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尊厳死 ―― 肉の一片 血の一滴 髪の毛すらも 生き続けること 能わず ――

 娘の葬儀が終わっていた。

 臓器移植も無事に終わって、ドナー待ちの患者たちは快方に向かっているらしい。






 とうとう一人になってしまった。

 どこで間違えたんだろう。

 息子が補欠の子をケガさせたときに、問い詰めた方が良かったのか。

 レギュラーの子との接触から疑って確認した方が良かったのか。

 いや、もっと前。

 この前も反省した、娘だけに(かま)けて息子を放置したとこ。あそこから間違っていたのかも。

 息子とも向き合っていかなきゃダメだった。

 内申書が良くなかったときに、せめて手を打つべきだった。

 反省するなら、娘の脳死判定のあの時に、覚悟持って説明するべきだったんだ。

 息子に説明するべきだった、脳死について。年齢を言い訳にするべきではなかった。


 そんなことを考えながら、長いこと公園のベンチに腰掛けていた。

 先日の、娘の同意書を置いてきた帰りに散策した公園だ。

 買い物の帰りに寄るようにした。

 と言っても何かすることがあるでもなし。

 結果、ベンチで呆けているだけ。


 そろそろ帰ろうと立ち上がる。と立ち眩みが起こる。

 目の、視界の中程から、黒い欠落が広がっていく。目を開けていても周りが見えない。

 脳貧血で、視覚野が貧血で見えなくなっているとのことらしい。

 三半規管が狂うのと違うらしい。息子の説明だ。

 よく分からない。まあ、気にしない。

 しばらくしたら、回復するから。


 しかし、そう思っていたが、このところ調子が悪いのは本当だ。

 気が抜けたのだろうか? 年齢のせいだとは思いたくない。

 今後のことを考えた方がいいのかな。

 生きていくなら、再婚とか、働くでもいい。趣味でも見つけた方がいいのかも。


 とりあえず、視野も回復して大丈夫そうだから、帰宅しよう。


 バサリッ。


 荷物が落ちる。

 やはり、調子が悪かったようだった。猛烈な眩暈(めまい)に跪き、路上に横になった。






 目が覚めると白いカーテンに囲まれたベッドで横になっていた。

 どうせなら「知らない天井だ」とか、やってみたかった。

 しかし、目覚めるときはいつも横向きなため、最初に天井を目にすることはない。

 なんとなく病院に運ばれたのだと判断する。

 ベッドの左右を見下ろし、靴を探す。


 受付での処理を終わらせ、今度こそ帰宅する。

 受付で後日、検査を受けた方が良いと薦められる。

 向こうは商売だから言っているんだろうが、確かに検査して貰った方安心できるし。

 という思考経路にて検査の予約をすることにした。

 救急車を呼んで運んでくれた人は直ぐにいなくなったそうだ。

 いい人だ。ありがたい。お礼を言いたかった。


 帰宅し、昼間のこと、今後ことを再度、考える。

 まさか倒れるとは思ってもいなかった。

 最近の体の不具合が倒れる程まで悪かったとは予想もしていなかった。

 趣味探しや仕事、再婚など検査の結果が出てからじゃないと満足に動けないな。

 その前に検査を受けないと話にならない。

 あ、と一つ思いつくことがあった。

 娘のことだ。ドナー登録だ。

 将来が陰り、不安が表れたからか、思い起こされた。

 あれから何日も経っているのに、今まで思いつきもしなかった。

 検査の時に訊ねてみよう。

 ふと気づくと鼻血が出ていた。

 ほんとにおかしな調子になっているのだな。

 さっさと休むことにする。






 病院に行く。検査の日になった。

 検査は思っていたよりも本格的だった。

 待たされるは、たらい回されるは。全然進まないくせに、あっちいけこっちいけ、と疲れてしまう。

 忘れていた。受付は病院の手先だった。

 金儲けに走るのは目に見えていた。

 金の亡者め。

 文句を考えつつ、ベッドから起き上がる。


 また、倒れた。正確には椅子から起き上がれなくなっただけだが。

 結局、ベッドを借りる破目に陥った。

 まるで病弱だ。体力つけた方がいいようだ。

 だが今日は大人しく帰宅し早く休もう。


 疲れた。それと今後のことの前にまずは体力トレーニングか。

 ジョギングとかかな、やっぱり。

 あ、ドナー登録の話訊くの忘れた。

 ベッドで寝てたからだ。

