第二十二話 修業、開始
街道をしばらく歩き、周囲に民家もなく、街道も地平線まで見えそうなくらい何もない、見慣れた風景となった。
「つかれたので、エールにせおってもらうことにする」
パナが勝手にそう決めて、英留の背中をよじ登って来る。
「しょうがないなあ。ほら、もっと上にしがみつけ?」
パナがよじよじと登って来るので、英留がしゃがんでやった。
「おれいにパナのからだをあげよう」
「そうか。使わないけど気持ちはありがとうな?」
「ようえんのきょくち」
「そうかそうか」
英留は幼稚園の曲芸にしか思えないが、そもそもパナのこういう発言は本気なのか冗談なのか分からないので適当に流しておく。
「んー、ここがいいわね」
フィメーラが脇が平坦で草もない、荒野のような場所を見ながら言う。
「こんな何もないところで何するんだ? ライヌスを裸にして縛って置いていくのか?」
「ヴァー!」
「どうしてあんたは息をするようにライヌスをいじめられるのよ!」
フィメーラは手を木刀に持ち替えて、英留をシャツの上から殴る。
「いや、俺にはほかにやることが思いつかないんだよ。こんな何もない、人も俺たちしかいない場所で、開放的な気分にしたライヌスを裸にするなんて、誰でも思いつく発想だろ?」
「ヴァー!」
「誰も思いつかないわよ! はあ……ここで魔法を使うのよ。初めての時は周りに人がいないところにしろって書いてあったからね」
「魔法? ライヌスを──」
「裸にしないわよ?」
「ヴァー!」
ライヌスはもう、駄目かもしれない。
そう言えば、昨日読んでいた本が魔導書とは知っていたが、何の魔法の本なのかは聞いていない。
「それは、何の魔法なんだ?」
「──再生の魔法。あんたに壊された聖剣メリックを元に戻すのよ」
「へえ、そんな魔法あるんだ」
そんな魔法があれば、処女膜も再生できるね、と言いたいが言ったらひどい目では済まされないので、絶対に言わない。
「それがあれば、どれだけライヌスの服を破いてもすぐ再生できるね」
「ヴァー!」
だから少し変えてみた。
「だーかーらー!」
今まさに集中を始めようとしていたフィメーラが、泣き寄ってくるライヌスを抱き留め、頭を撫でてやる。
「もう、ライヌスをいじめるのはやめなさい! ライヌスも! このくらいでいちいち泣かない!」
「うむ……ぐすっ!」
「分ったよ。ごめんなライヌス?」
「気にしなくてもいい。私が弱いのが悪いのだから」
「もう、顔を見るたびにおっぱいを思い出すのをやめる」
「ヴァー!」
「アホかぁぁぁぁぁぁっ!」
「いやちょっと待てって! 今の俺が悪いか?」
「こうなるの分かってて言ったあんたが全面的に悪いっ!」
フィメーラは、木刀でシャツ以外のところを狙って殴打して、英留を反省させる。
日常となりつつある一連の流れに、大抵のことは受け入れるパナが黙って首を傾げた。
「じゃ、英留は喋らない動かないライヌスを見ない! ライヌスは英留を見ない! あたしが魔法を使う間はじっとしてること!」
びし、と木刀を突き付けられてそう言われたので黙ってそれに従う。
フィメーラは英留が動かないことを確認して、木刀を腰にしまい、折れた聖剣を取り出す。
「太古より記憶ある聖霊よ、未来を見通す聖霊の神よ──」
なんだか、詠唱が始まるので、黙って聞いている。
結構長いようだが、これを覚えたのだろうか?
