叙文 二人の少女と一匹の魔物
実際の居合いは、鞘から刀を抜いてから斬撃に入るまでの間の少なさが強みだと思える。
例えば、時代劇にあるように横を通り過ぎた浪人が、抜刀とほぼ同時に相手を切り殺している。
これが可能なのは、自然な体勢から攻撃に入れるまでの速度あってこそだと思われる。
本当の居合いや抜刀術が、強かったかどうかは分からない。
相手が既に攻撃の意志を見せている時、それに素早く反応して受け流すか、抜刀した速度のまま致命傷となる斬撃を放つ、迎撃の太刀。
これが可能であるならば、居合いの達人は敵が間合いに居る限り、何者にも負けるはずがないと思われる。
剣と言うよりは、近距離の弓に近い代物にも思える。
でも、抜き放つ刀は「片手」であり、両手で剣を握った全力の一撃を、受け流すことが出来るだろうか。
もし出来るのであれば、抜刀の速度だけが居合いの真髄ではないだろう。
最高速度に乗る前に、刀の側面に合わせて威力を相殺するか、或いは体の使い方を工夫して、受けた衝撃による結果を最小限に押さえ込む。
そこには当然、攻撃にも防御にも技がある。
例えばボクシングなら、ボクサーの拳は人を殺せるだけの威力があるが、訓練していない一般人では殺すより先に、拳がボロボロになるか無意識に力がセーブされる。
体が壊れないよう硬く鍛えた筋肉と、反復訓練で脳のリミッターを外していく。
それだけやって、初めて威力の高い一撃が放てるようになる。
まともに受ければ必殺に近い一撃を、いなす術もある。
一流のボクサーなら、頭部への一撃を接触と同時に『首を捻る』ことで、威力を殺すような神技を見せることもある。
鍛え抜かれた筋肉の柔軟さと、野生に近いほどのタイミングとセンスで、衝撃を最小に抑えるのである。
剣戟においても、同じような事がいえる。
接触面を広くする事で、剣へのダメージを抑えると共に、腕・肩・腰・足に至るまで全てのバランス感を活用して、威力を逸らすか殺すのである。
或いは、体の特性を活かして、相手の勢いを利用して投げ技につなげたりする。
剣を使っているからと言って、手や足を使う事に制限はないのだから。
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俺は戦闘中に考え事をしていた。
目の前に、大きな蝙蝠の魔物がいる。
洞窟に入ると、成人男性よりも大きい蝙蝠が落ちてくる。
「【居合い】」
俺はゲーム時代に使っていたスキルが、こうして現実になった事で少しの違和感を感じている。
ゲームでは、カウンター専門だった【居合い】も、本来の成り立ちや用法を考えれば『後の先』の戦いだけでなく、完全に先手を取って切りかかることも出来るはずだから。
しかし、スキルとして完成する【居合い】の場合は、相手の攻撃にしか反応しない。
抜刀して切りかかるだけなら、専用の戦闘プログラムを組む必要があって、居合いというスキルは使えない。
あくまで「納刀」している状態から、カウンターで発動する技に繋げるのが、ゲームの【居合い】の在り方だった。
カウンターが成立した場合、相手の攻撃は「相殺」か「受け流し(ダメージ軽減)」となり、有効射程内であれば抜刀状態からの「カウンター攻撃(大ダメージ)」へと繋がっていく。
連続攻撃をセットしておけば、二の太刀・三の太刀で追加の大ダメージを与えていく。
そして、わざわざ戦闘中に「納刀」を挟む必要があるのだ。
現実では納刀から高速で抜刀しても、虚を突く以外で威力が変わらないと思われる。
居合いの達人が、高速の抜き打ちで巻藁を切断できても、そこまでの技を修めた者なら諸手で構えても出来ると思われるし、むしろ威力や安定感は高いかもしれない。
しかし、ゲームがリアルとなったことで、抜刀の速度、その後の威力さえも補正がかかる。
「【ヒール】」
ミナヅキが唱える回復魔法では、体力や傷が治るだけではなく、衣服への返り血や破損も元通りになる。
後から調べたこの世界の『回復魔法』では、傷が治りはするものの、衣服にまで効果は及ばない。
