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第十五話 魔法使いの女の子

「そろそろイファムルの街に着くころね」

「そこには女の子がいる店はあるのか?」

「あっても行かせないわよ!」


 フィメーラと英留が会話をして、ライヌスが泣きまくって瞼が腫れた頃、日も傾いて来ていた。


「そのイファムルって街はどんなところなんだ?」

「知らない。大きな街とは聞いてるけど」


 フィメーラが困ったように答える。

 この世界にはネットどころかテレビもなさそうなので、行ったことのない街の情報など知らないのだろう。


「ここは二つの街道が交わっていて、更に港もある貿易の拠点だ。貿易で富を得た大商人が私兵を雇って財産を守るほどの成功者とそうでない者に財力の差があるらしい」

「ほう」


 それまで黙っていたライヌスが答え、英留は少し感心した。

 この子は自分でも剣しか知らないと言っていたし、何も知らないものだと思っていた。


「よく知っていたな。ご褒美に俺のファーストキスをやろう」

「ヴァー!」

「いい加減にしなさいっ! どうして仲良く出来ないのよ!?」


 言い方がおかんっぽいがおかんだから仕方がない。


「いや、今ので泣かれると、何の会話も出来ないんだが」

「何であんたはそういう会話しか出来ないのよ!?」


「女の子相手に、口説かない方が失礼だろ」

「口説いてもないっ! それで口説かれる女の子がいたら連れてきなさいよ!」


 妙な怒られ方をしたが、おかんだから息子の彼女に興味津々なのかと思うと納得がいった。


「とにかく! あんたは言葉に気をつける! ライヌスはもう少し我慢する! いいわね?」

「……分かってはいる」

「分かってはいるさ」


 とりあえず、英留はライヌスと同じ事を答えておく。

 同じ答えなので、英留に怒るとライヌスも怒らなければならず、これ以上怒れないフィメーラ。


「……行くわよ?」


 フィメーラは不満げだが先を歩く。

 英留ももう黙って歩くことにした。

 しばらく歩き、街並みも見えてきた、そろそろ郊外といった場所。

 街道の右側が巨大な広場となっており、地面のあちこちが黒く焦げていた。


「……何だこれ?」

「分からないけど……あ、魔法使いの実験場って書いてあるわ」


 魔法使いの実験場、と言われても英留には何をしているのか見当がつかない。

 とりあえず、魔法の練習、というのとは違うのだろうか?


「む、人が倒れているぞ!」


 ライヌスがその広場の向こうに、黒い服を着た人が倒れているのを見つける。


「行こう!」

「で、でも、立ち入り禁止って書いてあるわよ?」

「緊急事態だ!」


 そう言って、ライヌスは広場に入っていく。


「もう、しょうがないわねえ」


 フィメーラが後に続く。

 英留は待っていようかと思ったが、倒れているのが女の子に見えたので行くことにした。


「しっかりしろ!」


 先に到着したライヌスが、倒れていた人、小柄な女の子の上半身を抱えて揺する。


「ほう……」


 その女の子はいかにも魔法使いといった、黒いつば付き三角帽をかぶり、白いミニワンピースの上にまた黒いマントという、これで少なくとも剣士ではないだろう、という格好だった。

 髪はショートカットで、帽子にほぼ隠れているが、どうもシルバーヘアのようだ。

 気絶しているのか目を閉じているが、幼いが綺麗な顔をしている。


「ほほう」

「何してんのよあんたっ!」

「ヴァー!」


 英留が軽くスカートをめくったら、フィメーラが怒り、ライヌスが泣きだした。

 他人のスカートめくりまで泣き出すライヌスはこれまでどう生きて来たのか疑問である。


「いや落ち着けって! ちょっと見てくれよ!」


 英留はスカートをめくったまま、反論する。


「何の話よ?」

「ヴァー!」

「ほら、パンツがシルクなんだぜ? しかもダークローズだ! こう見えて下着は大人って事だ!」


「これ以上生きるなぁぁぁぁぁっ!」

「ヴァー!」

「いでぇぇぇぇぇっ!」


 広場の周りはちょっとした大騒ぎになった。

 誰もいない郊外の街道でなければ、人が何事かと寄ってきていたことだろう。


「…………」


 気が付くと、いつの間にか目を覚ましていた女の子がじっと三人を見ていた。


「くすん、くすん……」

「あ、気が付いた? ごめんね? うるさくして」


 ようやくライヌスの号泣が治まりかけ、フィメーラも英留から反省の言葉を引き出して、こちらの方も落ち着き始めていたころだ。


「……ゆるせない」


 見た目通り幼めの声に舌足らずな口調。

 それを精一杯低くして、また大きな可愛い目で睨んでいるのは、英留だった。


「俺? なんで?」

「そりゃそうでしょうが!」


 気を失っていた間とはいえ、結構長い間、英留は女の子のパンツをめくっていた。

 途中で目を覚まして起き上がってそれに気づいてもおかしくはない。

 目を覚ましたらスカートをめくられていた。

 となるとそれまで何をされていたのか、最悪の事態を想像してしまう。


「ごめんね、こいつちょっと馬鹿だけどちゃんと躾けておくから」

「お前はおかんか」


「黙ってなさい!」

「ゆるせない、パナの秘密を知った」


 どうでもいいことだが、舌足らずだとどうしても「許せない」と言うときに「ゆうせない」と聞こえてしまう。


「パナの秘密? もしかして年の割に大人パンツ穿いてたことか? 大丈夫だって、背伸びしたいこともあるからさ」

「パナは十七歳。もうおとな」


 十七歳が大人かどうかは個人的主観にもよるが、英留と同じ歳である。


「ええっ! あたしより年上なの!?」

「ってことはお前、俺より年下なのか」

「あたしは十六歳よ」


「俺は十七だ。俺を先輩として敬え」

「何で年上ってだけであんたみたいなのを敬う必要があるのよっ!」


 年上を過度に敬うのは儒学の思想なので、元の世界でも東アジアくらいにしかない考えなのだが、この国にも特にないようだ。


「パナを無視するとはいいどきょう。どうなるか教える」


 無視した覚えもないが、確かに英留とフィメーラだけで話をしてしまった気がする。


「いだいなる魔導士(ウィザード)パナンの力を目の当たりにして、お金をたくさん置いていくといい」


 そう言うと、パナンを自称した女の子は、片手を挙げ、その指で英留の背後を指さした。


 ドゴォォォォッ!


