第十九話 働くおかんは、光ってる
イファムルの街に到着し、ライヌスの服と装備を揃える。
フィメーラは、ライヌスのために服を三着、下着も同じほど買う。
その間、英留は外で待たされたが、パナが甘えて来るので、ただ困っているうちに買い物が終わっていた。
新品の服と装備に嬉しそうなライヌスをとりあえずセクハラで泣かせてやろうかと思ったが、フィメーラが目で、今日くらい幸せな気分を味わせてあげなさい、と言ってくるので、我慢してやった。
ちなみに、フィメーラはいまだに木刀のみだ。
人の装備は買いそろえるのに、自分のは後回しにするあたり、おかんを思わせるが、もちろんそんなことは言わない。
その日の宿は、さすがに二部屋となった。
「パナは、エールと同じへやでいい」
パナのそんな一言で、部屋割りは揉めることになった。
「パナちゃん、あんた、妊娠したいの?」
もはや年上のパナをちゃん付けしてるフィメーラが諭すように言う。
「うん。その前のめくるめくせいてきなこういに、期待とふあん」
もはや何を言っているか分からないパナ。
「……あんたが本当にそれでいいけど……」
ちらり、とフィメーラは英留を見る。
その表情は、絶対に断りなさいよ、と言っている。
英留はパナと同室になっても何もするつもりはない。
これが普通に成長した十七歳の女の子なら万難を排してでも同室になり、絶対に何かするのだが、今のパナはたとえ同室どころか同衾しても、甘えてきても、可愛いなあ、で済ませられる。
だが、折角の数少ない誰かと二人で同室になれる機会なのだ。
「パナ、悪いが同室は諦めてもらおう」
英留はなんか少し男前な感じで言ってみる。
「…………パナは悲しい」
「悪いな、俺は他の奴の修行に付き合わなきゃならないんだ」
「だれの?」
「ライヌスさ。彼女と同じ部屋になって、彼女を鍛えてあげないと。はあ……これは楽な仕事じゃないよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、私とエールが同じ部屋だと? どうしてそうなるんだ?」
それまで新しい服と装備にご機嫌だったライヌスが慌てて半拒否の姿勢になる。
「だってお前、俺を克服するためについてきたんだろ? だったら同じ部屋にならなけりゃ駄目だろ」
「う、うむ、確かにその通りだが……」
「安心しろって!」
英留がライヌスの肩に手を回す。
男にそんなことをされたの初めてのライヌスが少し戸惑いの表情を浮かべる。
「寝ている間に、絶対におっぱいは直で見て揉んでやるからな? ……絶対にだ!」
「ヴァー!」
泣くと思っていたがやはり泣き出したライヌス。
「やめなさい! ライヌスにはまだそこまでの修行は早すぎるわ! ライヌスはパナと同じ部屋! エールはあたしと同じ部屋よ。いいわね?」
「ヴァイ」
「せいさいのどくせんはひきょう」
ライヌスからは肯定、パナからは不満の反応が返って来る。
「誰が正妻か! あたしは英留には絶対にそういうことされないのよ!」
「みりょくがないから?」
「違うわよ! 契約を結んでいるのよ!」
なんだかフィメーラによる契約書の説明が始まったので、英留は先に部屋に行くことにする。
部屋は今朝とほぼ同じ広さで、ベッド二つと椅子二つと机でほぼ一杯になるくらいの大きさだった。
英留はその奥のベッドに寝転ぶ。
なぜ奥なのかと言えば、そこには手前にはないロマンがあるからだ。
それは、英留にしか理解できないロマン。
奥のベッドから外に出るには、必ず手前のベッドの後ろを通るしかないが、場合によっては転んだりして、フィメーラの寝ているベッドに転倒し、押し倒してしまうかもしれない。
相手がライヌスなら絶対故意でやるが、これがフィメーラだと、契約違反で性奴隷にさせられるだろう。
だから、故意にすることはない。
これはあくまで確率論。
奥に陣取った方がフィメーラにラッキーなスケベをうっかりしてしまう確率が高くなるのだ。
それは、ただのロマンに過ぎない。
「ふう……、こっちがあたしたちの部屋でいいのね」
そのうち、フィメーラが入って来る。
「その言い方、夫婦みたいだな」
「はいはい、でさ、あの子達まだよく分かってなさそうだから、じっくりと話してくるわね? 一人だからって変なことしちゃ駄目よ? ここは男の方がお風呂先だから時間になったら入ってきなさいね?」
「あ、ああ……」
英留の返事を確認すると、フィメーラは部屋に荷物と上着だけ残して、再び出て行った。
「…………」
残された英留は少し寂しい気分になった。
せっかく怒ると思ってボケたのに突っ込んでくれなかった。
ボケて突っ込まれないととても寂しいものだ。
男女関連の話をああも簡単に流すのは、本当忙しいおかん以外の何者でもない。
とはいえ、会った時はもっとキレて怒ったはずだ。
というか、最初会ったときは情緒不安定かと思うほど怒ったり号泣したりしていたのだ。
それはほんの二日前の事で、そんな短期間で成長するとも思えない。
なのに今では年上の女の子二人に物を教えに行ったり、何をしでかすか分からない英留に一言釘を刺したりと、普通におかんになっている。
成長、ではない、環境変化なのだろう。
最初に英留と旅をすることになった。
英留はいきなりこの世界に来て、しかも行動がおかしいので、世話をしてやらないと何をしでかすか分からない。
そして、ライヌスが入る。
彼女は、英留と二人で置いておくと必ず泣かされるし、そうなると放置しておくと泣き疲れるまで泣き続けるので、いつも注意して見ていなければならない。
先ほど入ったばかりのパナ。
彼女はそもそもが危なっかしい。
十七歳でフィメーラよりも年上だと言うが、あの騒動もあっていきなり英留に惚れてしまっている。
英留の方はライヌスほど積極的ではないが、本気で迫られたら、英留の事だから本気を出すだろう。
とにかく自分がしっかりしないと、このメンバーはどうにかなってしまう。
そんな責任感がおかん化を促したのだろう。
「だからどうしたって話だよな」
分析したところで何が変わるわけでもない。
英留はこれからも英留でいるつもりであるし、責任感も背負うつもりもない。
フィメーラがあっちこっちを走り回っていても「大変だなあ」で済ませるつもりなのだ。
何故なら、彼はただの外道なのだから。
「じゃ、風呂にでも行くか。いや、また遅くに行って女の子が入ってくるのを待つか? でも、フィメーラが来たら、裸で木刀はきついからなあ」
呟きながら部屋を出て、風呂に向かった。




