4.聖フロイス女学院
作中に名前に関する記載がございます。物語の進行上必要な為、記載させて戴いておりますが、決して特定のお名前を誹謗中傷するような意図はございません。もしご不快に感じられる方がいらっしゃいましたら、この場でお詫び申し上げますので、どうぞご容赦の程、宜しくお願い申し上げます。
「おはようございます」
「おはようございます、伊集院さん」
「おはようございます、シスター・グレイス」
「おはようございます、有栖川さん」
「おはようございます、シスター・グレイス」
「あら、おはようございます、香椎さん。珍しい事ね、今朝は随分ごゆっくりね」
「はい、週末は実家に帰っておりましたので。今朝は実家から参りました」
「まあ、それは宜しゅうございました事。お母様はお変わりございませんでしたか?」
「はい、ありがとうございます。お陰様で相変わらず、お店と趣味のスキューバダイビングとで多忙な日々を過ごしておるようです」
「まあ、ダイビングをなさっていらっしゃるの!?それは素敵なご趣味ね、羨ましいですわ。香椎さんはなさらないの?」
「はい、今のところは。私は今は専攻致しております声楽のレッスンで手一杯でございますから。ではシスター、申し訳ございませんが、私これから南館にてピアノのレッスンがございますので、これにて失礼させて戴きます」
「あら、ごめんなさい、もうすぐ始業時間ね。ではレッスン頑張って。ご機嫌よう」
◇◇◇◇
私が幼稚園から通っている聖フロイス女学院は、幼稚園から大学迄の一貫教育を100年以上続けている我が国有数のミッション系名門女学院です。
当学院創設時にご尽力なされた限られた名家ご一族のご令嬢と、当学院が定めた一定の入学基準を満たした希望者の中から、更に厳選なる審査の結果選ばれた方のみにその門戸が開かれるという、現在でも関係者以外にはその実体は神秘のベールに包まれているこの学院は、正に高嶺の花、名門中の名門、不可侵の花園なのです。
申し遅れましたが、私の名前は香椎蓮花。私は現在、この聖フロイス女学院・大学部の3年。生徒総代を務めております。
少人数制で幼稚園から大学部迄のエスカレーター式。当然の事ながら、この女学院に通う人達は、教師・生徒・事務員に至る迄、全員が顔見知りです。
先程ご挨拶申し上げたシスター・グレイスは、この学院の学院長で、シスター。毎週末早朝に行われている全校ミサにて、全校生徒を前に聖書を読み上げ教えを説く、初等部以上は全寮制のこの学院の生徒にとっては、言わば育ての母のような存在です。
◇◇◇◇
ここ聖フロイス女学院は、東京郊外の広大な敷地を自身の子女に最上級の教育を受けさせたいと考えた当時のご裕福なお家の方々が共同出資して購入し創設した学校法人です。
地元の方々がフロイス村と呼んでおられる程の広大な敷地の中には、校舎や寮、事務棟、図書館に研究所等が点在しており、その他にも、コンサートホールからスポーツクラブ、様々なスポーツ専用のコートに果てはゴルフ場迄備えられております。その上、敷地内には、高級百貨店やスーパー、コンビニ、主要金融機関の出張所迄在るのです。
要するにここ聖フロイス女学院は、この敷地内から一歩も出なくても何不自由無く生活してゆける、下界から隔絶された、高貴なお嬢様方を培養する為の学校と言う名の温室、パラダイスなのです……。
◇◇◇◇
「以上、只今ご説明させて戴きました通り、聖フロイス女学院の護りは鉄壁であります。そのセキュリティは、ある意味首相官邸以上。学院の周囲には幅15メートル程の濠が巡らされており、更にその内側には柵が張り巡らされ、その中にドーベルマンが何匹も放されております。又敷地中央に聳え立つ天体観測の為の塔、通称・星の塔は、上空侵犯の監視も兼ねており、24時間体制で地上及び上空からの不審者侵入を監視防御しております。つまり、外部の者が当該女学院の敷地内に入る事は、通常極めて困難であります」