存在はするが、その在り方は俺達の使うソレとは一線を画している。
「……」
俺は腰に下げた刀を抜き、そして刀身を眺める。
長さは二尺五寸(約75センチ)ほどもある刀身が、刃こぼれ一つなく存在している。
俺の身長は140センチほどしかなく、二尺五寸の居合刀は少し長すぎる。
難なく扱えるのは、ひとえに『記憶には無い技』を、矛盾する話だが『体が覚えている』からだろう。
抜き打ちの瞬間に鞘を引きながら、抜刀後の一撃が確実なダメージを与えるように、体がバランスを取りながら動いてくれる。
どのような体勢からでも、帯剣しているか抜けるほど近くに刀があるだけで、迎撃か先手が取れる。
鞘に収めるときも身の丈に合わないことを、華麗な技でカバーする。
金属の打ち合う音が響き、鞘に刀が納まったことを確認する。
「どうしたの?」
「何でもないよ」
今の挙動をミナヅキに見られながらも、俺は腰に挿した『居合刀 黒鋼』を整えて、自然な体勢で歩みを進める。
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衣服は『和ゴス』と呼ばれるジャンルで、黒を基調としつつも、ほんの少しだけ桜の刺繍が施されている。
袴の代わりに、丈の短い黒のスカートを履いていて、赤いラインが特徴的な細めの帯で腰を締めている。
足袋から長く続くように、ソックスで膝までを隠しているが、覗く太ももが幼さの残る中に色気を感じさせる。
袖は短めで、それほど邪魔になる事もない。
ミナヅキの方は、黒の清楚なドレスを着ていて、首元がマフラーのようになっている、前が開いた白いコートを羽織っている。
マントの内側に隠れる程度に、印象とは似合わない無骨な杖を手に持ち、遊ばせている。
長さは60センチほどで、少しだけ反りが見て取れるものの、魔法使いが持っていても不思議ではない程度のデザインの杖。
それは、刃を仕込まれた杖であり、引き抜けば短めの刀としての役割をこなす。
「次行こうか」
俺達は今、旅の刺激を求めて『危険地巡り』をしている最中である。
ドラゴン討伐以上に、刺激的な事はそれほど無い。
暗く深い洞窟や、地下に広がる『迷宮』など、行って見たいところは山ほどあった。
今は、怪物が住むと言われる洞窟に入っているが、それほど強い魔物もいなかった。
「うん。次の場所へ行こう」
『ピィィィ!』
一体の魔物が、ミナヅキの隣をトテトテ歩く。
それはドラゴンの子供で、以前に立ち寄った『商都ファフニール』で、俺達が引き取る事になったドラゴン。
名前は未だ無い。
俺達は必要になったとは言え、この子供の親であるドラゴンを討伐した。
身寄りの無くなったドラゴンを、戦った知性あるドラゴンの遺言に従って引き取った。
別に、殺しに対して罪悪感がある訳ではない。
ミナヅキはどうか分からないが、この世界に来てからは、俺の方はそういったことを感じない。
そうではなく、親を殺してしまった事に対して、その親を差し置いて『名前を贈る』という行為に後ろめたさを感じているのだ。
「よしよし」
抱きかかえるように、ミナヅキがその身を持ち上げる。
見た目は鳥のようで、猛禽類のような容姿をしている。
黒曜石のように黒く艶めいていて、体は羽ではなく鱗で覆われている。
頭の部分だけ、ニワトリのように鱗がササクレていて、それが凛々しい顔つきと相まって、格好良い。
喉を鳴らすように懐くその姿に、癒されながらも、いつかこの子が言葉を理解した時に、全てを話そうと思っている。
ドラゴンは知性の高い魔物で、いずれは人間の言葉すらも理解する。
その時、エゴかもしれないが全てを話して、後ろめたさから開放されたいと考えていた。
この子をペットとして飼うのも、いずれ野に放すにしても、まだ暫しの時間があるから。
そして、俺達は近場の町へ行く。
冒険者の依頼として受けた『洞窟の魔物討伐』の達成報告と、報酬を受け取りに。
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