第一話 告白
「何やってんだ紗佳奈! 置いてくぞ!?」
喧騒の中、少年の一際大きな声。
だがそれは、この雑多な音が響く中では周囲に届くことなく消えて行った。
「待ってよ、英ちゃん! ていうか、どうしてこんな混雑した中でそんなにすいすい進めるの?」
紗佳奈、と呼ばれた少女は、その数メートル後ろ、間に何人かを挟んだところから泣き言を口にする。
長めのおさげが左右に揺れているのは不安の表れだろう。
「しょうがないなあ……」
英ちゃん、と呼ばれた少年の名前は英留。
彼はやれやれ、と立ち止まって紗佳奈を待つ。
置いていくぞ、とは言ったが、彼が置いていくわけがない。
何しろ彼にとって紗佳奈は幼馴染であり、お気に入りの女の子だからだ。
「ほら、これならはぐれないだろ?」
英留は紗佳奈の肩を引き寄せ、腰に手を回して抱き寄せる。
「え、英ちゃん……」
紗佳奈が驚いたように、頬を染めて英留を見上げ、そして、すぐに呆れたような表情になる。
「どうしてそうナチュラルに胸を揉めるかなあ?」
それがなければ、本当に格好いいのに、と小声で付け足す。
「揉んでないって、手を当ててるだけだろ! 動かしてなければ揉んでないだろ?」
「それは揉まれた子がどう感じるかの差だよね? いつまで揉んでるんだよ!?」
それでも揉み続けている英留の手を引き離して、自分の腰に置こうとして、絶対次は尻に触るだろうと思い、その手を握ることにした紗佳奈。
「それは主観の相違だな。俺はそうは思わない」
「どうして堂々とそんなことが言えるのか、全く分からないんだけど」
「他に言いようがないからな」
ぎゅっと握っていると、ただの仲のいい恋人にしか見えない。
紗佳奈としても、それ自体はやぶさかではない。
英留は見た目も悪くないし学校の成績も運動神経も並よりも少し上程度ではあるが、悪くはない。
学校でほぼ全女子の敵と思われているところに目を瞑れば──。
いや。その事実と原因にはとても目を瞑れたものではないが、そこは幼馴染のよしみでまあ、我慢してやってもいい。
だが、こんなことを現在進行形で平然と大きな声で言っている奴と仲がいいと、見知らぬ他人に思われるのは嫌だ。
自分にだって羞恥心もプライドもある。
そう思っているのが英留にも分かる。
さすがにここはご機嫌を取っておくか、と英留は紗佳奈から手を離し、肩に置くことにした。
もちろんそれに安堵するほど紗佳奈は英留を知らないわけがなく、その手がずり落ちて、また胸を揉んでくることを警戒して、胸の上に手を置く。
それに気づいた英留はやっぱり攻撃だとばかりにブラひもを探り、紗佳奈に手を払われる。
これはいつもの攻防であり、互いにほぼ無意識に行われている。
英留と紗佳奈は学年としては一つ違って高二の英留に対して、紗佳奈は高一だ。
だが、子供のころからの仲なので、今更先輩後輩なんて考えはない。
昔は近所の五人くらいの仲間で遊んでいたうちの二人だ。
そして時が経ち、各々が成長し、思春期で話が合わなくなったり、疎遠になったりしてばらばらになっていった。
今、残っているのはこの二人だけだ。
二人は別に付き合うわけでもなく、子供のころと同じような幼馴染のままの仲間として成長してきた。
だが、思春期を越えて、一つだけ大きく変わったことがあった。
「……普通、幼馴染の異性って、異性として感じられないから、そういう事で戸惑うって聞いたけど?」
もう何度目かも分からない、紗佳奈のつぶやき。
思春期に入り、異性に興味を持ち始める年ごろ、昔から一緒にいた幼馴染は通常なら異性を感じられない。
もしくはそんな存在ではないはずなのに、異性を感じてしまい、気恥ずかしくて離れてしまうかのどちらかだろう。
ちなみに紗佳奈も離れようとしたのだが、英留が離してくれなかった。
「何が言いたいんだよ?」
「英ちゃんは私をちゃんと女の子としても幼馴染としても受け入れてるよね? それが普通ならあり得ないってことだよ」
英留は紗佳奈を幼馴染のまま、女の子として、性の対象として認識し、身近な女の子として興味を持っている。
キレて怒って親や先生に告げ口したり、泣き出したりしないのをいいことに隙あらば触って来るしスカートも捲ろうとしてくる。
それが紗佳奈には不思議なのだ。
「だってお前、性的じゃん」
真顔で直球を投げて来る英留。
「……そっ、なっ、じゃっ……!」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかった紗佳奈は急に恥ずかしくなり、まともに返せなくなった。
顔が徐々に赤く染まっていく。
「……英ちゃんは、女の子の扱いが全く分かってないね?」
「そうだな、それは分かってる」
それは紗佳奈には意外な言葉だった。
絶対自覚はないと思っていたのだ。
「だからクラスメートの女子にもグーで殴られて、『二度と近寄らないで!』ってよく言われるんだよな」
「言われるの!? よく!? 何したらそこまで怒らせられるの!?」
「大したことはしてないさ。お前にするようなことをしただけだ」
「……あれをそこまで仲良くない女の子にしたら、駄目に決まってるじゃないの……はあ」