「そんな事ぁとっくに分かってる!だが、そこを突破しなきゃ俺様のイナバちゃんは捕まえられねぇんだよ!」
「綾麿様、お言葉が乱れておられますが」
俺様相手に一歩も引かずに淡々と返してくるこの男は、我が塔宮家に代々仕えている家老の末裔で、現在は俺様の秘書兼運転手の宮下惣太郎、27歳、独身。
俺様の実家・塔宮家は、家系図では室町時代迄遡る事が出来る、地方の小藩ながらも大名家の家柄だ。
明治以降は子爵の位を賜り、当時の当主が商才に長けていた事もあり、いずれ訪れるであろう国内物流の需要増を見越して、国内の隅々迄全てを網羅する配送網を有する運送会社をいち早く立ち上げて成功し、莫大な財を成した。
そして現在に至る迄、そこから波及する様々な事業に手を広げて、今や国内有数の大企業連合となっている塔宮ホールディングス、俺様は、その塔宮家十八代目の当主の座が決まっている、塔宮綾麿、23歳、勿論独身だ。
「下の名前で呼ぶんじゃねぇ!何度も言ってるだろう!」
俺様はこの平安貴族みたいな名前で呼ばれるのが大嫌いだった。
「うっかり致しました、申し訳ございません、綾麿様」
「……」
(くっそう!完全に舐めていやがる!)
ガキの頃から気付いた時には俺の後ろに居た惣太郎には、俺に対する敬意というものが全くねぇ。
まあ、いずれ当主になるこの俺様に、良きにつけ悪しきにつけ、歯に衣着せぬ率直な物言いが出来、どんなに酷い現実でもねじ曲げずに真実を告げてくれる人物が常に側に居てくれるという事は、百万の味方を得るより、ある意味貴重で有り難い事だと解っている。解ってはいるのだが、だが本人にそれを告げるのは、恐らく臨終の床に着いた最期の時だけだろう。
「とにかく、どんな手を使っても、必要なら塔宮家の人脈、名前、使える物は何でも使って構わねぇ!絶対ぇ聖フロイス女学院に潜り込むんだ!俺様だけのイナバちゃんは、間違いねぇ、あの学院の生徒だ。唯一の手掛かり、あの娘が残していったこのフロイス女学院の制靴。これは学院生が学院内でしか買えねぇ、女学院マニア垂涎のレアアイテムの一つだからな。絶対ぇ見付けだしてやるからなぁ!待ってろよ~、俺様のシンデレラ!」
俺が惣太郎にげきを飛ばすと、
「私は難しいとは申しましたが、出来ないとは一言も申しておりませんが……。人の話は最後迄きちんと聞いてください。よって来週より私は、ちょうど欠員が出ておりました経済学部の講師として聖フロイス女学院・大学部に潜入致します」
「そうか!でかした!!!って、俺様は?!俺様はどうするんだ!?」
「申し訳ございませんが、講師の欠員は現在その一名のみです。私が潜入して下剤でも一服盛って出勤不能にでもしない限り、空きは出ません」
(怖ぇ~、コイツ、いざとなったら、マジでやりかねねぇ)
「だいたい、綾麿様に講師など無理があるでしょう?学生、それも高校生にしか見えませんよ」
(くっそう、いちいち人が気にしている事をつつきやがって!どうせ俺は童顔だよ!だからあの店にもグラサンして行ったんだ!これ迄何度勘違いされて、入店拒否られた事か!)
「じゃあ他は?他は何かねぇのか?背に腹はかえられねぇ。仕方ねぇからこの際、多少の事は目を瞑ってやってもいい。これもイナバちゃんに会う為だと思えば悪くねぇしな」
すると一瞬、惣太郎は怪しげな笑みを浮かべた。
(間違いねぇ、絶対ぇコイツ何か企んでいやがる!)
「そう仰るかと思いまして、あと一つだけ空席になっておりました職がございましたので、念の為押さえておきました。一応もう一度お伺い致しますが、本当に何でも宜しいのですか?」
「男に二言はねぇ!そう言ってるだろう?早く言え!何なら有るんだ?」
「空きが有った仕事はあと一つ-、」