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第二十四話 夜の怪奇。

「だからさ、修行やめようかなって」

「ざけんな」


 フィメーラの言い分に、英留が軽くキレる。

 言いたいことは十分に理解した。

 なるほど、ライヌスが剣士としてちゃんと機能してくれるなら、勇者フィメーラは後方からの攻撃でも問題ない。

 術式が組み込まれたメリックなら、魔法も使えるし、一晩で魔法を修得出来たほど、その才能はあった。


 もちろん、勇者の血筋であるフィメーラは剣の才能もあるだろう。

 だが、これまで何の修行もして来なかったフィメーラが、剣も魔法も覚えるよりも、魔法に集中した方がいい。


 剣はライヌスがいる。

 それも理解できる。

 何しろ、英留もフィメーラと行動を共にしてきたし、フィメーラがライヌスを立てるため、剣の修業をやめるというのは想像もつく。


 が、わざわざ街でテントの用意としばらくの簡易食を買って、少なくとも数日は籠る予定だったものをあっさりまだ修行も始めないうちからやめる、とか言い出すとさすがに腹も立つ。


「だって、しょうがないじゃないの、さっき思いついたんだからさ」

「テントだって食料だってただじゃないんだぞ? 誰が金払ってると思ってるんだ?」


「あんた以外の全員ね」

「そうだよ?」


 この世界に来て英留が稼いだ金はライヌスを退治したものだけで、それもシャツと木刀に消えている。

 ライヌスは綺麗な金ではないが、対決で勝ち取った金銭を全てフィメーラに預け、パナも家にあった持ち金を手渡した。


 そして、フィメーラ自身、王から十分な旅の資金をもらっている。

 それこそ四人のメンバーで旅ができるくらいの資金だ。

 つまり、金は潤沢にあるし、多少の無駄遣いは問題にならない。

 更に、金を払っていない英留に言われる筋合いはない。


「で、でもさ、俺以外の二人はどう思ってるのかってことだよ!」

「それは事前に話してあるわ」


 フィメーラは一人ずつにこの話をして、最後が英留だったのだ。

 この時点で既にライヌスやパナとは既に話をしていて、承諾を得ている。


「ま、悪かったとは思ってるわよ、このせいで一日無駄にしたし。でも、明日から──」

「ばっかお前、そうじゃないんだよ! あのテントで何日も寝泊まりするんだぞ? この四人で! 絶対何か起こすだろ!」

「起こすっていうなっ! はあ……でも、あたしには手を出せないでしょうし、ライヌスも今はきちんと怒るからヘタレは手を出せないわね」


「だ、誰がヘタレだ!」

「ま、ヘタレはパナと遊んであげればいいんじゃない? さすがにあたしたちの隣で変なことするなら怒るけど、抱き合って寝るくらいなら構わないわよ?」

「パナか……」


 英留は微妙な表情をする。


「何よ、あんた、パナは嫌いなの?」

「そうじゃないけどさ……可愛いし、どっちかっていうと好きだけどさ。なんていうか……べたべたくっ付いて来られるとなあ」


「何が不満なのよ? ちょっと触っても怒らないどころか喜ぶんじゃないの?」

「そうだけどさ……女の子って、そういう事されたら嫌がったり怒ったりしてくれないとなあ」


 おそらく、英留の頭の中は、フィメーラには理解してもらえないだろう。

 英留は女の子が大好きで、もちろん同年が少し年上のスタイルを持った女の子が大好きなのだが、多少それから外れても大きな問題はない。

 見た目の可愛さを考えたら、パナはその対象に十分になりえるし、だから会った時は攻めた。


 だが、今の状況は、英留の望むところではない。

 英留はこれまで、ほぼ全ての女の子に忌み嫌われて生きてきたのだ。

 何もしていないのに、目が合うと顔をしかめられたり、すれ違いざまに暴言吐かれたり、なんてのは日常のことだった。


 普通ならそれで委縮しておとなしくなり、ほとぼりはいつか冷めるのだが、英留の精神はそこで委縮することはなかった。

 彼はそれを「自分だけに見せてくれる特別な表情」と解釈して、それを更に引き出そうとして、嫌われ続けたのだ。

 嫌悪してもしつこく言い寄ってくると大抵の女の子は泣きながら「ごめんなさい……もう許してください」と言うか、気の強い女の子に強く言ってもらうかのどちらかだが。


