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心臓死 ―― 体だけで良いですか? ――

 全4話。1時間ごとに予約中。

 その日天気は晴れだった。病院に行く予定であるが、息子も出かけるという。試合があるらしい。いつもは応援だが、同じポジションのレギュラー、さらに補欠の負傷により繰り上げで試合に出られるらしい。


「負傷した子の分も頑張って来なさい。」


と、励まして送り出す。

 家事を終わらして、出かける準備をする。

 昨日から連絡の取れない夫へ電話する。が、やはり繋がらない。留守電へ病院へ行くことを伝えて、ついでにメールも送る。

 なんだか外が騒がしい。事故でもあったのか、サイレンが鳴り響いている。

 急がなくてはバスの発車に遅れてしまう。通勤通学の時間と違い本数が減っているから待ち時間が長くなってしまう。まだ間に合う。

 鍵を締めて、早歩きでバス停へ向かう。






 少し向かうと様子がおかしいことに気づく。

 先ほどのサイレンはどうやらこの先らしい。

 つい野次馬に話を聞いてしまう。


 子供が事故に巻き込まれたらしい。

 その子供は試合に行く途中であったらしい。


 そこまで聞くと息子との類似点に心配になってくる。

 即座に息子へ電話してみた。しかし応答はない。

 試合のとき、通話を禁止していたため、その所為か、とも考える。

 しかし、もしも、ということもある。監督へ連絡を入れてみる。

 通話中みたいだった。

 こうなると気が急いてくる。


 バスの方は通行止めらしく、使えないらしい。

 場所を移し、もう一度、監督へ掛け直す。

 今度も繋がらない。


 仕方がない。息子の友人に掛けよう。

 しかし、名前を度忘れしてしまう。

 こんなことなら、どうでもいい人の番号まで登録しておくべきではなかった。

 せめて特徴をメモしておけば、とも思う。

 珍しい名前なら、とリストから探す。

 だが、記憶に引っかかるものがない。


 このままでは埒が明かないため、一度息子の集合場所へと向かう。

 途中信号で止まったときに再度監督へ電話を掛ける。

 話し中で捕まらない。

 ますます気になってしまう。


 本当に大丈夫だろうか。ケガなどしていないだろうか。もしかして娘みたいに……。

 考え事をしながらも、目的の場所に着いていた。

 それでも誰も見つからず、途方に暮れる。






 その時、着信音が響きわたる。

 待望の監督さんからの電話だった。即座に通話ボタンを押す。


「もしもし、監督さんですね。事故があったと聞いて、それが試合に向かった選手だとか。うちの子は大丈夫ですか、監督さん? どうなんですか? 聞こえてますか、監督さん? 監督? 監督?」

「えっ、ええ。聞こえています、聞こえていますから落ち着いてください。とりあえず今電話は大丈夫なんですね。まずは深呼吸でもしてください。いいですか?」


 指摘されて、一先ず息を大きく吸ってから吐き出す。さらにもう一度。


「どうも、すみません。こちらは今、集合場所にいます。誰もいないため、詳しい状況がわかりません。ご存知でしたら、説明願います。」


 そして、監督から事情を聴くことができた。

 ただ、動揺しているのか、なかなか本題に行かずに、初めて事情聴取された、とか、試合はコーチに任せたが子供が動揺して指示を仰がれていた、とか要領を得ず話が進まない。

 知りたかったことが聴けたのは、しばらく時間が経った後だった。


 事故にあった子供というのは息子だった。

 娘の入院してる病院へ搬送されたそうだ。

 詳しいことはまだ知らないため医者に訊ねるように言われた。


 文句が言いたかった。息子の心配をしてるのにグダグダと。

 しかし訊き方が拙かったと思い至り後悔する。文句は後でもできる。

 監督のことは放置して、このまま病院へ向かうことにした。






 病院に到着し、受付へ行く。話によると息子は手術中らしく、まだ何時間も待たなくてはいけないらしい。

 本来の予定通りに、まずは娘の方へ行くことにした。


 この病室、元々は6人部屋だそうだが、娘以外には見たことがない。

 だが、娘の両脇になんだか分からない機器が運び込まれていた。

 誰か入院予定なんだろうか?