 背後から大きな爆発音。


「まほうつかいはこの世で一番強い。パナも軍隊にひってきするつよさ。おもらししてあやまってお金をいっぱい置いていくといい」

「…………っ!」


 フィメーラが言葉を失い、後ずさる。


「な、な、なっ……! こ、こいつがパンツ見たことは謝るわ、だがら、もっと落ち着いて──」


 ドゴォォォォッ!


 再び背後で爆発音。

 気丈にも交渉しようとしていたフィメーラもすぐには声も出せない。


「くっ……」


 ライヌスは気丈に泣いてはいないが、あまりに怖かったのか、英留にしがみついてくる。

 おそらく無意識で、見たこともない魔法の力に怯えているのだろう。

 腕にしがみついてくるその身体は震えており、そして、その胸が押し付けられている。

 英留は細心の注意を払う。


 これを離させては駄目だ。


 だから、じっと黙っていた。

 英留は口を開けばライヌスを泣かせ、行為一つでもまた、泣かせてしまうだろう。

 だから、今は何もせず、この感触を味わおう。


「次はあてる。バラバラになるとかわいそう。だけどする」


 精一杯脅すような口調で言うが、英留にはどちらかというと、子供が親に「日曜日に遊びに行かないなら勉強はしない」とほほえま脅しをしているようにしか思えない。


「ちょ、ちょっと待って! 分かった、お金全部置いていくから! みんなの命だけは助けて?」


 二回の爆発で慌てたのか、フィメーラが宥めるように言う。


「なら、置いていくといい。遅いと一人ずつ爆発」

「分かった、えっとお金は……」


「ちょっと、待てよ! 金なかったらこれからどうするつもりなんだよ?」

「黙ってて! 何とかするから!」


 英留の抗議にフィメーラは今は話に入って来るな、と牽制する。


「何ともならないだろ。お前、今日どこに泊まるつもりだよ? 野宿しても俺が裸で抱き合うのはライヌスだけだぞ? お前は一人で悶々と自分を慰めろよ?」

「ヴァー!」

「うるさい! 黙ってなさいよ!」


 本気で死の危機を感じているフィメーラに、それよりも金の心配をする英留。


「あ、そうだ、なあ、パナ、とりあえずこの二人のパンツを穿いてるのも含めて全部やる。それでいいだろ? 二人とも可愛いから高く売れるぞ?」

「ヴァー!」

「黙ってろって言ってんだろぉぉぉぉ!」


 ライヌスが号泣し、キレたフィメーラが怒鳴る。

 目の前に命の危機が迫っていなかったら、木刀を振り回して英留を追いかけていたことだろう。


「高く売れる……」

「あ、こいつの言うことは無視していいから」


「じゃ、お金とパンツ全部置いていくといい」

「エールゥゥゥゥゥ! 死ねぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 流石にフィメーラもキレた。


「ちょっ! ヤバいって! 死ぬから!」

「死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ!」


 フィメーラが死ねしか言わなくなったので、ちょっとヤバいと思ったが、どうすればいいだろう。

 シーヤを使えば止められるが、フィメーラに使うのは避けたい。


「落ち着けって!」

「!」

「ヴァー!」


 とはいえ、落ち着かせるためには、これを出すしかない。

 英留はシーヤを起動する。

 フィメーラは動きを止めたが、徐々に泣き止んでいたライヌスがまた号泣した。


「な、によ……あたしを切るつもりなの?」

「そんなことするわけないって、落ち着けって事だよ」

「この状況で落ち着いてられるわけないじゃないの! お金払ってさっさと逃げたいのにどうしてこんなことするのよ!」


 フィメーラの瞳に若干の涙が浮かぶ。


「泣くなって! ちゃんと金は払えばいいさ、いい手品見せてもらったお礼にさ。でも、有り金全部はないだろ」

「だからって……テジナ?」

「ああ、これって手品だろ? あそこにスイッチあるし、結構大掛かりな特撮みたいだけど、間近で見たのは俺も初めてだ」


 パナの立っている後ろには、何かのケーブルがあり、その一端をパナが握っている。

 そこから地面に不自然なふくらみがあり、それらが先ほど爆発のあった辺りまで続いている。


「え? え? 何なの? これもあんたのいた世界の魔法なの?」


 戸惑うフィメーラ。


「魔法っていうか科学だけどさ。そういえば、こっちにも電気とかあるんだ?」

「デンキ? 何言ってるの?」


 不思議そうに英留を見返すフィメーラ。

 その向こうでパナが物凄く焦った態度を必死に隠していた。


「そそそそそんなのはない。パナの魔法はぐんたいにひってきする」

「そういう(てい)ならそれでいいけど、金は負けてくれよ。俺たちもさすがに旅してるから、全部持っていかれると困るんだよ。パンツならあげるからさ」

「ヴァー!」


「ライヌスうるさい」

「ふぇっ……」


 さすがに泣き続けていてイラッと来たのか、フィメーラがライヌスを叱る。


「……今回だけは許す。もう行ってもいい」


 パナがいきなり態度を変える。


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