 この外道(クズ)はどちらも好物だという最上の外道(クズ)に仕上がっていた。

 だが、パナはそうではない。

 彼に救われ、身も心も彼に全てを委ねる気でいる。

 そんな女の子は何をしても嫌がるどころか喜ぶし、怒ると言っても拗ねる程度だろう。


 女の子に好かれる、などという経験がこれまでない英留はただ、戸惑った。

 何しろどれだけ甘えられても、好意を寄せられても、全く興奮しないのだ。

 可愛い女の子に好かれるのは嬉しい、という気持ちと、可愛いからこそ怒られたいし嫌がられたい、と思う気持ちが、英留の微妙な気分を生んでいる。


「あんたってつくづく外道(クズ)で贅沢ね! はあ、まあいいわ。それよりも、今日はもう遅いからここでこのまま泊まるから、準備して?」

「分かった。って言っても、テントはもう立ってるよな?」


「他にも焚火の準備とかいろいろあるでしょうが」

「あー、はいはい」


 英留はとぼとぼとテントに歩く。


「ライヌス、野宿詳しいんだろ? いろいろ教えてくれ。夜の暖まり方とか」

「ふむ。たき火は暖を取るだけではなく、獣が近づいて来ない効果はある、だが、夜盗の類は逆に──」


「そうじゃない! もっとこう、肌を触れ合ってさ! 暖を取る方法とかあるだろ!」

「……ふんっ!」


 英留はライヌスの腕をつかむが、あっさり振りほどかれる。


「その方法は知らなくもないが、親密な関係のものでしか行わないものだ。貴様とはそこまでの仲ではない」

「これを機にそういう仲になろうって」

「将来的にそのような仲になることを全面的に拒否することはない。だが、今はそのような仲ではないし、そのような態度では今後もそうなることはないだろう」


 そう毅然と言い放つライヌスは、少し前とは大違いだ。


「パナはしっている」


 そして、英留の背後にはパナ。


「こんばんは、パナがしっかり教える。忘れられないよるになる」


 パナは英留をよじ登って、その耳元で囁くように言う。

 本人は魅惑の所作なのだろうが、ただの微笑ましい光景でしかない。


「それはまた今度にしような?」

「二人で服をぬいで、はだかになってだきあう」

「いや、言わなくていいから、分かってるから」


「それは話がはやい。二人で寒いのにめくるめく熱い夜を」

「そのうちな? そのうち」


 英留は適当にそれを流した。

 そして明るいうちにたき火を作ってから、携帯食を食べて、誰かを番にするか検討した上で、やっぱりいらないだろうという事になり、四人でテントに入り寝ることになった。


「さすがに狭いな……」


 テントは、四人が横になると床面積がギリギリにになるほど狭かった。

 四角いので、同じ方向に寝ればいいのだが、その順番で揉めた。

 英留はフィメーラとライヌスの間がいいと言い張り、パナは英留が一番隅でその隣が自分だと譲らない。


 ライヌスはどこでもいいが出来れば英留の隣は避けたいと考えているし、フィメーラは本当にどこでもいい。

 それでこのままではいつまで経っても眠れないので何とかしなさい、とフィメーラが怒り、強制的に寝る順を決めた。


 それが、パナ、英留。フィメーラ、ライヌスの順だ。

 そう決めて寝てみて、最初に行ったのが先ほどの言葉だ。


「パナは、まんぞくしている」

「うん、もうちょっと隅に行けよな?」


 パナぴったりと英留にくっついて来て、英留は困る。


「こんやはねかせない」

「そのセリフはライヌスかフィメーラから聞きたいものだな」


「別に言ってもいいわよ?」

「マジか!」


「一晩中、火の番がしたいならね」

「おやすみなさい」

「ねかせない」


 おとなしく寝ようとした英留に覆いかぶさってくるパナ。


「おま……っ! それは……」


 さすがに暗闇で覆いかぶさってくると、困る、を超えてしまう。


「やめろって!」


 英留は押し返すが、パナは抵抗するし、その間にあちこちに触れてしまい、その柔らかさに女の子を感じてどうにもむらむら来てしまう。


「まずはあいぶから」


 これは、まずい。

 自分がこの子に手を出してしまうと、本人は嫌がらないし、誰も止めてくれない。

 どうする? どうすればいい?


