第二十一話 勇者が本の虜に
英留は素直に風呂に入って、普通に男性時間の間に出てきた。
正直今日は、昼に数十人の女の子たちの全裸を見て、お姉さんの身体に溺れて、性欲的にかなり満たされていたので、もう十分なのだ。
いつもなら間違えたふりをしてライヌスの部屋に行き、セクハラでひと泣かせくらいするのだが、今日はそれも必要ない。
「うーす、風呂あがったー」
「はーい」
部屋に入ると、フィメーラが、英留が陣取ったはずの奥のベッドに寝そべって本を読んでいた。
「あの、奥は俺のベッドなんだけど」
「うん」
フィメーラはこちらも向かずに答える。
「いや、別に俺も奥の方がラッキーなことがあるかもって思ってるわけじゃなくってさ、ただ、奥の方が好きだなと思ってさ」
「うん」
「本当に、転んで押し倒したりなんてしないからさ。俺を信じて欲しいんだ。大丈夫だから、奥の方をさ、俺に譲ってくれないかな?」
「うん……ちょっと静かにしてて?」
フィメーラは本を読みながらのまま、少しウザったそうに言う。
「……はい」
英留はおとなしく、手前のベッドに寝そべる。
「…………」
とはいえ、フィメーラが相手にしてくれないと、何もすることがない。
「なあ、軽く胸の揉み合いでもしようか?」
「黙ってろって言ったわよ?」
「……はい」
英留は全ての行動を制限された。
ここにいても寝る以外何も出来ないだろう。
とは言っても、まだ飯も食べていないし、女の子たちは風呂にも入っていない。
自分だけ寝るというわけにも食事に行くわけにも行かないだろう。
そもそも全財産を握っているのはフィメーラなのだ。
「なあ、晩ごは──」
「うるさいって言ってるじゃないの! ご飯ならあんたたちで食べてきなさい! ほら!」
怒り気味に金を渡される英留。
「余ったら返しなさいよ?」
「フィメーラは行かないのか?」
「あたしはいい……あ、何か片手で食べられるもの買ってきて?」
フィメーラはもうこちらを見ずに、ベッドでうつぶせで本を読んでいる。
多少腹も立ったので、隙だらけのスカートでもめくってやろうかと思うが、性的な行為は一切禁止されている。
英留に出来ることと言えば、もらった金を使い切り、フィメーラには媚薬入りの食べ物を買ってくることくらいだ。
腹いせにもらった金を使い切る、なんて発想はまさにおかんに対する子供が出来る数少ない抵抗だな、などと思う。
そう思うと馬鹿らしくてする気になれなかった。
とりあえず、隣の二人を誘って、街を回って食べ物が提供される店で食事をして来よう。
英留は隣の部屋のドアを開ける。
「よ、遊びに来た」
「ヴァー!」
「いや、さすがにこれは俺のせいじゃないだろ!」
部屋に入って挨拶しただけで号泣されては何も出来ない。
ライヌスは鍛えられるどころか徐々に英留に弱くなっている気がする。
別に着替えていたわけでもなく、ライヌスは軽鎧を脱いでくつろいでいただけだ。
「よくきた。歓迎する」
対してパナは、ててて、と英留の方に寄って来て、全面ハグをする。
「これからはパナとめくるめくせっくすのじかん」
「そうか。じゃ、三人で激しい一夜を過ごすか」
「うん」
「ヴァー!」
勝手に数に入れられたライヌスの号泣。
とはいえ、英留にそのつもりはないが、ツッコミがいないと本当にこのまま一晩過ごしそうになる。
とりあえず号泣するライヌスを盾に、こいつが可哀想だから今日はやめておこう、と言ってパナに納得してもらった。
そのまま三人で街へ行って何か食べて来よう、と言うと、ライヌスが物凄く警戒をする。
フィメーラ殿は何故来ないのだと何度も言うが、本人が言うのだから仕方がない。
英留ももう何もする気はなかったのだが、ここまで警戒されると胸の一つでも揉まないと失礼な気がしてくる。
が、一度揉んだら、夕方の街中で長身美形の剣士風少女が子供のように号泣を始めるという、英留にとっては当たり前の光景だが、周囲の人たちにはあり得ない光景で何事かと人だかりが出来たので二度とやるまいと思った。
三人で適当な店に入り、メニューを見て、よく考えたら英留は字が読めないことに気付き、ライヌスに読んでもらおうとしたが、ライヌスも読めないらしい。
それはそれで衝撃の事実なのだが、腹が減っていたのでしょうがなくパナに全権を委ねることにした。
その結果彼らはめでたく食事にありつくことが出来た、が、異様に量が少なかったので、追加してもらった。
ライヌスがそれだけしか食べないから小さいのだ、などと説教をしていたが、字も読めない奴に言われたくはないだろう。
その後、串に肉を刺した簡易な料理を数本、フィメーラへの土産として持ち帰った。
「よう……って、まだ読んでるのかよ?」
「あ、おかえりー」
フィメーラは寝そべったまま、こちらも見ずにそう言った。
その態度にうっかり転んで尻辺りに顔をうずめたいが、うっかり認定されそうにないのでやめる。
「フィメーラの分の夕飯買って来たぞ? 読みながら食べられるように串の肉にしたからさ」
「あ、うん。さすがに本読みながらはお行儀が悪いから、食べるときはやめるわ」
そう言ってやっと立ち上がるので、そのまま肉を渡し、ポケットから余った金を返す。
「じゃ、いただきます」
フィメーラは串に刺さった肉を歯で抜き取り、食べる。
「ん、おいしい」
