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第十一話 再会

「……はあっ、はぁっ……! 今日のところはこのくらいで……許してあげるわ……」


 全力で英留を殴り続けていたフィメーラの息が切れ、英留はやっと許された。

 少なくとも二十エメル以下で買った木刀は、これだけで十分に役立ったと言えるが、代わりに英留はシャツの部分以外全身打ち身に苦しむことになった。


「これからはお金はあたしが管理するから! お金を手に入れたら全部あたしに渡すこと! いいわね?」

「……お前はおかんか」


 立ち上がれるほどの体力もないのか、寝そべったままそう突っ込んだ。


「全く……どうしてあんたは……はあ……」


 フィメーラは何度目か分からないため息を吐く。

 英留はさっきのツッコミを最後に何も言わなくなった。

 痛めつけられて身体も体力も底を尽きたのだろう。


「はあ……じゃ、お風呂行って身体洗ってきなさい」

「ああ、じゃ行こうか」


 いきなり復活した英留が、フィメーラの肩に、手を置いて誘う。


「ふんっ!」


 英留は思いっきりシャツの部分を木刀で殴られた。


「…………」


 英留は、恐る恐る、フィメーラの顔を見る。

 フィメーラはにっこりと英留を見返していた。

 だが、その表情は語っていた。

 今のは脅しだと。

 もし、同じことを言ったら、まだこっちには体力があるんだぞ、と。


「……あいてて、体中が痛い。じゃあ行ってくるから、あとよろしく」


 突然怪我人に戻った英留は逃げるように部屋を出ていく。


「はあ……もう、あいつは……!」


 残った部屋で、フィメーラは一人、英留への悪態をついた。

 報奨金で三千エメルを手に入れた。

 まあ、女の子を裸に剥いた上、更に襲いかかるなどというひどい有様だったが、英留が一人で手に入れたも同然だ。

 もちろん剣は弁償してもらおう。


 だが、三千エメルで買える剣など、大したことはないし、少なくともメリックに匹敵する剣が買えるわけがない。

 だから、期待なんて出来ない。

 それはそれで仕方がない。

 それよりもせっかく英留がお金を手に入れたのだから、多少は英留のために使わせてやろう。


 とりあえず一着、ライヌスにあげた分のシャツは買うとして、もう二、三着買ってやろう。

 多少高くても文句は言わないでやろう。

 足りなければ、自分の持ち金を出してやろう。

 そう、考えていた。


 だが、さすがに二百八十エメルも使うとは思わなかった。

 あいつはこれまでどうやって生きてきたのだろう? などと不思議にすら思うくらいの経済観念のなさだ。


 もしかして高貴な身分なのだろうか? などと疑ってしまう。

 まあ、とはいえ、世界を渡ってきたようなことを言っているし、この世界の常識では考えられないこともあるのかもしれない。


 あと、一つ思うのは、あの服はどこで買ったのだろう?

 あんな薄い生地で刃物も退けるという金属の鎧レベルの品があるとも思えない。

 思えないのだが、現実に目の前にあり、性能を見せつけられてしまった。

 最初は手を抜いて攻撃したが、最後には思いっきり殴っていた。

 それでも全くと言っていいほど痛みを感じてはいなかった。

 あんな物がこの世にあるわけがない。


 フィメーラは自分が田舎者で世間知らずであることは理解している。

 だとしても、あのレベルの品が、少なくともそこらの露店で売っているなどと言うのも怪しい。


 まさか、とは思うが、あれは魔王の品なのだろうか?