 次の機会にするしかないか。

 今回は諦めよう。どちらにせよ、もう遅いし。帰宅しちゃったし、もう夜だ。

 検査結果を受けとってから、また行こう。






 そして日にちが経過し、検査結果が出た。

 再検査。というか入院だ。ガン末期とか。

 仕方なく、病院へ行くことにする。

 しかし、半ば予想していたが、辿り着く前に倒れてしまった。







 何かしらの会話? 独り言? が聞こえてくる。


「……放射線源が近くに……」

「……この短期間でできたとしか……」

「……次の発作には……」

「……蘇生措置を施して延命治療を……」

「……尊厳死、この場合消極的安楽死とも言いますが、という選択肢も……」


 たぶん、経験の浅い担当の医師が説明の練習をしていたみたいだ。

 そっか。死んじゃうんだ。

 未練は、今はあまりなかった。家族が先に逝き、もう一人になったからかも。


 天国行ったら、娘に謝らないと。脳死の承諾遅れてしまって、ごめんなさいって。

 娘のことを思い起こす。

 着替えや、体を拭いながら、髪を梳きながら、たくさん話し掛けた。

 そして映像の記録。


 『死にたくはないんだけど。もし死んじゃったら。それでも誰かの役に立てたら嬉しいかなって。』


 あんな映像があったなんて知らなかった。

 ふと思う。

 事故の以前から、どれだけ話したのか。会話と呼べるものだったか。

 赦しを請うことはいろいろありそうだ。


 息子への謝罪は、真剣に向き合わなくて。放置してしまって、ごめんなさい、と。

 息子はどんなだったか。

 注意したり叱ったりばかり。

 しかも最後の会話が「負傷した子の分も頑張って来なさい。」だ。あれは無かった。

 負い目に対してじゃなく、もっと「試合に出れるから」とか他にも応援の仕方があっただろう。

 息子は赦してくれるだろうか。


 夫へは、本人に気づかなくて。ニセモノに騙されて。

 あの状態では仕草や口癖などで確認するには無理があったけど。

 何日も。あの停電がなければ、もしかしたら、今でも。

 出来れば自力で気づいてあげたかった。


 目を瞑りながら、いろいろ考えを纏めていると。


 あ、そうだ。一つだけ未練というか。

 目を開け、その若い医師へ呼びかける。


「お医者さん、ちょっといいですか」


 息苦しい。ちょっとしたことなのに。

 その若い医師はちょっと遅れて反応した。


「話は聞こえてました。延命措置は遠慮します。」


 その医師は手に持っていた物から顔を上げて、驚愕しながら返事をする。


「は、はい、分かりました。では苦しそうなんで薬の方、処方しておきますね。」

「お願いします」


 どもりながらも、こちらを気遣い、返事をくれる。

 さて、ここから本題だ。


「それから、お訊ねたいのですが、」


 呼吸が続かずに途切れてしまう。


「ドナー登録とかできますか?」


 やっと切り出すことが出来た。

 若い医師が息を呑む。


「すいません。その、使用できないと言いますか……」


 こちらの意図を()み、言いよどむ医師の態度で思い出す。末期ガンの体だったら、仕方ないかと。


「ごめんなさい。悪いこと言ったわね。忘れてください。」


 娘の願いと、同じ想いを遂げることも出来ない。

 非常に残念だ。悲しい。悔しい。

 あまりに残酷だ。こんな些細な願いすら叶わない。

 涙が溢れてくる。


 そして、人生最後だろう会話を終わらせる。






 その夜。発作は起きた。

 最後に耳にしたのは響きわたる甲高い電子音だけだった。

 ピィーーーーーー




3話サブタイトル案

夢死

徒死

犬死×:犬はもふもふ。もふもふはかわいい。かわいいは正義。犬死はかわいそう。

他は無名だから×。

4話は諦めて。音として聞いたことがある方が良いかと思い。誤変換ではない。



眩暈で三半規管が狂う。耳に冷水入れて対流させてなど。脳死判定がどんなことをするのか息子は調べていたから知っていた。


終章が無くなった代わり、3話目が分割されることに。

元前半を膨らませ、しかし、少な目。

元後半はおまけだった。


 母へここまでする理由は3話で「語られた、語られなかった」部分と最終話より察してください。

 息子の裏事情は終章カットのため不要に。

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