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9.面白くねぇ!

 惣太郎が引き連れてきた大勢の取り巻き女子大生達のお陰でチャペルはピッカピカになったが、俺様の心の中は、逆にどんより曇っちまった(我ながら上手い!)。


あの惣太郎が女に興味を示したのを初めて見た。


いや、あれは興味どころじゃねぇ、完全に惚れていたんじゃねぇか?


これは色々と面倒な事になりそうな嫌な予感がするぜ。ここらで一旦整理しておく必要が有りそうだ。


その日の夜、職員用宿舎(学院敷地外に、まるで戦国時代の城を取り囲む家臣の屋敷のように、教職員用の宿舎、職員用の宿舎がある)に帰ってから、ひとっ風呂浴びてさっぱりした俺様は、これ迄の経緯を振り返ってみる事にした。


各部屋備え付けのソファ-(さすが名門女学院の職員宿舎だ!)にどっさりと腰を下ろすと、氷を入れたグラスに、帰りがけに買ってきた梅酒を注ぐ。


あの夜、俺様のイナバちゃんが飲んでいたのと同じ梅酒のロック。風呂上りの一杯に最高だ!


こうして改めて思い起こすと、あの日からもう随分と長い時間が経っちまったような気がして歯痒い気分だった。実際にはまだほんのひと月程前の出来事だというのにだ。


そうなんだ。そもそもこの学院に潜入したのは、あの日出逢って結婚した(お試し期間中だが)、俺様の花嫁・イナバちゃんを捜す為だった。


その肝心のイナバちゃん捜しはというと、安易に考えていた俺様の期待を大いに裏切って困難を極めている。


まず第一に、当たり前ぇだが、惣太郎に生徒名簿を調べさせた。


取り敢えず、20歳以上で氏名どちらかに“R”の頭文字がつく学生を片っ端からリストアップさせた結果、該当者は学生数の少ねぇこの学院ですら37名もいる事が判った。ついでに言うと、そのほとんどが名前の頭文字だった。


そこでその37名の面通しと指輪の有無の確認は追々始める事にして、次に俺様は、あの居酒屋の夜以降で制靴を購入した学生がいねぇか、惣太郎に、学院内にある制服専門店をあたらせたが、こちらはセキュリティが堅く、一切情報を得られなかった。


因みにだが、指輪に関しても、この学院では指輪をしている学生自体、捜す事が非常に難しいと、潜入してみて初めて気付いたのだった。


この女学院の徹底ぶりには恐れ入るばかりだが、ここの学生達が身に付けている物は、下着から帽子、手袋に至る迄ほぼ全てが学院指定の物なのだ。


そしてお嬢様方は、その白魚のようなお手をお守りになる為に、夏はロングタイプ、冬場も必ず手袋をする事が義務付けられている。外すのは講義中くらいのもので、講義中の教室に入れねぇ俺様には、お嬢様方のお手を拝む事すら出来ねぇという有様だった。惣太郎に講義中さりげなくチェックするように指示は出したものの、確認出来たとしても、せいぜい指輪をしているかどうかという位で、それが俺様とペアの指輪かどうかを確認するなんて離れ業は、いくら惣太郎でも至難の業だった。


後はやはりリストアップした37名を、一人一人根気よく、しらみつぶしに当たっていくしかねぇのかと、イナバちゃん捜しは、正直暗礁に乗り上げているところだ。


八方塞がりのこの状況に、さすがの俺様も、ちぃとばかり焦りを感じ始めているってぇのに、一方の惣太郎はというと、何故かこの学院に来て以来ずっと、えれえ上機嫌で、気味が悪いくらいだった。


だいたい何だ?あの格好は?


初めて学院内で惣太郎を見掛けた時にゃあ、唖然とした、なんてもんじゃねぇぜ。


まるでどこぞの俳優気取りで帽子迄用意してきて、いったい奴は何を勘違いしちまっているんだ?


