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第二十五話 謎の行商人

 翌日、英留はごそごそという物音で起きると、既にライヌスとフィメーラは起きていた。

 物音は、ライヌスが脱いだ軽鎧を着ている音だ。


 フィメーラは地図を見て、そこから目的地であるエンメルの街までどのくらいかを計算していた。

 パナは英留の胸で熟睡している。


 英留はパナをそっと下ろし、地図を見ているフィメーラの横で地図を見る。

 それはあまり精度がいいとは思えない、誰かが手書きで書いた地図だった。


「これで距離とか分かるのか?」

「ある程度はね。ま、一日二日ずれることもあるから当てにならないけど」

「それで、あと二日なのか?」


 よくこんなので分かるな、と思うが、これを見慣れたフィメーラなら分かるのだろう。


「そうね。直前に国境最後の街があって、その次の街が、エンメルの街。そこに魔王がいるわ」

「でもさ、今思ったんだけどさ、昨日の、なんだっけ? デュ……何かがあって、魔王が移動してたんだろ?」


 昨日の夜、テントの脇を高速で通り過ぎていった魔王の使い。

 パナによれはそれに魔王が乗って移動してたということだ。


「……そうね」


 それは、つまり、既に魔王がこの国に出入りしているということだ。

 しかも、高速で自由に移動していて、それを王国側の誰も把握していない。


 魔王は居を構えてじっとしているのが普通で、高速移動している魔王なんて誰も考えたことなどないのだろう。

 しかも深夜に平然と街道を行き来していて、一応は知識人とはいえパナでさえその存在を知っていた。

 つまり、この辺りではそれほど珍しいことではないのだろう。


「でも、他に何もできないし、あたし達はエンメルの街に行くしかないわ……」


 英留は、フィメーラが迷っている、いや、戸惑っているのを感じた。

 おそらく彼女の想定とは全く違うのだろう、今回の魔王というものは。

 国境外の街にいると思いきや、既に国内に入り込み、平然と移動している。

 そんな魔王は、本当にエンメルの街にいるのだろうか?

 そして、自分たちに倒せるのだろうか?


「ま、お前が行くなら俺も行くけどさ。行って留守だったらどうするんだよ?」

「待っていれば帰ってくるでしょ?」


「友達の家に遊びに行くんじゃないんだぞ?」

「分かってるわよ、でも他にやり方もないでしょうが」


 そう言われると、英留にも対抗案はない。


「分かった、そうするか」


 まあ、英留は別に魔王がいようがいまいが、フィメーラについて来ただけだから問題はない。

 ライヌスにしても、修行の一環としてついて来ただけだし、パナに至っては居場所がなくなったからついて来ただけだ。


 この中で、魔王を本気で倒したいのはフィメーラだけである以上、そのフィメーラに従うことでだれにも異論はない、おかんだし。


「私も異論はない」

「パナは夫についていく。まおうじょうでまものに囲まれながら、はいとくてきな熱いよるをむかえる」

「みんな問題ないようだな、じゃ、行こうか?」


 英留はパナの言葉をあえてスルーしてフィメーラに言う。


「分かった、ありがとう、みんな」


 フィメーラは、英留たちに感謝する。

 そうだ、今は一人ではない。

 強い剣を持った英留、誰よりも剣術を極めているライヌス、知識があり、癒される可愛いパナ。


 旅が始まった時には考えられなかった仲間がいる。

 想定外の魔王にどこまで通用するかは分からないが、この仲間たちも想定外だ。

 何とかなる。

 そんな気分にさせてくれる仲間たち。


「じゃ、行きましょうか! テント片付けて?」

「ああ、分かった」


 彼女たちは、魔王城に向けて出発する。


 その二日は、特に何事もなく彼らは道を歩いた。

 あったことと言えば、英留がライヌスのトラウマを何とか戻そうとして、フィメーラに木刀で殴られ、ライヌスに抜き身の剣で追い回されたりしたくらいだ。

 それは日常の事なので、わざわざ言うほどのことでもない。


 とにかく、街に一泊後、国境を、おそらく越えて、エンメルの街に到着した。

 「おそらく」というのは、国境といつものがいつ、どこで越えたのかが全く分からなかったからだ。

 特に門番がいるわけでもなく、何か看板があるわけでもなく、ただ「この街から国の領土」という、曖昧な区切りがあるだけだ。


「なあ、ここがエンメルの街でいいんだよな?」

「そうね、地図だと確かにここだけど……」


「すっごく活気にあるれてるんだけど」

「あたしにもそう見えるわね……」


 フィメーラが少し気まずそうに言う。

 別に魔王の居座る街の活気があったらまずいわけではないが、これだと、結局この人達は魔王に別に困ってないんじゃないな? という事になり、じゃあ、どうして魔王を倒さなければならないのか? という話になってしまう。