子供の頃から英留を知っている紗佳奈ですら時には困ることもあるこのセクハラ攻撃を、クラスメート程度の認識しかない女の子がされたらどうなるか、想像するまでもない。
それを考えて、紗佳奈はまた大きなため息を吐く。
「とにかく! 英ちゃんは私を幼馴染としてどうしたいのかってこと!」
「オカズにしたいな」
「おかず……? ご飯の?」
「そうじゃない。夜のだ。さっきの胸も使うからな?」
幼馴染とはいえ女の子相手に、今日はお前でオナるからな、と堂々と宣言する英留は、よく言って外道でしかない。
だが紗佳奈はその意味を理解できず。ただ不思議そうに英留を見る。
「よく分からないけど……大切にしてくれるって事でいいの?」
「ああ、大切だな」
「……もし、私がいなくなったら探してくれる?」
「お前がいなくなったら俺は明日から何をオカズにすればいいんだ!」
今の言葉には、毎日オナペットにしている宣言が含まれていた。
だが、その意味は当然紗佳奈には伝わらないので、不思議そうな表情をする。
「それは、探してくれるって事でいいの?」
「もちろん探すさ! 俺にとってお前はなくてはならない存在だからな!」
「あ……りがとう……」
欠かせないオナペット宣言しただけの英留と、それを別の解釈に取って頬を染める紗佳奈。
仲は、とてもいい。
下手をするとそこらの恋人よりもいいのだが、恋人ではない。
遊びに行く約束をして、遊びに行くがデートではない。
英留は紗佳奈が嫌いかと言えば嫌いではない。
紗佳奈が他の男と付き合ったらショックを受けるだろう。
だが、現状は何かを変えなくてもいつもそばにいるため、精子は出すが勇気を出す必要もない。
「おおっ! 産業廃棄物処理ハイパードロップドだってよ!」
「……うん、そう書いてあるね?」
紗佳奈の肩を揺さぶるほど興奮している英留。
「廃棄物を質量体積ゼロにしてしまうんだってさ! すげえな!」
「へー、そうなんだ」
熱く語る英留と、興味なさそうに同調する紗佳奈。
紗佳奈はここにある展示に何一つ興味がないが、しょうがなく英留についてきている。
二人が来ているのは、最先端科学展示会というイベントだ。
最新科学という男のロマンを前に感動しきりの英留を前に、何の興味もない紗佳奈は苦笑いするだけだった。
「ばっかお前、これがどれだけ凄いか分かってないな? 物質は質量保存の法則があってだな、体積を小さくすることは出来ても軽くすることは出来ないんだよ。いいか? まずは──」
「いいよ、どうせ理解出来ないんだし」
「アホかぁぁぁぁっ!」
混雑したイベント会場の中でも、英留の怒鳴り声は周囲にだけは響く。
「ちょっと英ちゃん騒がないでって……!」
「諦めるな! 二〇五〇年代に入った今になってもこの程度知らなんて、古代人か! 俺はお前が古臭い知識ばかりのババ臭くならないように連れて来てやったんだよ!」
「でも、誰も知らないもん。私のお友達も、みんなこの前のシーヤっていうの知らなかったもん」
普段なら英留のこの程度の態度は気にしない紗佳奈も、さすがにカチンと来たのか、反論する。
「お前馬鹿かっ! ハイパードロップドくらいならいいが、シーヤ知らないとかあり得ないだろ!」
実はここに来て今初めてハイパードロップドを見たのだが、それはそれとして、シーヤを知らないことを責める英留。
「誰も知らないよっ、そんなの。マニアの人しか知らないことでしょ?」
怒鳴るように怒られても、紗佳奈だって全然ニュースを見ていないわけではない。
だが、そんなニュースはどこにのないのだ。
「ネットニュースにもなってるんだって! お前が知らない方がおかしい」
傲然と責める英留。
「……それは、どこのサイト?」
「デイリーウェポン」
「それ、マニアの人しか見ないよね?」
呆れ顔の紗佳奈。
「みんな見てるってのっ! 俺の周り全員見てるからな?」
「それはそういう人たちがお友達になっただけだと思うよ?」
「何だと……? そんなこと言う奴は、こうだ!」
英留は、紗佳奈の胸を鷲掴みにしようとして──。
「……止めた、だと?」
その手は、紗佳奈によって止められた。
「どうしてあの必殺の一撃を!?」
「必殺でもないし、来る前に胸見たから警戒してただけだよ」
「くっ……そんな弱点があったとは」
英留が大袈裟に悔やむ。
「あのさ、女の子の胸をこんな人の多いところで掴むって常識じゃ考えられないことだよ? その、何とかって武器よりも知っておくべきことだよ?」
「じゃあ、紗佳奈、俺と付き合ってくれ!」
「えぇぇぇぇぇっ!?」
公衆の、まさに面前でのいきなりの交際申し込み。
一瞬驚いた紗佳奈も、すぐに英留の言葉の意味を察した。
「あのさ、英ちゃんが本当に好きって気持ちでそう言ったのなら私も考えるけど、付き合っても私が駄目だって言ったら胸は揉ませないからね? それに、女の子と付き合えば自由に胸が揉めるって理由で付き合うって言うのは絶対に嫌」
紗佳奈に冷たく言われ、そっぽを向かれる。
「じゃあいい。俺はいつも胸が揉める女としか付き合わない」
「……そんな子は普通いないよ? 下手な揉み方されると物凄く痛いし、痕が残るんだからね?」
そんな紗佳奈のいつもの突っ込みをスルーし、英留はシーヤの展示スペースへと向かう。