ちらり、とパナを見ると、英留の腕をぎゅっとつかんだ状態だが、うんうん、とフィメーラの詠唱を見守っている。
今のやり方で間違っていないのだろう。
「その偉大なる力と、我が魔力を持ち、この聖剣を再生せよ……っ!」
「は……っ!?」
強い、光。
それはフラッシュのような光が数秒続くような、網膜を焼きかねない強い光が、彼女の手元から発っせられている。
「な、んだ……これ……っ!」
英留は目を閉じるが。それでも漏れ入ってくる光が強すぎて、目を手で覆い、逆を向く。
それはほんの数秒の事だったが、あまりに強烈だったため、もう少し長く感じた。
「…………っ!」
後ろで息をのむ声が聞こえたので振り返る。
そこには、フィメーラが立っていた。
聖剣メリック、その欠けていない剣を、その手に握り。
「や……った……?」
フィメーラがおそるおそる、確かめるように言う。
それは確かに英留が真っ二つに折った剣だ。
「ふんっ!」
フィメーラがそれを握りしめたまま、気合を入れる。
「うわっ!?」
すると、周囲に突如風が現れ、まさに今、目を閉じているライヌスに後ろからどさくさで抱き着こうとしていた英留を吹き飛ばす。
「ててて……」
「で、きた……これって」
「うんむ。じゅちゅしきも戻っている」
形だけではなく、術式まで全て戻っている。
完全な再生に成功していた。
おそらくこの剣は長い時間をかけて削られ、劣化し、折られることもあったのだろう。
だが、この魔法を当時の勇者が習得し戻してきたのだろう。
「やっ……た!」
フィメーラがその喜びをどう爆発していいのか分からず、興奮はしているがどうすることも出来ず、持て余している。
「やったな、フィメーラ!」
だから、これがチャンスと、英留は両手を広げ、ハグかもーんの体勢で待ち構える。
「ありがとうっ! やった! 戻った!」
フィメーラは躊躇うこともなく、英留に全面から抱き着いた。
それはも、逆に英留が戸惑うほど無防備に、無邪気に。
よほど聖剣が戻ったのが嬉しかったのだろう。
それが無邪気過ぎて、英留のエロい気持ちはなくなってしまった。
「よかったな?」
「これで、あんただけに戦わせないわよ! あたしも戦うから!」
「そうだな?」
英留がフィメーラと行動を共にするのは、英留が聖剣を壊したからで。
聖剣が元通りなら、もう行動を共にする必要などないのだが、それでもフィメーラには、英留と離れるという考えは全くないらしい。
「パナも! パナも!」
ずっと抱き合ってる英留とフィメーラを羨ましく思ったのか、パナがぴょんぴょん跳ねながら、ハグをせがむ。
「じゃ、次はパナちゃんね! それっ!」
フィメーラはパナをぎゅっと抱きしめる。
「思っていたのとちがう」
パナは英留と抱き合いたかったのだが、フィメーラに抱き付かれて、少しがっかりするが、それでも少し嬉しそうだ。
「じゃ、俺はライヌスとだな」
「ヴァー!」
号泣するが、抱きしめた英留は抱きしめ続け、浮かれているフィメーラは怒らない。
正直なところ、ただのエロくも何ともないハグで号泣されるとさすがに英留もむっと来るのだが、脇から横乳を触っているのでこのまま何も言わないつもりだ。
「フィメちゃん、ライちゃんがたいへんなことになっている」
「え? あっ! こらっ!」
「でぇぇぇっ!?」
英留の叫び。
フィメーラはいつものように、聖剣で英留のシャツを殴った。
だが、聖剣メリックは一振りで衝撃波も発生させるので、それだけはシャツをすり抜けて身体に影響したらしい。
「あ、ごめん。大丈夫……?」
「ああ、ちょうど、木刀で殴られたくらいの痛みだな?」
「そうなんだ……」
フィメーラはほっとして、英留も聖剣の勢いすらそこまで吸収するこのシャツを自慢しようとした。
「じゃ、これからはちょうどシャツの上からの打撃でよくなるわね?」
「え?」
