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7.似非紳士登場!?

 宮下先生……。


2週間前から大学部の経済学の講師として赴任されて来られた、未だ20代後半位のお若い先生。


初めて先生とお話しさせて戴いたのは、先生が初出勤なされた日の朝の事でした……。



◇◇◇◇


 その日も日課のテニス部の早朝練習の為にコートに向かって歩いておりました私は、正面からこちらに向かって歩いて来られる男性の存在に気付きました。


その御方は、ネイビーブルーの山高帽に上質そうなグレーのツイードのスーツをきちんと着こなしていらっしゃって、これでステッキをお持ちでしたら、ドイルやクリスティの英国ミステリー小説に登場しそうな上品な紳士でした。


正直私は驚きました。


まず、この学院敷地内にいらっしゃる男性自体、極めて少ないのです。その上、その数少ない男性陣の顔は、私だけでなく学院生ほぼ全員が恐らく存じ上げておりますが、その紳士のお顔には覚えがありませんでした。


その上このような早朝に学院内を歩いていらっしゃる男性も、これ又珍しいのです。朝早く敷地内でお見掛けするのは、私と同じようにクラブの早朝練習に向かう学院生か、健康の為に散歩やジョギングをなさっていらっしゃるシスター方。それに奉仕活動のお当番で清掃作業をなさっていらっしゃる学院生とシスター。つまり、この敷地内に居住しておられる方だけなのです。


ですが、何より私が驚いたのは、その御方がこの学院の雰囲気に見事に溶け込まれて、見慣れた筈の学院の景色が、まるで本当にミステリー映画のワンシーンのように美しく見えた事でした。


そのような事を考えながら歩いていたからでしょう。当然その御方の方に目がいってしまっておりました。


ハッと気付いたその時には既にかなり接近してしまっておりまして、バッチリ目が合って慌てた私に、その御方が遠慮がちに声を掛けてこられました。


『失礼、早朝から申し訳ありません。私は、本日からこちらの大学部の講師として赴任致しました、宮下惣太郎と申します。遅れないようにと早めに出て参りましたところ、早く着き過ぎてしまいました。その上、余りにも広大な敷地に迷ってしまいまして、お尋ねする方もおられず困り果てておりました。恐れ入りますが、学院長先生のところに着任のご挨拶にお伺いしたいのですが、どちらにお伺いすれば宜しかご存知でしょうか?』


(丁寧な物腰に完結明瞭なきちんとした話し方。その上、何て綺麗なお顔立ち!)


(こんな素敵な御方が現実にいらっしゃるなんて!)


マンガや小説の中にしかこの国には存在しないと思っていたジェントルマンが、今私の目の前にいらっしゃる。


被っておられたネイビーブルーの山高帽をヒラリと取られて、私に向かって丁寧に一礼をされたその英国紳士のような優雅な振る舞いに、思わず見惚れてしまいそうになりましたが、その時は何とか我を忘れずに生徒総代の顔を保つ事が出来ました。


『学院長先生でしたら、このお時間はお当番の皆様とご一緒に清掃奉仕活動をなさっていらっしゃる筈ですわ。本日の清掃場所は図書館でございますので、宜しければ、(わたくし)、ご案内させて戴きますわ』


『それは助かります。ありがとうございます』


『申し遅れましたが、(わたくし)は大学部・音楽部声楽科3年の香椎蓮花と申します。生徒総代を務めさせて戴いておりますので、学院内の事で何かご不明な点がございましたら、何なりとお尋ねくださいませ』


私が特Aランクの笑顔で、図書館の方へ向かいながら自己紹介させて頂きますと、


『これはこれは、初めてお話しさせて頂いた方が、貴女のような優秀な学生とは、私は幸運この上ないですね。それではお言葉に甘えさせて頂きまして、何かありましたらご相談させて頂きます。ここからはオフレコでお願いしたいのですが、正直シスター方はまだ敷居が高く、どのように接してよいものやら勝手が分かりませんし、内心かなり緊張致しておりました。貴女と真っ先に知り合えて、本当によかったです』


ズッキューン!!!


