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第十七話 五十人の美少女の全裸

「ふむ……そろそろか。まだ早いと思っていたが」


 セーリュン、と呼ばれた男性は少し考えるようにそうつぶやいた。


「お前ももう十七歳、成長もしていないが、そろそろいいだろう、パナン、お前はもう魔法研究などという偽装はしなくてもいい」

「え……?」

「私は最初から分かっていたのだよ、おまえが魔法なんて使えないことを」


 セーリュンは、にやり、と嫌らしい笑みを浮かべた。


「どうして……」

「お前が私の前に、自分は魔法が使えるから研究費を出して欲しいと現れたのは四年前、お前が十三の時だったな。あの時から出来ないとは疑っていたのだ。その後、調べさせて分かっていた。お前は魔法でない何かで爆発を起こしているとな」


 四年前から知られていた。

 その事実にパナが衝撃を受ける。

 だが、英留もそうだがフィメーラもパナも不思議に思うことがある。


 魔法が使えないと分かっていたパナを、どうして四年間も置いていたのか。

 行く当てのない身の上に同情し、あえて騙されていたというのなら分からなくもないが、目の前のセーリュンはどうにもそのような寛大な人物とも思えない。


「これからは、私のそばにいろ。お前のこれからの仕事は、私の愛人だ」

「…………っ!」


 更なる衝撃に、目を見開くパナ。


「十三歳のお前は、将来を予感させたのだ……。いや、魔法の、ではない。こいつは将来、美人になると。だから私はお前を飼っておいたのだ。ま、思ったよりも育たなかったが、もうそばに置いてもいい年頃だろう。これからは私の相手をして一生を過ごすのだ」

「……あ……あ……っ!」


 ショックで何も言えないでいるパナ。

 目は見開いたまま、徐々に潤んできている。

 その細い脚は、震えている。

 そして、舐めるような目つきでそれを見て笑っているセーリュン。


「まさか、私の前から消えようとはしないだろうな? お前には莫大な金をかけたのだ。愛人にならないのなら、それを全て返してもらおうか?」

「あ……いや……」


 もはやパナの足の震えは立っているのが不思議なくらいだ。

 目からは大粒の涙を零している。

 見た目が幼いパナは、ただ、可哀想な女の子に見える。


 おそらくその額は莫大なもので、パナが普通に働いても一生返せないような額なのだろう。

 それをあえて払い、逃げられないようにして、育つのを四年間待っていた。

 積み重ねたのは、枷となるべき研究費と、パナの肉体的成長。


「ちょっと待てよ!」


 英留は怒鳴る。


「なんだお前は?」

「ちょ、ちょっと、エール!?」


 セーリュンは睨み、フィメーラが驚く。

 正義感の強いはずのフィメーラの態度に、この世界ではこんなことは当たり前なのか、もしくは富豪というのはこの世界では強い存在なのか、とにかく、英留は自分の行為がここでは間違っているのだと理解する。

 だが、それを止めるつもりはない。


「お前はパナを無理やり愛人にするつもりなのかよ?」

「口の利き方がなってないな。まあいい、私は別に強制をしているわけではない。私はこいつに借金があり、返し方を提案しているだけだ」


「そうなるようにパナを追いこんだのはお前だろ?」

「ちょっと、エール!」


 フィメーラが英留の腕を引く。


「なんだよ、今ちょっと大事な話をしてるんだよ」

「そうじゃなくって! 正気? 富豪に喧嘩売るなんて!」

「…………は?」


 本当に、フィメーラが何を言っているのか分からなかった。

 いや、もちろんこれまでの言動から、この世界では国王が絶対の存在で、絶対的に正しくて、それに逆らうことなんて誰一人考えていない、ということは理解出来た。

 だが、このセーリュンとやらはただの富豪。

 特に権力があるなど、考えられない。


「あのね、知らないようだから言っておくけど、地方の有力者は私兵を雇っているのよ? 逆らったら、どうなると思ってるのよ!」

「いや、どうなるってお前……」


 私兵が怖いという、フィメーラは勇者なのだが。

 実際ここで勇者を名乗ればそれだけで相手は怯むと思うのだが、そこまでこの世界を知らない英留は何も言えない。

 私兵を持っているから金持ちというだけでやりたい放題出来るというのもまた、元の世界ではおかしな話だが、この世界では常識なのだろうか?