 魔王が神に仇為すために作っているという武器が、流出しているという噂はある。

 だとすると──いや、そんなことはないか。

 そもそも、魔王の品が流出なんてありえないだろうし、したとしても、こんなに魔王の居城から離れた場所にあるわけがない。


 あれは、ただの珍しい魔法の布だろう。

 自分の知らない事なんて、いくらでもある。

 自分はただの、田舎に住んでいた女の子なのだから。




 英留はおとなしく一人で部屋を出た。

 宿にある浴場は誰もおらず、だが、広々としていて清潔だったことにほっとする。

 何しろここは日本じゃない、海外だ。

 しかも異世界だ。

 日本の常識など通用しない。


 少なくとも英留の知っている世界史の、いわゆる「こういう感じの時代」では、人はほとんど風呂に入らない。

 入っても水風呂くらいだろう。

 が、ここはそうでもない。

 風呂もあるし、こうして旅の宿にまである。

 しかも湯も綺麗で濁ってはいない。


 これはホッとする。

 いや、彼自身はいいのだ。

 二、三日風呂に入らなくても我慢できる。

 だが、これまで会った女の子、これから会う女の子が風呂に入っていないと思うとちょっと残念だから、というだけの話だ。


 フィメーラだって風呂に入っているようだし、あの女剣士のライヌスもおそらくそうだろう、いい匂いがしたし。

 女の子の体臭はフローラルの香りだと信じていたい年頃なのだ。

 ちなみに紗佳奈にもそう主張して「英ちゃんってフローラルの香りがどんなのか知ってるの?」と言われ、答えられなかったのだが。


 ともかく、少なくともこれでこの世界の女の子を堪能できる。

「ふう……」

 湯船につかって一息を吐く。

 やっと一人でゆっくりとものを考えられるようになった。

 とにかく自分は、先端技術の世界から、ハイパードロップドとシーヤの絶対防御の鬩ぎあい、まさに矛盾の世界の中で、この世界に飛ばされた。

 それは分かる。


 いろいろとショックなことも多いが、ある意味自業自得ではあるし、エロいことしなければ飯を食わせてくれるパトロン(フィメーラ)も見つけたし、何とか生きていくことくらいは出来る。

 あとはのんびりと元に戻る方法を考えればいい。


 シーヤは連続で使い続けない限り、自動的に充電されるし、あれがある限り魔王というのも何とかなるだろう。

 などと甘く考えているが、正直なところ一番気がかりなのは、紗佳奈がどうなったのか、ということだ。


 世界を渡る直前までは一緒にいたはずだ。

 少なくともあの爆発の直前にはこの腕で紗佳奈を抱きしめていたはずだ。

 だが、ここに渡った途端、いなくなった。

 もし、自分だけ世界を渡って、紗佳奈だけ取り残されたというならそれでいい。

 だが、もしあの直前に手を放してしまい、この世界のどこかに放り出されていたら?


 自分は恵まれた状況になったが、もし、不幸な状況に追い込まれていたらどうなる?

 そう思うと、とても気がかりではある。

 だが、悩んでもどうしようもない。

 探したくても探しようがない。

 もしかすると違う世界に飛んだ可能性もある。

 そうなったらどうしようもない。


 だから、しばらくはその存在を忘れることにしよう。

 そう、何度も思っているのだが、中々忘れられない。

 紗佳奈は物心ついたころからずっと一緒にいた間柄だからだ。

 何より、英留にとってあれほど都合のいい女の子はいない。


「あーくそっ!」


 英留は両頬を叩いた。

 自分らしくない。

 そう思った。

 何しろ今はフィメーラという女の子と旅に出ているのだ。

 そんな素敵な環境にいながら別の女の子のことを考えるなど──。


「ん?」


 人が入ってくる気配がある。

 独り占め状態はこれで終わりか。

 しょうがない、そろそろ上がるか、などと考えて湯船から上がったその時。


「……あれ?」

「な、なぜ貴様がここにいるのだ!?」


 驚くのは、長身スレンダーの全裸少女。


「? 誰だっけ? えーっと……ああ! そのおっぱいは昼にあった剣士のライヌスか!」

「そ、そんな部位で人を覚えるなっ!」


 言いながら胸を隠してしゃがみ込む、ライヌス。


「何故ここにいるのだ!? この時間は女性風呂のはずだっ!」

「ああ、そんなのあったのか。知らなかった」


 とはいえ、先に入ったフィメーラが知らないわけもなく、彼女が行けと言った以上、入った時は男性風呂だったのだろう。


「ま、悪かったよ。でも知らない仲じゃないし、いいだろ? お互い全裸を見せ合った仲だ。もうセフレみたいなもんじゃないか?」

「セフレが何かわからんが……ほぼ知らぬ仲だっ! 出て行ってくれっ!」


「いや、お前とはゆっくり話をしたかったんだ。いい機会だし腹と股を割って話をしよう」

「や、やめろっ、触るなっ! 持ち上げるなぁぁぁぁぁっ!」


 英留はライヌスを抱え上げて湯船に連れていく。

 ライヌスは暴れるが、あまり暴れると見られたくないところが見られそうなので一部しか身体を動かせない。


「さ、入るぞ?」

「ヴァー! マーマー!」


 湯船に入る直前、ライヌスが号泣を始めた。


「落ち着けって!」

「ヴァー! マーマー!」

「…………」


 号泣は治まらない。

 おそらく、そこに英留がいる限り、ずっと泣いていることだろう。

 もちろんずっといればいつかは疲れて泣きやむだろうが、現在女性限定の風呂で、号泣する女の子と二人でいる男はどんな誤解を受けるだろうか?

 それに、その大半は誤解ではない。


「悪かったよ、出て行くから泣き止め、な?」


 幼児のように号泣女の子を残していくはのは心配だが、ここは仕方がない。


「ヴァー!」

「じゃ、機会があったらまた会おうな?」


 そう言い残して、逃げるように脱衣所に出る。

 浴室に響く泣き声を背に、慌てて服を着ると、泣き声がすすり泣きになったので、ほっとして部屋に戻る。


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