 フィメーラはこれまで付き合ってきた中で、英留がその辺りのことにこだわっているのを知っている。

 彼は「人々を脅かす魔王という存在を倒しに行く」とフィメーラが言うから付き合っているといってもいい。

 そうでない場合、色々と突っ込まれることは分かっている。


「本当に魔王は悪い奴なのか?」

「そりゃそうよ、魔王なんだから」


 だから、そう押し通したいと思う。


「そうだな。何しろ魔王なのだからな」


 ライヌスもうなずく。


「でもな、俺がいたところでは、魔王が実は悪い奴じゃないってのは逆によくあるパターンだったけどな」


 おそらくこの世界の住人は、単純思考で「魔王は悪い」「王様の言うことは絶対」など、信じて疑わないことがいくつもある。

 だが、それ自体、英留からすれば「よくある嘘」なのだ。

 ゲームや漫画でしょっちゅう悪王やいい魔王は出てくる時代に育った彼は、逆にそれを疑ってしまう。


「それはもともと、魔王じゃなかったんじゃないの?」

「まあ、そもそも魔王ってのは自称じゃないからな、誰かがあいつは魔王だと言えばそいつが魔王として歴史に残るというか、そういうんだろ、多分」


「……じゃあ、ここの魔王もそうだって言いたいの?」

「さあな。会ってないから分からないけどさ、この前からずっと思ってたことがあってさ」


 英留は彼にしては珍しく思案気に腕を組む。


「何よ?」

「いや、今はまだ言えないな、確証がないからな」


「どうして隠すのよ? 言いなさいよ」

「ま、この街を見たらもしかすると確証が持てるかもな」


 そう言って英留は街を歩く。


「……何なのよ」


 しょうがないので、フィメーラはそれに続く。


「どうして街を見るだけで確証が取れるのよ?」

「まあ、そういうものだからな。お、これ、ライターじゃん」


 英留は商店の店先からライターを見つける。


「ライター? 何よそれ?」

「ここをうまく回すと火が出るんだ」

「きゃっ!?」


 英留がライターのボタンを押すと、その先から火が灯り、それに驚いた、フィメーラが一歩下がる。


「な、何よそれ? あんた魔法使えたの……?」

「炎のじゅちゅちきがうめこまれている」

「違うんだよ、これ。魔法の術式じゃなく、油をうまい具合に燃やしてるんだよ。俺も詳しいことは知らないけどな」


「へえ……って、なんであんたそんなこと知ってるのよ?」

「前の世界には普通にあったからな。お? これってコンロじゃないか? すげえ、この世界って結構発展してんのな」


 英留の眼の入ったものは明らかにカセットコンロだった。


「何よこれ?」

「コンロだな、まあ、えーっと、ライターの大型版というか、たき火と同じようにこれで火をつけて湯を沸かしたり出来る」

「へえ……もしかして、これって……?」


 フィメーラには、ふと、思い当たることがあった。

 ここは魔王の居城と言われるエンメルの街。

 そして、フィメーラが聞いたある噂。


 魔王が神に仇為すために、兵器を作っており、それが国内に流出している。

 これらの品はもしかすると、それなのではないか?


「なんだ、フィメーラ? おっとパナ、あんまり触るなよ?」

「パナも、これを持っている」


 パナはじっとライターを見ながら言う。


「お、そうか、そりゃ爆弾使えるんだから持ってるよな?」

「ど、どこで手に入れたの?」

「ぎょうしょうの人から買った」


「そ、それってどんな人?」

「んー、綺麗なお姉さん」

「詳しく」


 パナとフィメーラの話に、英留が割り込んできた。


「ちょっと黙ってて、今あんたのそういう話をしてる場合じゃないのよ」

「いや、俺だって真面目だぞ? 俺にこのシャツを売ってくれた人も、ウェーブの綺麗なお姉さんだったし!」

「え? そうなの……?」


 それは今思いついて言ったことだが、英留がシャツを買った相手が年上の女性であることだけは間違いない。


「たぶん、おなじ人」

「そうか、行商人だからいろいろな街を歩いているんだろうな。あんなに色白で綺麗だったのに大変だな、あの人」


 エミフェの街は、英留がフィメーラに連れられて最初にたどり着いた街で、ライヌス討伐を依頼された街でもある。


 そこから一日歩いてパナがいたイファムルの街で、その後野宿も含めて数日歩いてこのエンメルの街にたどり着いたのだ。

 そんな長距離を歩いて回っているのは行商人なのだろう。

 ここに来て、英留は色々納得できることがあった。


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