「大丈夫。俺の強さは軍隊にも匹敵する」


 とりあえず、シーヤがある以上、最先端の軍隊と対等に戦うこともできる。

 だから英留はさっきパナが言ったセリフをまんま言った。


「何を言っているのだ。おい、お前らの仲間なら、この田舎者を連れてさっさと──」

「よし、パナ。俺たちと一緒に来い!」

「え……? で、でも……」


 英留はセーリュンを無視してパナに話しかけた。

 パナからすれば、英留はさっき会ったばかりの者に過ぎない。

 しかも明らかに好色で、周囲の女の子のパンツを差し出せるような関係なのだということを考えると、セーリュン並の好色さだろう。

 となると、どちらも綺麗な女を引き連れた、好色そうな男でしかない。


 だが、英留は見た目も若く、また格好いい顔だちをしていて、太った中年のセーリュンは生理的に嫌だと思う。

 しかも、セーリュンは明確にパナを愛人にする、と言っている。


 とはいえ、パナはセーリュンに莫大な借金があり、それを返さなければ、セーリュンの保有する私兵たちが敵となり、この周辺どこへ行っても追い回されるお尋ね者となってしまう。

 英留はパナの偽魔法を一目で見抜いた程の人物だが、本人が言うようにセーリュンの私兵全軍に敵うわけもない。


「パナは……パナは……っ!」

「あ、おいっ!」


 迷った挙げ句、パナはゆっくりとセーリュンの方へと向かう。


「パナっ!」

「くっくっくっ、まあ、田舎者の先ほどまでの無礼は許してやろう。今日は機嫌がいい」


 何かを決意したように、一歩、一歩、ゆっくりとセーリュンの元に歩いていくパナ。

 その後ろ姿はとても小さく、そして、とても痛ましかった。

 これからあの子は、身体の全て、尊厳の全てをあの男に捧げるのだろう。


「……本人が望んだなら、仕方ないよ」


 英留の手を取り、ここを去ろう、と引くフィメーラ。

 だが、どう考えても、パナはそれを望んではいない。

 ただ、逃れられない運命と諦めているだけだ。


 パナの人生が幸せなら文句はない。

 あの子もこれから愛人としてそれなりに裕福な暮らしをしていくのだろう。

 これが四年前から決められた人生だったのだ。

 だとしても。


「……駄目だ」

「エール?」


 呟いた英留を、フィメーラが不思議そうに見上げる。


「あいつを行かしちゃ駄目だ……!」

「エール!?」


 走っていた。

 その距離は大したことはない、数歩で追いつけるだけの距離だ。


「パナ、行くな!」

「っ!?」


 英留は、その細い手をつかむ。


「俺たちと一緒に、来い!」


 その手を強引に引き、背後に回す。


「?」


 何が起こっているのかも分からず、パナは不思議そうに英留の背後に、ただ突っ立っている。


「……何のつもりだ?」


 セーリュンが、英留を睨む。


「あの子は俺がもらう。お前には渡さない」

「馬鹿なことを。ではお前が莫大な借金を返せるのか? もし暴力で奪うというなら──そろそろ来たか」


 ザッザッザッザッザッ………


 規則正しい足音とと、金属の触れ合う音。

 屋敷の方だろう、大勢の者たちがこちらに走ってくる。


 全員、金属の軽鎧を着て、分厚い革のブーツを履き、手にはそれぞれ、磨き上げたよ

うな剣と盾、もしくは装飾の施された弓を持っている。

 人数にして五十人程度だろうか。

 それぞれが剣や弓を持ち、鎧を纏ってるのだが──。


「私の軍隊が、お前らを殺すまでだ」


 それからほぼ一分程度で私兵たちが周囲を囲む。


「ティラル家軍第一部隊、参上いたしましたっ!」


 一人の凛とした女性が、セーリュンの前で片膝をついて頭を下げる。

 他の兵たちは頭を下げず、英留たちを威嚇するように武器を構えている。

 鎧と鎧の金属のぶつかり合う音に、英留はともかく、フィメーラが身動き取れなくなる。


 この状況を作った元でもあるライヌスは、剣を手に、いつでも抜けるように構えている。

 ここで怯まないのはさすがに剣士だが、英留は後で十回は泣かせる予定でいる。


「私の兵たち、その中でも精鋭となる部隊だ。お前ごときが相手なら、誰一人として一対一でも負けん。それがこの人数だ。どうする? くっくっくっ」

「いや……それはそうと、なんで全員女なんだよ?」


 英留にとっては、敵兵に囲まれたことなど何の脅威でもないが、全員が目見麗しい若い女性であることの方がどうしても気になった。


 しかも全員軽鎧を着込みながら、腕や脚には肘や膝にサポータのようなものをしているだけで、その綺麗な姿態を露出している。