心底ホッとなされたような照れた笑顔を私に向けてくださった宮下先生に、私は今度こそ冷静沈着な生徒総代の仮面が撃ち抜かれ、弾き飛ばれそうになってしまいました。


(うわぁ、何?この方の笑顔!これは反則でしょう?っていうか私の負け?みたいな?完敗です!もう完璧にやられました!こんな素敵な人にこんな笑顔向けられて、私だけに本音言います、みたいな事言われて、ほだされない女子なんて居ないでしょう?何て言うか、二人だけの秘密共有?みたいな優越感この上ないんですが~。幸運なのは先生じゃなくって、誰よりも先に先生とお会いしてお話しさせて頂けた、この私の方です~!!!)


今日の私は最高についている!


剥がれ落ちそうな冷静沈着な生徒総代の仮面を、最後の理性で必死に貼り付ける努力をしながらも、私の脳内は、既に萌え狂い寸前でした。


そんな私をよそに、


『ところで、香椎さんはテニスをなされるのですか?』


至って穏やかに、先程迄と一切変わらない綺麗なテノールボイスで問い掛けてこられる宮下先生。


私は暴走しそうな脳内妄想から何とか現実に意識を引き戻して、ご質問にお答えしました。


『はい、テニス部の部長も致しております、ただ打ち合うだけの部ですが』


この学院には、当然の事ながら様々なクラブが存在するにはするのですが、殆どのクラブはお嬢様の嗜みの一つとして行われているに過ぎませんので、お付き合い程度に、人前で恥をかかないレベルに、和やかに活動致しております。


類い稀なる才により当学院に合格なされたそれぞれの道での逸材の皆様は、国内最高レベルの徹底指導を完全マンツーマンでお受けになられて、日本を代表するそれぞれの道での最高峰の人材へと育くまれて、やがて各界のトップとしてご活躍なされますが、それ以外の学院生は、どんなに才能に恵まれておられても、それを表に出される事は、ほぼございません。


『香椎さんのそのウェア姿を拝見しましたら、久し振りに私もラケットが握りたくなりました。ああ、ですが本当に久し振りですのでラケットに当たるか、いえそれ以前に、体が動くかそちらの方が心配ですが』


そう仰って、ハハハと白い歯を見せられた先生に、私の心は更に高鳴りました。


(えっ?)


『宮下先生も、テニスをなされるのですか?!』


私が嬉しくて思わずお訊きしますと、


『ええ、やっていたのは学生時代ですからかなりのブランクが有りますが、これでもテニス部でした』


『まあ!それでしたら、週に二日、いえ、一日でも構いませんので、私共(わたくしども)の部のコーチをして頂けないでしょうか?勿論、顧問の先生はおられるのですが、書類上お引き受け頂いているだけでご経験が全く無い先生なのです。もしお引き受け頂けるのでしたら、顧問の先生には(わたくし)からうまくお話しさせて頂きますので』


私はあまりの幸運についに我を忘れてしまいまして、赴任されたばかりの先生にご都合も伺わずに、いつの間にか猛アタックしてしまっておりました。そこ迄勢いでまくし立ててしまって、突然はたと自分のはしたない振る舞いに気付きました。


宮下先生は困られたお顔をされておいででした。


(私はなんて考え無しの浅はかな発言を!どうしよう?先生に面倒な生徒だと思われてしまったら!)


『先生、申し訳ございません!(わたくし)、赴任されたばかりの先生にいきなりこのような……、どうかお忘れくださいませ』


私が恥じ入り、慌てて深謝させて頂きますと、


『いや、違うのです。こちらこそ申し訳ありませんでした。先にテニスをしたいと申し出たのは私の方なのですから、浅慮は私なのです。冷静に考えれば、既に顧問の先生がいらっしゃる事くらい、すぐに思い至った筈なのです。なのに私は年甲斐もなく、チャーミングな貴女の装いに、つい我を忘れてしまいました。大変失礼致しました』


(えっ?それでは……、)


『宮下先生?先生のご都合は宜しいのですか?』


『私は、顧問の先生がお気を悪くなされる事がなければ、是非とも仲間に入れて頂きたいと思っております』


『まあ先生!ありがとうございます!顧問の先生でしたらご懸念はご無用ですわ。女性の先生で、茶道部も兼任と申しますか、実はそちらがメインでいらっしゃるのです、お家元のご親族の御方で。クラブ数が多いものですから、良い事ではないのですが、何名かの先生方に、顧問としてあちらこちらの部に名簿上お名前をお借りしている状態なのです。顧問の水原先生も、以前から、『スポーツのクラブなので、やはり活動には誰か立ち会った方がよいので、どなたか見てくださる方がいらっしゃればいいのですが』とご心配頂いていたのです。ですから、宮下先生に教えて頂けるのでしたら、反って喜ばれますわ』


