第十四話 日常会話失敗
「ところで俺たちはどこに行くんだ?」
三人になった英留たちは、エミフェの街を出て、街道を歩く。
「どこって……そういえば言わなかったわね、エンメルの街よ。そこに魔王が棲んでいるらしいから」
「エンメルの街? 確かあそこはザイツェア王国の領土外ではなかったか?」
「領土外って言うか、魔王が占領して領土から外したっていうか……あたしも詳しいことは知らないのよ」
少し困ったようにフィメーラが笑う。
「ま、国王様にが命じられたから間違いないはずだけどね」
「そうか」
英留はこの国のルールを知らないが、おそらく国王は偉く、その人の言うことはみんなが絶対的に信じるのだろう。
なにしろ、勇者が人を殺せば、殺した相手は悪人になる世界なのだ。
それを間違っていると言えるほど、英留もこの世界を知らないので何も言わない。
他に出来ることもないし、フィメーラが行くと言ってるから、飯食うためにはついて行くしかない。
「で、そこは遠いのか?」
「んー、ここからならそこまで遠くはないはずだけど」
それは、フィメーラがはるばる遠路からここまでやってきたのか、結構この国が狭いのか分からないが、いろいろと疑問点もある。
「なあ、この国って軍隊とかないのか?」
「え? そりゃあるけど」
「どうして魔王が出てるのに、軍隊が出ないんだ?」
そう、例えば日本で、海外の軍が攻め来た、なんてこと以外にも、巨大生物が出現したりしても自衛隊が出ていくはずだ。
それがどうしてこの国では出てこないのか。
「そりゃあ、魔王の相手は勇者がするからでしょうが」
「いや、勇者ってフィメーラだろ? 普通に考えたらこんな女の子に命運託すよりも、軍隊出した方がいいに決まってるだろ。お前は軍隊全員と戦って勝てるのか?」
「……メリックがあったら……」
「勝てたのか?」
「……やってみなきゃ、分からないわよ」
フィメーラはふい、と向こうを向きながら答える。
自信はなかったのだろう。
「だったら別にお前じゃなくても──」
「知らないわよっ!」
フィメーラが怒鳴る。
「あたしは勇者で、魔王が出たから討伐しろと王様に言われたから行くのよ! それがどうしてかなんてあたしが知るわけないでしょうがっ!」
怒鳴る、ということはこれまでもしょっちゅうある話だが、こんなに追い詰めら
れたように怒ったのは初めてかもしれない。
「そうか。悪かったな、変なこと聞いて」
普通に考えれば、魔王さえ現れなければ、そして、王から命じられなければ、フィメーラはただの勇者の子孫ってだけの女の子だったはずだ。
本人が魔王を待ち望んでいたのならともかく、これまでの言動からそうも思えない。
「……行くわよ」
そう言ってフィメーラの歩く速度が少し上がる。
だから、それ以上は何も言わず、もう一人の旅仲間である、ライヌスに話しかけることにした。
「なあ、ライヌス」
「なんだ?」
少し身構えるように、ライヌスが応じる。
彼女にとって、英留は旅の仲間である以上に克服すべき敵なのだ。
そんな彼女に何を話せばいいのだろうか?
挨拶代わりの話題、と言えば、英留が日本にいた頃のそれは──。
「ライヌスはパンツの素材では何が好き?」
「ヴァー!」
泣かれた。
「あああああっもうっ!」
少し一人になりたかったであろうフィメーラが、面倒くさそうに戻ってくる。
「ほら、よしよーし。エール! あんたはもうっ!」
「悪かったよ。あとは俺があやすから」
「ヴァー! マーマー!」
ライヌスは逃げるようにフィメーラの後ろに回る。
「嫌われたみたいね。ま、正しい判断だけど」
「ていうかさ、この子、本当に使い物になるのか? 魔王の前で号泣されても困るんだけど」
「あんたが変なこと言わなきゃ大丈夫でしょ、この子、あんたにトラウマがあるだけみたいだし」
「ただの会話でいきなり泣き出されちゃ俺も困るんだが」
「ただの会話でどうしていきなりパンツの素材の話するのよ!?」
「え? そこから話を発展させやすいからだろ? へー、コットン派なんだ。でもシルクの方が合ってるよね、みたいにさ」
「そういう会話は女の子同士で、女の子しかいない場所でするからあんたの出番はないわよ!」
「そういう男が駄目とか言い出すことが差別につながるんだ!」
「知るかっ! このっ!」
「でぇっ!」
フィメーラは腰に一応ぶら下げていた木刀を手に持ち、振り回す。
「何度も言ってるが、それ、物凄く痛いんだぞ!?」
「何度も聞いてるから知ってるわよ! 言うことを聞かないとどうなるか身体に教えてるだけよ!」
「ぎゃんっ! うわっ!」
フィメーラは、正確で、軽く振り回したものは手足に当て、思いっきり振り回したものは、防御のあるシャツに当てている。
こうすることで最小限の痛みで最大の恐怖を味わわせることが出来るからだ。
「痛いって! 悪かった、もうしないからさ!」
英留もそれは分かっているが、どうしてもその恐怖からは逃れられない。
子供のころ、実のおかんに「おねしょしたらちんちんを切るって言ったよね?」と言われ、ハサミをもって追い回されたことを思い出した。
「じゃあ、もう行くわよ! ライヌスもこんなことでいちいち泣かないの!」
「分かっては、いるんだが……」
既に泣き止んでいたライヌスは申し訳なさそうにうつむく。
「悪かったって、もう下の話はしないからさ」
「……私も慣れなければならないとは思うのだが、いきなりは難しそうだ。そうしてくれるとありがたい」
「分かった、もっとソフトな話題な」
英留は女の子を褒めるとき、下の話を交えずに何を言えばよかったかを思い出す。
「ライヌスってさ、意外におっぱいあるよね?」
「ヴァー!」
「こら! 泣かせるなって言ったじゃないの! こらぁっ!」
「これは上の話だろっ……いだっ! 分かったって! 身体の話はしないから!」
その後、五回くらいライヌスを泣かせて、やっと「今日はいい天気だな」という、当たりも触りも全くない話で全く盛り上がらない話だけをして、結局はすぐに会話しなくなった。




