6.まさかの恋模様
♪ブーブー、ブーブー、ブーブー、ブーブー、ブーブー、ブーブー、ブーブー♪
マナーモードのスマホが、まるで早く出ろと噛み付かんばかりの勢いで、ドタバタドタバタ、机の上で暴れまわっております。マナーモードの筈なのに、場合によっては、着メロよりうるさいとは。チラリと発信者の確認(ほぼ判ってはおりましたが)だけして、無視を決め込みました……が、しつこい!!!
♪ブーブー、ブーブー、ブーブー、ブーブー、ブーブー、ブーブー、ブーブー♪
いつまで経っても諦める気配がまるでない余りにもしつこいコールに、
「先生、お電話火急のご用件なのではございませんか?私達でしたら構いませんので、お気になさらず、どうぞお出になられてくださいませ」
とうとう生徒の一人が心配そうにそう声を掛けてくださいました。
「はぁ~」
と私は大きくため息を一つ吐くと、
「ありがとうございます。では申し訳ありませんが、少しだけ失礼させて頂きます」
そう断りを入れて、未だにブーブーけたたましく暴れまくっているスマホを手に持つと、廊下に出ました。そして、ひと気のないのを確認してから隅の方に寄ると、【兎オタク】と表示された画面をもう一度確認して、
「はぁ~」
と再び大きくため息を吐いて、仕方なくタッチパネルに触れました。
その途端、
「くぉらぁ、てめえ、何ですぐに出ねぇんだよ!」
耳をつんざく怒鳴り声が響いてきました。
私はスマホを耳から遠ざけると、ガナリ声がしなくなったのを確認してから、
「私は講師なのですよ。次の講義の準備もありますし、非常に忙しいのです。時間が常に自由になられる用務員の貴方様とは違うのですが、どのようなご用件でしょうか?」
電話の相手であり、私の上司でもある綾麿様に、丁重にお返事申し上げたのでした……。
◇◇◇◇
シスター・マーガレットの指示に従い、仕方なくチャペルに行ってみると、扉を開けた途端、俺様はその余りの広さに呆然となった。
「これ、どうやって一人でやれって言うんだよ?」
魔法でも使わない限り無理だ……。
そこで漸くシスター・マーガレットが、はなから俺様に償いの機会を与えるつもりなどねぇ事を理解した。
「あのシスター、俺を追い出す気だな!」
恐らく俺様が香椎さんに好意を抱いたのを目ざとく察知して、禍の素は事前に取り除いておく決断をしたに違いねぇ。
だが俺様はまだ何の目的も果たせてねぇ。こんな事で追い出されてたまるか!
「くっそう、そうはさせるか!」
ごちゃごちゃ考えている暇はねぇ。俺様はすぐさま惣太郎に電話したのだった。
◇◇◇◇
会社の上司でもあり屋敷の主でもあるこの俺様が何を言おうが、相変わらずまるで動じる気配もねぇ惣太郎の澄まし声に益々イラッときたが、今は緊急事態だ。
「てめえは女子大生とイチャイチャしていたいだけだろうが!そんな事より、今チャペルに居る。大至急人手を集めて来い!」
「チャペルとは、これはまたお珍しい!どういう風の吹き回しです?ミサでも始められるのですか?」
「うるせぇ!つべこべ言ってねぇでとっとと来い!5分以内だ!!!」
◇◇◇◇
言いたい事だけ言うと、電話は一方的に切られました。
昔からちっとも変わられない。ご自分の都合が悪くなるとすぐこれです。途端に周囲の人間に当たり散らされる。
これは将来企業を背負って立つ経営者として致命的です。是非とも改めて欲しいと願いながらも今日迄きてしまいました。
私が、〔イナバちゃん捜し〕などという一見しょうもないご命令にご協力させて戴く事に致しましたのも、綾麿様が初めてご執着をみせた女性が、もしかしたら綾麿様の不安定で孤独なお心に寄り添ってお支え出来る、生涯の伴侶になり得る御方なのではないかと考えたからに他なりません。ましてやその女性がこの聖フロイス女学院の学生らしいと知り、尚更その気になりました。
綾麿様のお相手は、綾麿様にはお気の毒ですが、誰でも良いというわけには参りません。相応の家格と品格、そして才覚が求められます。そのような厳しい条件をクリア出来るお相手に、綾麿様ご自身が好意を抱いて出逢える確率など、正に奇跡に等しいわけでございますから、私は初めから諦めて、内々に現社長であられるお父上からも、そろそろ相応しいお相手をと依頼されておりました事もございまして、折しもちょうど花嫁探しに着手しだしたところでした。
「人手……ですか……。まあ、どうせまた何かろくでもない事をやらかしたに決まっておりますが……」
「さて、どう致しましょうか?」
◇◇◇◇
「皆さん、せっかくの空き時間に申し訳ありません」
「とんでもございません!宮下先生のお役に立てるのでしたら、喜んでお手伝いさせて頂きますわ!ねえ、皆さん!」
「ええ、私も喜んで!」
「ええ、私も!」
「先生、私もお声掛け戴きまして光栄でございますわ」
次々に賛同の声を挙げる学生達。
「ありがとう」
惣太郎の「ありがとう」の言葉を合図に、学生達の中から自然とグループ分けが出来上がり、各グループ毎に掃除場所を分担して、早くも皆掃除に取り掛かり始めた。どうやらこういった作業には慣れているらしい。
◇◇◇◇
1時間後……。
チャペルの床といい、机といい、椅子といい、教卓といい、果てはステンドガラスから壁に至る迄、全部ピッカピカに磨きあげられて、床にも塵一つ無い。これなら然しものシスター・マーガレットも、何のクレームも付けられねぇだろう。
そこへ、講義が終わったらしい他の学生達も、どうやら皆がSNSで仲間を呼び集めたのだろう、続々とチャペルに集まって来た。そしてもう作業が終わったのを確認すると、皆一様にがっかりして、
「先生~、遅くなりまして申し訳ございませんでした。もし又何かお困りの際には、次回はどうか真っ先にこの私に、仰ってくださいませ!例え何を置いてでもすぐさま駆け付けますわ!」
「いいえ、宮下先生、どうかこの私に!」
「先生、私こそ誰より早くお側に参りますわ!」
目を潤ませながら惣太郎を取り囲んで見上げている。
それはいい。その他大勢が何を惣太郎に言おうが、どんなに熱くなろうが一向に構わん!寧ろ勝手にしてくれって感じだが……、
何とその学生の集団の輪の一番外側に、香椎さんが、他の学生と同じ目をして惣太郎を見つめているではないか!
だが更に俺様を仰天させたのは、俺と全く同じタイミングで、そこに香椎さんが居る事に気付いた惣太郎が香椎さんの姿を認めると、子供の頃から共に過ごしてきた俺ですら一度も見た事もねぇような、何とも言えねぇ甘く優しい(不気味な?)笑顔を香椎さんに向けて、微笑み掛けた事だった。
(アイツまさか……)
それからの俺は、その場面が頭の中にこびりついて、繰り返し繰り返しその映像が頭の中に流れて離れなくなっちまった。
それどころか、いつしか、見てもいねぇ結末の映像迄もがご丁寧にも制作されてその場面が完成されていた、香椎さんが感極まったように顔を歪ませて惣太郎に向かって走って行き、二人がひしと抱き締めあうという観たくもねぇ陳腐なラストシーンが……。