第十二話 異世界おかん
部屋に戻ると、フィメーラが寝ていた。
熟睡ではなく、うたた寝だ。
ベッドの上に寝転がって、目を閉じて寝息を立てている。
「やれやれ……」
その寝顔を見ながら椅子に座る。
本当に不思議な子だ。
この世界に来て、何となく仲良くなったと言うか絡まれたのだが、英留は紗佳奈と同じように接してしまい、反省した部分もある。
何しろ、紗佳奈は気心が知れているし、怒る加減も弁えているが、紗佳奈が訴えたら、普通に犯罪者になるくらいのことはしている。
基本、英留は女の敵だし、大抵の女の子は逃げるように離れていくのだが、フィメーラは殴る蹴るはするが、離れては行かない。
契約書まで作って、世話まで焼いてくれている。
更に、契約書があるから平気よね、と宿まで同室だ。
流石にこれは英留の方が引いたくらいだ。
とは言え、二部屋取るお金がないからと言われれば、金を払ってもらっている英留は何も言えない。
ここまでするのは何故だろう?
フィメーラからすれば、何の見返りもない行為にしか思えない。
英留の導き出した答えは二つ。
この子は俺に惚れている。
しかも一目惚れだろう。
何しろ英留に優しくする女の子は、母親を除けば、紗佳奈くらいだ。
彼女は幼馴染だから、家族と同じと考えていいだろう。
となると、全くの他人の女の子が英留に優しくするというのは、惚れていると言えるだろう。
「やれやれ、しょうがない子だ」
英留はフィメーラの髪を撫でてやった。
「ん……」
フィメーラは不快そうに身じろぎした。
「ほら、そろそろ起きろ。飯食いに行くんだろ? ちゃんと俺も一緒に行ってやるからさ」
英留はそう言ってフィメーラの肩を揺する。
「ん……あ……あれ……?」
フィメーラは優しげに微笑む英留の顔をじっと見ている。
「…………何してんの?」
そして、それは訝しげな表情に変化する。
「そろそろ起きろ? 飯、行くんだろ?」
「行くけど……何そのおかしな態度?」
「ははは、そう来たか。ツンデレって奴だな? いいって、もう分かってるからさ」
そう言って、ナチュラルに英留はフィメーラの頬に手を添え、撫でるように──。
「キモいわっ!」
「ふぐっ!」
思いっきり、鳩尾を殴られた。
くの字に沈む英留。
「わけわからない事するなっ! いい? 今度やったらごはん抜きだから!」
「……はい」
ああ、分かった。
まだ、痛みの治まらない腹を押さえ、立ち上がりつつ、英留は気付いた。
こいつは俺に惚れているのではない。
「お前は、おかんだな?」
「は?」
となれば、もう一つの結論。
そう、こいつはおかんだ。
おかんだから、当たり前のように世話をするのだ。
おかんだから、夕飯抜きとか言い出すのだ。
「そうか……それですべての納得が行くな」
「何の話よ? おかんって、お母さんの事?」
「そうだ、お前は生粋のおかん体質だ。だから、子供の我儘を怒りながらも受け入れるのだ」
びし、と指をさして決定づける英留。
フィメーラには、母性、という言葉は似合わない。
それはまさにおかん体質なのだ。
英留がシャツに大金を使ったので怒る。
だが、結局は許してくれ、今後は金の管理をすると言い出したのも、まんまおかんっぽい。
部屋が同じなのも、まあ、旅行で親子だし、そんなもんだろうって感じなのだろう。
おかんだから、子供が恥ずかしいなんて思うことなど考えもせずに。
「意味分からないけど、貶してるなら怒るわよ?」
言葉の意味を理解していなくても、子供が馬鹿にしていると感じたら、とりあえず怒る理不尽さもおかんだ。
「貶してない、むしろ褒めているんだ」
「そう。じゃ、行くわよ? あたし、この街初めてだから知らないけど、大きめの酒場に行くのでいい?」
おかんがそう決めたのだから、英留に反対の意思はない。
「ああ、それでいい」
「それじゃ、夜が更けないうちに行きましょ」
フィメーラの後を、英留はついていった。