思ったより味が良かったのか、少し意外そうに眉を上げる。
「その本、面白いのか?」
「悔しいけど、夢中になっちゃった」
少し嬉しそうに笑うフィメーラ。
その表情は年相応で可愛い。
「よく分からないけどな、それってパナが持ってた本だろ? 何かの物語か?」
「違うわ、魔導書よ」
「……魔導書って面白いものなのか?」
「あたしもつまらないって思ってたけど、これは書き方が分かりやすいし面白いのよ。あたしだって、本当は魔導書なんて読みたくないって思ったけど、これはどんどん頭に入って来て──」
フィメーラがその本の面白さを語り出して、止まらなくなった。
途中からはほとんど聞いていなったが、夢中で語るフィメーラの表情が楽しそうで羨ましい。
そう言えば、本にしろテレビにしろゲームにしろ、最近夢中になったことがない。
適当に見て、面白かったら次の日に学校で話題にする程度で、一週間後にはもう忘れている程度だ。
「ま、頑張れよ」
「うん、あ、ごちそうさま」
話に熱中しながらも食べ終えたフィメーラ。
「じゃあ、俺は邪魔にならないようにしばらく外に行ってる」
英留はそう言って、部屋を出て、ライヌスとパナの部屋に行くと、ライヌスに号泣されたので、しばらくは相手をしていたが、一向に泣き止まないのでしょうがなく、また戻ってきたら、フィメーラが風呂に行っていなかった。
だから、ライヌスたちにフィメーラが風呂に行ったと知らせに行ったらまた号泣された。
結局、フィメーラは風呂と食事以外はずっと本を読んでいた。
英留が寝ると言っても、小さな明かりをつけたまま読み続けていたようだ。
そんなに面白いのならあとで貸してくれ、と思うが字を読めない英留には読むことも出来ない。
あまりに集中していたので、心配にもなったが、自己管理は出来るだろうと先に眠った。
朝、起きて隣を見ると、きちんと眠っていることにほっとする。
と言っても、フィメーラが起きなければメンバーは何もすることが出来ない。
結局本は読み終わったのだろうか?
起こしてもいいのだろうか?
しばらく、フィメーラの寝顔を見ながらぼーっとしていた。
「朝なのでおなかがすいたのできた」
そのうちパナが部屋を訪れた。
その後ろには、おそらくこの中では最強の剣士がびくびくと中を警戒しながら窺っている。
「よお、パナ、昨日は眠れたか?」
「ねむれてしまった。ほんとうはエールにねむらせられない予定だったのに」
「そうか。俺はそのつもりなかったからな」
「パナのえんじゅくちたにくたいをもてあそびほうだいなのに?」
「十七歳はそもそも艶熟じゃないからな?」
英留は同世代から少し年上の女の子が好きなのだ。
だからパナのような子供の肉体や人妻のような艶熟した肉体は、対象外だが興味が全くないと言えば嘘になる。
それは一般的な青少年が女の子の肉体一般に持つ興味程度であり、女の子の身体に人並み外れた興味がある英留からすればそこまでではない。
「ライヌスは眠れたか? 俺の事を考えて眠れなかったんじゃないのか? ちなみに俺はずっとライヌスの裸の事を考えて眠れなかった」
「ヴァー!」
まさに少し年上の肉体を持つライヌスには全く容赦もない。
「今も考えている」
「ヴァー!」
「この服の下にあの裸が……」
「ヴァー!」
「パナも! パナも!」
英留がライヌスの身体を凝視していると、間にパナが入って来る。
「パナはもっと成長してからな?」
「だから、パナはえんじゅく」
「そうだな、お前の中ではそうなんだろうな?」
「ヴァー!」
「……るさいわねえ……なによ、朝から……?」
騒ぎながら密着してくるパナや、号泣しているライヌスというやかましい中、気怠そうな声が細々と響く。
「よお、フィメーラ、起きたか? 昨日はいつまで起きてたんだ?」
「ヴァー!」
「パナのえんじゅくしたにくたいをわすれられないよう、身体に刻みつける」
寝起きの大騒ぎに、血圧が高くないのかフィメーラは眉を顰める。
「お前らちょっと静かにしろ、おかんは大変なんだからゆっくり起こしてやれ」
「誰がおかんよ……はあ、もういいわ。朝は食べないとね?」
フィメーラはゆっくりと起き上がり、髪を整え身支度を始める。
「で、本は読み終わったのかよ?」
「ああ、うん、そうね。最後まで読んじゃったわ。まだ習得したかどうかは分からないけど」
「今日、街道でためしてみるといい」
「そうね、ありがとう、パナちゃん。それまで借りてていい?」
「かまわない」
「じゃ、俺はライヌスの身体を借りるからな?」
「ヴァー!」
「おいおい、そこは『かまわない』だろ?」
「ちょっと! 朝から何泣かせてるのよ! あー、よしよし」
しょうがなく、フィメーラは身支度もそこそこに、ライヌスをあやす。
「朝から大変だな」
「誰のせいよっ!」
ライヌスをあやしながらも、もう片方の手で木刀を探しているフィメーラ。
「悪かったよ。でもライヌスはどんどん悪化してる気がするんだけど」
「……ま、でも、昨日見る限りあんた以外には勇敢だったし、大丈夫じゃないの?」
逆に英留に対してがどんどん悪化しているのがまずいと思うのだが、おかんがいいと言っているならそれ以上は言うまい、と考える英留。
「じゃ、宿を出てご飯食べたら出かけましょうか」
あやしながら荷物をまとめたフィメーラがいい、みんなが荷物を背負った。