『そう仰って頂けるのでしたら、私も嬉しいです。では早速ですが香椎さんにお願いする事が出来ました。私の授業開始は来週月曜日からなのです。本日は、職員の皆様への着任のご挨拶と、併せて学院内の見学に参りました。申し訳ありませんが、後程水原先生にご挨拶に伺う際に、少しお付き合い頂けますか?』


『はい、勿論です!』


こうして宮下先生は、着任早々、我がテニス部のコーチに就任してくださったのですが……、私は先生にお願いした事を、すぐさま後悔する事になるのです……。



◇◇◇◇


 初め私は、先生とラリーをする自分の姿を思い浮かべたりして、新しいウェアを見に行った方がよいかしら?なんてすっかりウキウキ浮かれ気分ではしゃいでいたのですけど、そんな気持ちでいられたのは、先生がコートに来てくださるようになって2~3日の間だけでした。


それ以降は……、


『『『キャアア!!宮下先生~!!』』』


幾重にも重なるコート外の見学者。生徒だけじゃなくって、職員の方も混ざっておられるのじゃ……。


そしてその騒乱は、コートの外だけではなく……。


『宮下先生~、ボレー練習お願いしま~す』


『先生~、(わたくし)のサーブをみて頂けませんでしょうか~?』


『宮下先生~、球出しの補佐は、是非この(わたくし)にやらせてくださいませ!』


『先生~、』


『宮下先生~、』


(そもそも、こんなに部員居た?)


『ちょっと(ひいらぎ)さん、貴女方、茶道部なのに何故ここにいらっしゃるの?茶道部は宜しいの?』


何故か昨日から突然大勢で押し掛けて来た茶道部の部長の(ひいらぎ)さんに問い質すと、


『あら香椎さんったら、貴女ともあろう御方が何を仰るの?茶道部とテニス部の部員は、皆、両方の部を掛け持ちで活動するものなのよ?ご存知なかったの?水原先生だって兼任されていらっしゃるじゃない』


(はい?)


(いつからそんなおかしなルールになったのでしょう?全然聞いておりませんが!)


『まあ宜しいわ。貴女だってご存知無い事もお有りですわよね。お気になさらないで、この事は忘れて差し上げますから。ですが、今迄はついつい活動しやすいようにと、お互い単独での活動が主でございましたけれど、これからは親睦会なども、是非合同で開催させて頂きたいと思っておりますのよ。これからどうぞ宜しくお願い致しますわ』


にっこり微笑んで手を差し出してきた柊さんに、開いた口が塞がりませんでした。


とにかく、要するに宮下先生は、テニス部に顔を出されるようになられた事で、あっという間にその存在を学院中に知らしめる結果となったのでした。


それは着任されて間もない先生にとられて良い事なのは十分に理解しているつもりなのですけど、ここのところ毎日、おみえになられるとすぐに取り巻きの方々に囲まれてしまわれて、私はラリーどころか話す事、いえ近づく事さえ儘ならないし、こんな事なら、テニス部にお誘いなんてしなければ良かったと思ってしまう私は狭量なのかもしれませんが、ですが私は、先生と思い切りストロークを打ち合ってみたり、学院内をご一緒にジョギングしてみたり、たまには、初めてお会いした日のようにのんびりお散歩してみたり、そんな風に過ごしてみたかっただけなのです……。



◇◇◇◇


 そして今日……、


【宮下先生が、教会の清掃奉仕作業者を募っていらっしゃいますから、お時間の許す方は、今すぐに教会迄ご参集くださいますようお願い致します】


というSNSのメッセージに私が気付きましたのは、5時限目の講義が終わった後の事でした。


急いで駆けつけてみましたものの、既に集まっていらした大勢の方々のご奉仕により、清掃作業は終了してしまっておりました。


私はここでも又、大勢の取り巻きの方々の一番外側から宮下先生のお姿を垣間見る事しか出来ませんでした。


ですがそれより何より私がショックでしたのは、他の方からのご連絡でこの事を知ったという、その事実の方だったのです……。


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