だが、事もあろうに、それが何故か温室育ちのお嬢様方のハートを鷲掴みにして、今や行く先々でキャアキャア、キャアキャア、まるでどこかのアイドルの追っかけ状態だ。


はっきり言って、面白くねぇ!!!


いったいあれのどこがいいって言うんだ!!!


やはり籠の鳥のお嬢様方は、男というものに免疫がねぇから、あんな似非紳士ふぜいに、コロッと騙されちまうんだ。


「くっそぉ!アイツの化けの皮を、お嬢様方の前で剥いでやりてぇぜ!」


だが俺様が何より面白くねぇのは、あの聡明で清らかな香椎さん迄もが、その取り巻き連中の中に混じっていたってぇ事実だ!


何でよりによって彼女迄!


さすがにキャアキャア騒いではいなかったが、それでもあの娘の目が如実に物語っていた、惣太郎に惹かれていると。


実は俺様は、惣太郎にイナバちゃんについての情報を、全部教えた訳じゃねぇ。


あの居酒屋の店主らしき男だか女だか(結局どっちだったんだ?)が語ってた指輪の効能?についてだけは、何となくだがつまんねぇから話さなかった。だから俺様は今ここでこうして独り会議をしているってぇわけなんだが。


と言うのも、実はさっき教会で、ある重大な事実に気付いちまったんだ。


あの時、香椎さんを取り巻き連中の輪に見付けてショックを受けた正にあの時、俺様の指輪が一瞬緩んだ気がしたんだ。


実を言うと、この学院に潜入した日の朝にも同じような感覚があったのだが、ほんの一瞬の事で、すぐに指輪が抜けるか試してみたが、結局相変わらずびくともしなかったので、俺の気のせいかと思っちまってそのまま忘れちまってたんだ。


けれど今度は気のせいなんかじゃねぇ!さっき確かに指輪は緩んだんだ。


あの店主は何て言ってた?


『この指輪が抜けるのは、心が通じ合って真の夫婦になった時、もしくはどちらか又はお互いに完全に心が離れてしまった時、それと三ケ月しても心が通じ合わなかった時。そのいずれかの場合のみ』って言わなかったか?


じゃあこの間とさっき、何で指輪が緩んだんだ?


俺達はあれから会えてねぇ。だが俺様の気持ちは変わってねぇ。


だとしたら?


そしてもう一つ……。


これが今の俺様にとって一番重要な問題であり、尚且つ今ここで独り会議を開いている最大の理由でもあるわけなんだが……。


俺様が指輪の緩んだ感覚に驚いて、思わず用務員用の軍手の上から指輪をなぞって顔を上げると、俺が顔を上げて戻した視線の先、そこにいた彼女・香椎さんも又ちょうど、左手の指を手袋の上からなぞっているところだったのだ!


最初俺は彼女が何をしているのかすぐにはピンとこなくて、気付いたっていうか疑問に思ったのは、その場を後にしてからの事だった。


香椎さんは第一印象で、あの日のイナバちゃんとは真逆の女の子だと思った。だからリスト対象外だと端っから思い込んじまって、それがちょっと悔しくはあったが、こればっかりは仕方ねぇしと早々に切り替えたつもりだった。それなのに、気付けば大勢の女学生の中から彼女を捜しちまっている俺がいた。


だがもしもだ!


もしも、愚かにも第一印象を考え違いしちまっていたのだとしたら……。


端っから対象から外しちまった香椎さんが、もしも俺様のイナバちゃんなら、俺様の目とこのモヤモヤした気持ちは、やはり本物だったってぇ事になるんじゃねぇのか?


だが、今はそれよりもだ。


もしもそうなら、かなりヤバイって事なんじゃねぇのか?俺様の気持ちが変わってねぇのに指輪が緩んだって事は……つまり……。


くっそぉ、惣太郎の奴!!!


見てろよ!


俺様のイナバちゃん、いや、俺様の嫁は、絶対ぇお前ぇなんかに渡さねぇからな!!!


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