ、科学的な力で地面に落とされたのだろう。
確かに武装解除にはなっている。
これはシーヤの機能の一つ。
シーヤを戦闘相手に奪われた場合、その最強の武器は静脈認証を行い、一定回数認証に失敗した場合、強制的に相手を武装解除する機能だ。
それにより、武器を奪われた自分でも何とか勝つことが出来る、という機能。
「ほら、拾ってやったから着ろ? 後ろ向いててやるから」
「……うん」
英留は服を手渡して後ろを向く。
そして、聞こえてくる絹擦れ音に最大限聞き耳を立てる。
今スカートを履いているな、とか、ぱちん、といったからこれはブラジャーかなどと想像していくらでも妄想が──。
ゴンッ
後ろから後頭部への攻撃。
「って、お前なあ! さすがにこれは卑怯だろ! こっちはお前のために後ろを向いてやって──」
「あたしのパンツどこにやったのよ!」
「どうしてバレた!」
「おりゃぁぁぁぁっ!」
「ごふっ……!」
再度の鳩尾への攻撃。
「鳩尾は、あかん……」
ボディは地獄の苦しみだ。
先ほどは耐えられたが、今度は英留は倒れて地べたでもがくことになる。
「ふんっ、いい気味よっ!」
腕を組んでそう言い放つフィメーラの足元を転がる英留。
「うう……ううう……っ」
「……何してるのよ、そこまで強くはなかった……で……」
フィメーラは最初こそ、その様子を見て留飲を下げていたが、英留がちらちらと彼女を見上げていることに気づいた。
そう、英留はのたうち回るふりをして、ノーパンのフィメーラのスカートの中を覗こうとしていたのだ。
「…………」
フィメーラは黙ってしゃがんで大きめの石を拾い、それを思いっきり、いや、大きく振りかぶるとスカートにリスクがあるので、動かない程度に全力で投げつけた。
「ふんぐぅっ!」
英留はそれを何とか手で受け止めたが、それが当たったらと思うとぞっとする。
「おい、お前、やっていいことと悪いことがごめんなさい覗きません!」
フィメーラが次の石を見つけて投げようとしていたので、英留は素直に謝った。
「さっさとパンツ返しなさいよ」
「はい」
これ以上は殺されると、英留は素直にパンツを差し出した。
自主的に後ろを向いて、フィメーラにパンツを穿くように促す。
紳士的に見えるが、ここだというタイミングで振り返って見てやるために「後ろを向いていて」という言葉を言わさない作戦だ。
これなら「後ろ向いてろって言わなかっただろ」とあとで反論も出来る。
「振り返ったらさっきの石投げるから」
「…………はい」
だが、残念ながら、作戦は未遂に終わった。