 そんなとりとめのないことを考えながら、カーテンで仕切り、髪を梳かしたり、体を拭ったり、着替えさせる。もともとできることが余りないからだ。

 終わったらカーテンを開け、ベッドの横の丸椅子に座り、娘の手を握りながら、話しかける。

 今日のこと、息子、弟のことも心配だと。また、連絡が取れない、父のことなど。昨日の出来事。ニュースのこと。いろいろだ。


 そうこうしているうちに、いつものスレンダーな看護師が点滴を交換しにきたため、娘に声を掛けて、食堂に向かい、お昼にする。


 お昼を済ませ、再び受付でどうなっているか訊ねると、順調に予定をこなしているが、まだまだ時間が掛かるとのこと。

 とりあえず、父親の留守電に息子のことを伝え、メールもしておく。

 こんな時に一向に連絡が取れないため、憤慨してしまう。


 売店でお茶を買い、一息吐く。

 息子のことを考える。罰が当たったのかなぁ、と。


 息子は苛立っていた。娘に係りきりになって、息子を放置しすぎてしまったのかもしれないと反省する。

 レギュラーの子は練習中に接触してケガを負わせた。だが補欠の子は階段でふざけて、と聞いていた。

 両方ともに息子と一緒のときにケガを負うという状況だ。しかも得をしたのは息子だけ。

 故意ではない、本当だろうか? 親だというのに疑ってしまう。


 バカな考えを振り払い、今後のことを思う。どうせ入院するだろうから、娘と同室にしてもらい、そこでコミュニケーションをとればいい、と。






 ふと気づくと、ふくよかな看護師が呼んでいた。後を付いていくと娘の病室だった。

 そこには医師がいて、説明を始めた。スポンサーがどうたら、ピースメーカーがうんたら、と汗をひどくかきながら、目線を泳がせ、長々と喋りまくる。

 案内した看護師は、現在リストのようなものを手に機材を見たり触ったりしていた。

 娘の隣のベッドに案内されて医師を紹介されたわけだ。

 ベッドに目を向けるとまず目に付くのが足だ。

 特に右足。左とは大きさが違っている。腫れてるにしても大きい。

 更には色。紫色をしている。まばらに赤もある。

 足を眺めていると医師が補足してきた。血管が繋がったため、徐々に腫れは引いていく、と。

 視線を上にスライドしていくと、腕が出ていて、胸が上下しているのが分かる。

 そして布団からホースが出てて、枕が見える。

 ベッドの横には点滴や機材が並んでいる。

 そこに看護師が、脈拍? ハートの横に60と数字が書かれたモニターを見てペンを走らせている。


 説明を聞き流しながら、ベッド横の丸椅子に腰かけて、息子の手を取る。

 医師は未だに説明を続けている。


「……脳死判定は、ご覧のように不可能ですが、……」


 両手で包み込み、枕を見る。


「……頭部の損壊により、事故に見舞われたときに即死と診断し……」


 目を瞑り、今朝の情景を思い浮かべる。


「……臓器移植の提供を希望していたようなので、……」


 目を開け、また、枕を見つめる。


「……同意をもらえれば、こちらで手配を……」


 なぜだろうか。顔が見えない。

 医師の方を振り返ると、体を跳ねさせて顔を背ける。

 時計を確認する素振りを見せ、


「説明は終わりました、質問はありませんね、次の予定がありますので」


と矢継ぎ早に告げて、足早に看護師を連れて出て行った。






 どのくらい、そうしていたのか。気が付くと枕が朱に染まっていた。

 夕日が射し込んでいた。


 一度息子の手を置き、娘の方へ。

 手を取り、瞑想する。

 もう永いことここで寝続けている。何年経つだろう。

 娘が事故にあったとき、息子は同じように手を取り言ったものだ。


「姉ちゃん、生きているよね」


 潤んだ瞳に否定の言葉を伝えることはできなかった。

 ちょうど脳死判定が済み、臓器移植の承諾を迫られていた。

 結果、この状態が続くことになった。






 はぁ~、と長い溜息を吐き出す。






 ソレを持ち、一気に引き抜く。

 しかし、機材は動いたまま。

 手にあるコードを引く。コンセントに繋がっている。

 裏に回り、繋がっていたコードを全て引っこ抜く。

 ようやく脈拍を測っていたらしき機械の画面から、ハートがゼロになるのを確認した。


 ピーっと甲高い電子音が鳴り響く。


 いつの間にやら呼吸が乱れていた。

 落ち着いてから踵を返す。







 部屋を出ようとしたとき、娘のもう一方の隣のベッドが視界に入る。

 なぜだか二度見をしてしまう。

 鍋かと思う、大きな水槽のような、水? で満たされた透明な容器。

 その真ん中に浮かぶ、拳大の塊。

 それが鼓動を続けている。

 そう、鼓動。

 実物は見たこともなかったが、それが何かは分かった。

 心臓と呼ばれるもの。

 驚いた。だが、それよりもその下に見えるプレートに目が行く。

 文字が書いてある。

 名前だ。

 隣の娘、その父親のものだ。

 鞄に手を入れ、指を動かす。

 ヴーヴーヴー、病院だからか着信音ではなかった。

 横のテーブルからだ。


 目を閉じる。

 娘の脳死判定の結果を受け、医師に伝えた言葉が思い起こされた。


「娘はまだ死んでません! 心臓が! 心臓がまだ動いてます。生きてます。」


 私が言いたかったことは、こんな、こんなことじゃない……

 心臓だけが動いてればいいなんて思っていない!


 頬を伝うものがある。

 機材の裏へ回り、先ほどと同じくコードを片っ端から引っこ抜く。


 そして甲高い電子音が重なり、低い唸りが聞こえるようになる。


 今度こそ病室を後にする。

 人気(ひとけ)の少ない階段の方へ向かって。






 フィクションです。時代、国、地域、文化に宗教、法律など設定です。そこは突っ込まないようお願いします。


 思い悩む。ホラーでよかったのか? もしかしてギャグ、コメディ? ヒューマンドラマでも人の一生ってなら良くないか? 技術的にSFとかも……。

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