 当然英留は舐め回すように命令があるまで静止したような兵たちを見ている。


「私の周囲にむさくるしい男の兵など置きたくはない。この者たちは全員精鋭であり、男兵と対峙しても互角に戦える」

「同感だな。お前とは気が合うかもしれないな」

「ふん、これから死に行く者と気が合っても意味などない」


 絶対的優位に愉悦の表情を浮かべるセーリュン。


「ま、いっか。俺もあんたとは仲良く出来そうにないからな」

「ちょ、ちょっとエール!」


 あまりにも軽い言葉に、フィメーラは彼が今の状況を正しく理解していないのかと思えて、そばに寄り、声をかける。


「状況分かってんの? これだけの人数だと、それだどれだけ強い剣でも、敵わないでしょ?」


 何しろ剣士だけで三十人はいる。

 更に、弓兵も多く、どれだけ強い剣を持っていても一斉に攻撃されては敵わない。


「あー、それは大丈夫。昨日新しい技見つけたから」

「……技?」

「大丈夫だよ、お前は除外対象にしておいたから。あ、ライヌスは今朝だからまだ登録してなかったな。ま、いいか」


「何を余裕ぶっている。お前はもう死ぬしかないことは分かっているだろう。もうここに爆発するものがないことは知っているのだ」

「うん、パナの爆弾はどうだか知らないけど、俺のシーヤは爆発的な風は巻き起こせるんだぜ?」

「それがどうした、おい、あの男をやれ。他の二人は捕らえろ」


 好色なセーリュンは、フィメーラとライヌスは生かすつもりで、邪魔は英留だけ殺す命令を出す。


「はっ! 前衛五人で囲め! 弓三人は支援!」


 セーリュンの号令で、その隣で髪を撫でられていた、おそらくリーダの女性が指示を出す。

 英留は一瞬で囲まれ、そして、剣を突き立てる剣士たちを相手に──。


不殺全方向鎌鼬(オールレンジ)!」


 英留が叫びつつ、シーヤを掲げる。

 すると、シーヤからは光が湧き出し、爆発的な衝撃となって、周囲全方向に鋭い刃のような空気の暴風が放たれる。

 それらは、周囲に破壊の限りを尽くし、そして、消えていく。


 ほんの一瞬だけの出来事。

 その攻撃は、全てを破壊し尽くすような強力な攻撃だったが、誰一人吹き飛んではいない。

 何しろ、これは不殺モードの一種なのだ。


 ただ、周囲の全ての人体以外は、強烈な空気の刃に切り刻まれ、完全に破壊しつくされた。

 そう、周囲を囲む五十人の兵士たち、そして、セーリュンとその後ろの三人の女性、あと、パナとライヌス。

 ここにいる、英留とフィメーラを除く全員の武器、防具、衣服、カツラの全てが、完全に破壊された。


「……え?」

「あれ?」


「やだ……」

「きゃぁぁぁぁぁっ!?」


 裸の兵士たちが一斉にしゃがみ込み、自分の胸を抱きしめる。

 が、その一瞬早く、この場で最も胸が大きいのが、セーリュンの隣の、おそらく隊長である女性であることを見極めた英留が、彼女が自分の状況に気付く寸前にその胸に飛び込んだ。


「いやぁぁぁぁぁぁっ!?」


 おそらく二十七歳くらいの、英留よりも十歳ほど年上の女性が、まるで少女のように叫ぶ。

 その腕は意外に細く、おそらくセーリュンが太い腕を嫌ったのだろう、力も弱い。

 抵抗はするのだが、何も鍛えていない英留にすら敵わない。


 その、豊満な胸は、英留には未知のものだった。

 何しろ、英留の知っている胸が最も大きな女の子は、フィメーラだったのだ。

 もちろんフィメーラが貧乳と言うわけではない、普通の年齢なりの女の子の膨らみで、今後成長を続ければもう少しは大きくはなるだろう。


 だが、この隊長はその倍近い容量を誇っていた。

 まるで溺れるように英留は、その柔らかい胸に顔を埋めていた。

 この場にいる全員がこの状況に泣き叫んでいる今だけが、どさくさに紛れる最大のチャンスだからだ。


「やめて! どいて! お願い!」


 さっきまで凛々しかったお姉さんが、ただ、泣いて怯えていた。

 そろそろ辞め時か。


 英留は基本的にセーリュンとだいたい同類だが、自分はこんな外道(クズ)とは違う、と思っているから、ここらで辞めるべきだと思った。

 あと、タイミング的にそろそろ無傷のフィメーラが止めに来る頃だ。


「じゃあ、お姉さん、これから俺がすることを黙って見てて? 腰を抜かしていたって言えば言い訳になると思うから。もし抵抗するなら──分かってるね?」

「ひっ!」


 英留は隊長にだけ聞こえるように耳元で囁いて離れた。


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