第二十七話 魔王の過去
「とりあえず、こっちの部屋にどうぞ。私はお茶を淹れてきます」
「わ……すご……」
フィメーラが感嘆の声を上げる。
通されたのは、応接室だった。
豪華なソファと、ガラス張りのテーブルがある。
この国では旅をしていたので見たことがないが、これは確実に日本のよくある応接室だろう。
「ここが、魔王の居城……」
いまだに魔王と言っているライヌスは先ほどからの空気を理解していないのではないかと英留は思う。
最近しっかりとした口調なので忘れがちだが、ライヌスは物凄く頭が悪いのだ。
だが、説明も面倒なので後にしよう。
「お待たせしました~、紅茶ですけど~」
そう言って夏苗がカップに入った紅茶を運んでくる。
「えーっと、私は向こうの世界にいた頃、日本人でしたが、十二歳でアメリカの大学に進学して、十五歳でドクターコースを卒業して、サカガミエレクトロニクスの研究室に入ったのです」
「サカガミって、あのサカガミですか?」
「ああ、サカガミが分かる人がいるっていいですねー、そのサカガミだと思います」
夏苗がにっこり笑いながら答える。
「何なのよ、そのサカガミって?」
フィメーラが英留に耳打ちする。
「あのシーヤを作った会社だよ」
「シーヤ! あなた、シーヤ知ってるんですか?」
夏苗が物凄く食いついて来た。
「まあ、常識ですし、俺、持ってますし」
英留が腰のシーヤを見せる。
「へー、へー! あなたって、若いですが社員か何かでしたか? ……あー、違いましたね、高校生ですよね?」
「え? あ、はい、そうですけど……」
何で知っているんだろう? と英留は不思議に思ったが、自分の背格好は高校生以外の何者でもないだろうと思い、納得した。
「今では高校生でも持てるくらいになってるんですねー!」
「いや、そうでもないですけど……まあ、色々あってですね。それで、泰羅さんはどうしてこの世界に来てしまったんですか?」
英留は思いっきり話をそらしたが、夏苗はあまり気にすることがなく、話を始めた。
彼女は十五歳でサカガミエレクトロニクスの研究室に入り、シーヤをはじめとする画期的な研究成果を挙げた。
二十歳になる頃にはノーベル賞の候補とまで言われた。
だが、そんな若くして才能もあり成果も挙げている彼女の周囲の大人には、二種類の人間がいた。
なんとしてもその利権を自分の元に持って来て、出来る限り自分に取り込もうとする人間と、妬んで何とかしてその座から落とそうとする人間。
そして、彼女は彼女がしたわけでもない、だが同じグループの人間が実験を手抜きしたという、非常にどうでもいいニュースが世に出て、なぜかそれが彼女の指示という事になった。
それを機にこれまでのこと、研究とは関係ない、しかも彼女と関係ない、アメリカ時代彼女に告白して振られた相手が性犯罪を犯した、などというニュースでさえ大騒ぎするようになった。
彼女の周囲にいた大人たちは彼女から離れていき、誰も守ってはくれなかった。
人が減っていき、最初は誰かが出てくれた記者会見にも出ざるを得なくなり、そんな状況になると研究員の不正もどんどん増えていく、というスパイラルとなった。
何もかもが嫌になった彼女は、自殺する覚悟で自分の開発中の機械の中に飛び込んだ。
それは、物質をどこか地球以外の場所に移転するもので、将来は地球内を移転し、ワープに活かせるのではと研究していたものだ。
それに飛び込んだら、この世界に来てしまった、という事だ。
ちなみにその技術は彼女がいなくなり研究が頓挫し、どこかに転移させるという技術のみを使用して廃棄物消却装置ハイパードロップドが作られた。
この世界に来た彼女は、このエンメルの街の人たちに暖かく助けられ、何とか生き延びることが出来たが、どうもこの街は当時、王国の配下に入ることを強要されているところだったようだ。
王国の配下になるという事は、税金を取られるが、代わりにこの街に領主が来て、王国の領土として管理し守ってやる、ということであり、特に外敵にも晒されていないこの街にとって、損はあっても得はない契約だった。
夏苗は助けてもらったお礼に武器を開発し、この街に嫌がらせに来る兵士たちを追い出した。
そして、この街にはもう来ないで欲しい、来たら私が相手になる、と言って追い返した。
「多分、それが王国の方で魔王が不思議な術で街を支配してる、になったんでしょうね~」
当の夏苗は明るくそう笑った。
「王国が悪いんじゃねえかよ?」
「そ、そんな事は……」
王国を否定出来ない勇者の立場のフィメーラが言葉に詰まる。
「ま、お前が王様に叛意を向けられないのは知ってるよ。だけど、だからといってお前は、何の罪もないこの人を倒して、王国に入りたくもないこの街を王国に入れるのか?」
「それは……でも……」
それでもまだ葛藤するフィメーラ。
自分は勇者であり、目の前の女性は魔王なのだ。
だが、どう考えても悪い人じゃない。
この人を倒す事が任務なのか?
「それでもやるしかないだろう、勇者なのだから」
「いや、お前馬鹿だから黙ってろよ」
「何だと! 確かに学がないのは認めるが、それでも──」
「それでもっ!」
ライヌスの声を遮って、フィメーラが思い詰めたように立ち上がる。
「それでも、あたしは勇者だから……っ! だから、魔王は倒さなければならないの……!」
剣を持って立ち上がるフィメーラ。
「よく言った、フィメーラ殿!」
勇気を奮って剣を抜くフィメーラ。
それに加勢する気満々のライヌス。
パナは、この二人は何を馬鹿なこと言ってるんだろう? という表情だ。
そして、英留は──。
「馬鹿馬鹿し」
決闘が始まる気配を感じ、応接間の隅に寄る。
「な……によ、あんたも戦いなさいよ!」
「何でだよ? 理由がねえだろ」
「あるわよ! あたしたちは勇者とその仲間で、この人は魔王だから」
「魔王って、王様が勝手に決めつけただけだろ?」
「…………っ!」
フィメーラは、言葉に詰まる。
そんなことは、彼女も分かり切っているからだ。
「それでもあたしは勇者なのよ! だから、王様が魔王と呼んだ者は倒さなければならない!」
目に涙を溜めながら叫ぶフィメーラ。
この世界では王様は絶対。
それは彼女の言葉の端から何となくは感じていたが、ここまで強情にそれを主張するとは思わなかった。
「……勝手にしろ」
英留は、これは放置するしかないと思った。
ここで何を言っても無駄だ。
シーヤを開発した夏苗に敵うわけもないし、一度負けて泣きを見てもらうしかないだろう。
「はあ……じゃあ、やるしかないのかなあ……それで、あなた、えっと……」
「俺は棚阪英留です」
「棚阪くんは参加しないのね~」
なぜか、少し残念そうにそうつぶやいた。
もしかすると、不殺モードで自分を全裸にすることを期待していたのだろうか?
それならば参加するのもやぶさかではない。
その上、負けた自分はそのまま彼女の奴隷にされるのだ。
興奮以外の何物でもない。