 ………………ブォォォォォン


「……ん?」


 英留がパナとそんな攻防を繰り広げている頃。

 外からかすかに何かの音がした。


「何か聞こえないか?」

「あんたらがバタバタうるさい音しか聞こえないわよ」

「いや、マジでさ、外から何か音が聞こえるんだが」


「……?」

「エールから、いいにおいがする」

「いや、ちょっと黙ってろ?」


 ……ブォォォォォン


「ほら、するだろ? なんか唸り声というかもう少し高い音がしてこないか?」

「……確かにしてるわね?」


 最初は微かだったその音は、徐々に大きくなっていた。

 周囲には民家も人もいない、荒野には、その音はとても大きかった。


「ん? この音って?」


 英留はその音に違和感を覚えた。

 この音を知っている気がする。

 だがそれは、ここにあるはずのないはずのものだ。


「これは、まおうティーラ・カーネの使い、デュオニス」

「何だそれ?」

「まおうをこうそくで運ぶいきもの」


 パナはいつも本気か冗談か迷うのだが、こんな時に嘘はつかないだろう。


 ……ブォォォォォン


「……つまり、今、外を魔王が移動してるってこと?」

「うんむ」

「いや、でも、この音って……」


 英留はテントを開け、外に出る。


「危ないっ!」

「うわっ!?」


 英留はフィメーラによってテント内に引き戻され──。


 ブォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 眩い光とあたりを揺るがすような轟音。

 それが街道を高速で走り抜けていく。

 英留は姿を確認したかったが、フィメーラが三人を守るように覆いかぶさってきたので見ることが出来なかった。


 今度は遠ざかっていく音。

 それも徐々に小さくなっていった。

 あれは、何だったのだろう?


 などと考える前に。

 三人に覆いかぶさったフィメーラ。

 三人の真ん中にいた英留の胸の上には、フィメーラの胸が乗っていた。

 その、柔らかくてこの三人の中でなら最も大きなそれが、英留の上にあるのだ。

 これはあくまでフィメーラからやってきた行為であり、だから、セクハラには当たらない。


 それならば英留の考えることは一つ。

 いかに長時間、フィメーラにこの状態を気付かせず、ずっと胸を乗せ続けさせるかだ。


「あれは、何だったんだ?」

「分からない、だけど、本当に危ないものだと思う。あの音と、光と速さでも、凄いって分かるし」


「あれが魔王の使いか……勝てるのか? 魔王に?」

「……旅に出たころのあたしなら、まず無理だと思ったはずよ。だけど、今なら、仲間がいる。だから、負けないわ」


 暗闇の中、至近距離のフィメーラの顔が微笑むのが分かる。


「だってさ、ライヌス、期待されてるみたいだぞ?」

「私は私に出来ることをするのみだ。フィメーラが魔王を倒すというのなら、私は付き合うし全力を尽くす」

「そうだな、俺もそうだ。かなり厳しい戦いになるだろうが──」


「パナをむしする意味がわからない」

「うん、ちょっと黙っていような?」


「あと、フィメちゃんがずっとエールに胸を押し付けているのがくやしい」

「言うなっ!」

「え? あっ……!」


 フィメーラは慌てて立ち上がる。

 暗闇に、胸を押さえながら英留を睨む。


「いや、お前が来たんだからな? 俺は何もしてないからな?」

「分ってるわよそんなこと。でも、さっき、少しでも長くあたしがどかないように、話してたわよね?」

「うん」


「認めるなっ!」

「俺は悪くないぞ?」


「そうね? 分かってる! だけどその態度が気に入らないから殴る!」

「でっ、痛いって!」


 理不尽に殴られる英留だが、暗闇で、こちらを探りながら殴るためにまたくっついてくるフィメーラを押しのけることは出来なかった。


「はあ……」


 フィメーラがため息をついて英留の隣に横になる。


「……でも、あんたが一番頼りなのよ……」


 それはとても小さな声で、ともすれば、反対で抱き着こうとしているパナの出す物音にかき消されそうだった。


「もう寝ましょ。明日中にエンメルの街まで……は無理にしても、明後日の昼に到着できるように、明日はかなり歩くわよ?」


 そう言ってフィメーラは目を閉じる。

 その隣のライヌスは既に寝息を吐いている。

 おそらく先ほどの魔王の使いの時に既に寝ていたのだろう。

 悪戯しようにも、間のフィメーラが起きているし、そもそもパナが全力で妨害するだろうから何も出来ない。


「はあ……」

「そして、パナに戻るエール」


 力を抜きかけた英留をここぞとばかりに攻めるパナ。

 そのパナをぎゅっと抱きしめて、自由を奪ってやる。


「やっとその気になった。これからはあつくめくるめく夜のはじまり」


 英留は、パナのそんな声を聞きながら目を閉じ、意識を沈めた。


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