「万一動いて他に当たったらごめんね? 死ぬかもしれないけど」
「いや、ちょっと待て。これ、マジで痛いからな?」
シャツ越しでこの痛みだから、なければシーヤくらい軽く真っ二つになるだろう。
流石に洒落にならない。
「別にいいんじゃない? あたしも、何もしないエールには攻撃しないし?」
これ待ての形勢逆転とばかりに、フィメーラがにやにやと笑うが、実際のところ、形勢自体はこれまでと大差なかった。
おかんは変わらずおかんだ。
ただ、おかんが強いお仕置きを覚えただけだ。
「……ま、俺もそろそろライヌスに飽きてきたからな。もういいや」
「ヴァー!」
「言ったそばから泣かせて!」
「いや、これ、俺はまったく悪くないだろ!?」
流石にもうやらないと言って泣かれては、何もしようがない。
「女心は複雑なのよ!」
「でぇぇぇっ! そんな理不尽な理由で怒られても!」
あまりにも理不尽だが、メリックを握られてはどうしようもない。
「パナはあきさせない」
きゅっとしがみついてくるパナ。
「そっかー、えらいなー、よしよし」
あまり邪険にするのも何なので、頭を撫でてやった。
「パナはえらい」
結構適当に褒めたのに、やたら得意げになったので、本当に賢い同年の女の子とは思えない。
「ライヌスも、泣いてないで!」
「ヴァ……」
口調は怒っているのだが、いつものようにあやしているのではなく、俺やパナにやったようにぎゅっとライヌスを抱きしめている。
いつも通りをこなしつつ、嬉しくてそれどころでもなく、と言ったところか。
しばらくは喜ばせておいてやろう、と英留は肩をよじ登って来るパナを下ろしながら考えていた。
「ライヌスお願いがあるんだけど」
「何だ? 私が出来るなら手伝おう」
「俺の性奴隷になってくれ!」
「ヴァー!」
しばらくはしゃいだフィメーラは、いきなりライヌスに何かを話しかけたので、とりあえず割って入った英留。
「邪魔しないでよっ! 真面目な話なんだから」
フィメーラが木刀で殴る。
メリックを使うのはやっぱりやめたようだ。
「俺だって真面目だ! 本気でライヌスを性奴隷として一生養ってもいいと思っている」
「ヴァー!」
「それをふざけてるっていうのよ!」
もはやプロポーズに近いことを言ったのに、号泣されるは怒られるわ散々な英留だった。
「とにかく、ライヌスにお願いがあるんだけど!」
「こんな私に役立てることはあるだろうか?」
まだ涙目のまま、自信のかけらもなくなったライヌス。
「うん、エールがらみの事に関しては、ほんっとうに何とかして欲しいけど、それ以外ならライヌスって強い剣士なのよね?」
「ああ、それにはある程度自信はある。名もなき剣士なら負けることはないだろう」
いきなり自信を回復したようで、力強く言うライヌス。
名もなき英留には負けているし、お前、字も読めないだろう、などと思ったが、まあ、さすがにメンツを潰すのは可哀想なので、英留は何も言わなかった。
「うん、だからさ、あたしは全くの素人なんだけどさ、少しでも剣を教えてくれないかなって思って」
「ほう、剣を覚えたいのか」
「別に、気安く考えてるわけじゃないんだけど、あたしの中の勇者の血ってどんなものかなって試してみたくて」
「勇者の末裔の師匠か。悪くない。分かった、私の知る限りの剣を教えよう」
力強く微笑むライヌスはまるで強豪剣士のようだな、などと思っている英留は、ずっとしがみついてくるパナの相手をしていた。
「お願いするわ」
ちなみに英留は剣術を覚えるつもりは全くない。
シーヤはそもそも剣術の範疇を超えているし、これが元の世界の前線の兵士ならともかく、彼とこの世界では兵士の技は必要ないのだ。
「では、短期間で習得できるよう、修行をするぞ!」
物凄く活き活きとし始めたライヌス。
それを泣かせるほど、英留は無粋ではなかった。




