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5.3メートル!?

 「おい、そこの君。305教室の蛍光灯が切れかかっていた。休み時間のうちに取り換えておいてくれたまえ」


俺様に偉そうにそう指示すると、颯爽と髪をなびかせて踵を返し、教務員室の方に向かって歩いて行く。振り返りもしやがらない。


たちまち、


「宮下先生~、(わたくし)、経済学部2年の嵯峨野と申します~。先程の市場原理のご講義につきまして、何点かご質問させて頂きたいのですが、少しお時間を頂戴しても宜しいでしょうか?」


「宮下先生~、(わたくし)は法学部2年の葉山でございます。次回のテーマでございます新興国の市場についてでございますが-、」


「宮下先生~、(わたくし)は-、」


「ちょっと皆さん、順番を守ってくださらない?(わたくし)が先に先生に伺っているのです!」


「あら、貴女こそ。わたくしは今朝一番にメールでこの時間に予約を頂いておりますのよ」


「ちょっとお待ちになって。わたくしは昨日からお約束頂いております」


「まあまあまあまあ、皆さん、落ち着いて。次は空き時間ですからゆっくりご説明出来ます。ですからどうぞ順番に!さあ、このような場所では、あちらで仕事をされておられる用務員の方にもご迷惑をお掛けしてしまいます。ご一緒に教務員室に参りましょう!」


惣太郎がそう言ってニッコリ悪魔のような笑みを浮かべて取り囲んでいる女子学生を見回すと、


「「「「先生~!!!」」」」


全員催眠術にでもかかったように、両手を胸の前にお願いポーズのように組んで、目をハート形にして長身の惣太郎を見上げた。



◇◇◇◇


 あれから二週間。俺達はそれぞれ、この(セント)フロイス女学院への潜入に成功していた。


「くっそう!惣太郎のヤツ!絶対ぇわざとだ!何でよりによってアイツが講師でこの俺様が用務員なんだよ!」


俺が回収して来て満杯になったゴミ袋を、怒りに任せて思わず壁に叩き付けると、


「ちょっと、そこのあなた!!!何なさっていらっしゃるのですか!!!」


すかさずどこから見ていたのか、50代位のシスターが、鬼の如き形相で素っ飛んで来た。


ぶつけたゴミ袋はと言うと、思い切り破けて、辺り一面にゴミを散乱させてしまっていた。


「まあまあまあ、何という事でしょう!未だかつて貴方のような乱暴な用務員さんは居られませんでしたわ!早速、学院長先生にご報告しなければ!」


そう言うが早いか身を翻し走って行こうとするシスターを、俺は慌てて止めにかかった。


「ま、待ってください!申し訳ございませんでした!ちょ、ちょっとまだ不慣れなものですから、手が滑ったと申しますか……。すぐに片付けますので、今回だけはどうかご容赦ください!二度とこのような粗相は致しませんと誓います!」


(こんな事でクビになってたまるかぁ!)


焦った俺が、俺の中に残っていた自制心を総動員させて平謝りしていると、


こちらもどこから現れたのか、いつの間にか、手に箒と塵取りを持った女子学生が無言でゴミを片付けてくれていた。


「まあ、香椎さん!宜しいのよ、この方の不手際なのですから。ご自分でして頂きますから」


(確かに仰る通りです、シスター。仰る通りなのですが、何だかグサッとくるのは何故ですか?何もこの娘にそんな事言わなくてもいいじゃあないですか!)


俺がシスターの当を得た厳しい指摘に、柄にも無く怨みがましい目を向けて凹んでいると、


「いいえ、シスター・マーガレット。例え如何なる理由であれ、困られておられる御方がいらっしゃいましたら手を差し伸べて差し上げる事こそ主の教えと(わたくし)は理解致しております。例えきっかけはどうであれ、今現在こちらの御方は、十分にご自身の行いを反省されておられるようにお見受け致しました。でしたら主は必ず、償う機会をお与えくださる事でしょう。故に(わたくし)は、先程仰せになられました誓いのお言葉をお信じ申し上げて、救いの手を差し伸べて差し上げたいのです」


「まあ、何という事でしょう!香椎さん、確かに貴女の仰る通りでしたわ。(わたくし)とした事が、自分の狭量に恥じ入るばかりです。(わたくし)も共に致しますわ。直ぐに箒を取って参ります!」


すっかり香椎さんという女子学生の言葉に魅了されたらしいシスターは、足早に箒を取りに、どこかに行ってしまった。


俺はと言うと、いつの間にか自分の手を胸の前に組んでお願いのポーズをして、目の前に居る香椎さんを、目をハート形にして見つめている事に、全く気付いていなかった。


(今時こんな清廉な女性が、まだこの国に居たなんて!)


俺様はここに俺様だけのイナバちゃんを捜しに潜入したにも拘らず、目の前に居る清らかな女性、香椎さんにもすっかり捉われてしまって、もう目が離せねぇ。


こんな事は生まれて初めての経験だった。


香椎さんは、明らかにあの夜出逢ったイナバちゃんとは180度タイプが違う、まるで不可侵の聖女のような崇高な存在にさえ俺には思えた。


(嗚呼!主よ!俺はいったいこれからどうしたら良いのでしょうか?)


俺がそのポーズのまま廊下の天井に向かって顔を上げて神に問い掛け、再び顔を香椎さんの方に戻すと、何故か目の前に箒の柄が突き付けられていた。恐る恐るその先を辿ると、またまた鬼の形相のシスター・マーガレットが角を生やして立ちはだかっていた。


「あれ?香椎さんは?」


思わず心の声がダダ漏れしていた。


「とっくに次の授業に向かわれましたわ!貴方、全部香椎さんにやらせて!本当に反省なさっていらっしゃるというのなら、宜しいでしょう。香椎さんに免じて、今回は償いの機会を神に代わってこの私が与えて差し上げます。そのゴミを捨てたら、チャペルの清掃をお一人でお願い致します。ちょうどこれから私共(わたくしども)が行う予定でした。明朝もミサがございますので後程確認しに参ります。くれぐれも手を抜いたりなさらないように!」


(チャ?チャペル?!一人で?!)


しかしシスター・マーガレットは、真っ青になった俺様を見据えると、更に容赦無くトドメを刺した。


「ああそれと……」


「香椎さんに良からぬ妄想はなさらない事です。今後半径3メートル以内に近付いているのを見掛けましたら、即刻、この学院から追放を命じますので、重々肝に銘じておきなさい」


そう捨て台詞と不敵な笑みを残して、シスター・マーガレットはくるりと背を向けて、茫然自失の俺様の前から足早に立ち去って行った。


「3メートル?!」


「シスター!そんな殺生なぁ~!!!」


漸く我に返った俺様の悲痛な叫び声は、誰も居ない廊下に虚しく反響した。


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