3.午前0時30分の逃走
「ううんっ」
私は何だか胸の辺りが苦しくって苦しくって、私を圧迫している何か重たい物を払い退けようと必死にもがいたのだけれど、なかなか退けられない。
あまりの息苦しさに、遂に私の意識は眠りの深淵から引き摺り戻されて、まだ心地よい眠りの国に居たいと主張する寝ていたい自分と闘いながら、どうにか薄く目を開ける事に成功した。
すると……、
私の体の上に長い腕が、まるで私を押さえ付けるように絡み付いている。
私はびっくりして、キャア~と叫んでしまいそうになったけれど、何とか声を出さずに口を押さえて飲み込んだ。
「えっ?何?」
恐る恐る腕の正体を探るべく腕が繋がる胴体の方に顔を向ければ、裸の男がうつ伏せになって爆睡していた。
「だ、誰、コイツ!!!」
仰天した私は慌てて自分の身なりを確認すると、どうやら自分は服をちゃんと着ている事に気が付いてひとまず安心した。
取り敢えずホッとはしたものの、
(さて、いったいコイツは誰で、ここはどこでしょう?)
全然状況が把握出来ない中で、まだ眠くて重い頭を叱咤して、何とかこうなっているいきさつを思い出そうと努力したところ、自分が身に付けている紫色のウイッグが目に入ってきた。
(ああ、そうだ!ミルキーウェイのライブに行って、ベガ君の結婚宣言に頭の中が真っ暗になって、帰りにやけ酒飲んでたら居酒屋のマスターに慰められて、そうしたら途中から隣に居た白兎イナバのファンのオタク男が乱入して来て……、)
(そうよ!それで何だかマスターが急に、私達も付き合えとか何とか変な事言い出して、それでお酒飲まされて!そうそう、そのお酒がまたメチャクチャ強くて、私眠くなってそのまま寝ちゃったんだ、きっと)
(そ、それじゃあ、ここに居るコイツは……もしかしなくても、兎オタク男!)
「ゲッ!」
私は急いでそっと腕を持ち上げると兎オタク男の体に沿って下ろした。それから兎オタクを起こさないように細心の注意を払いながら静かに起き上がると、辺りを見回した。すると幸い私の荷物は揃って枕元に置いてあったのでそれを持ち、音を立てないように忍び足で襖を開けて家の中の様子を窺ってみる。
時間は見ていないけれど深夜なのだろう、シンと静まり返った家の中には、他に人の気配はしなかった。そもそも私達が居るこの部屋は二階で、襖の目の前が下への階段になっていて、二階はこの一部屋だけのようだった。
私は、ここがあの居酒屋の二階なんだと何となく理解した。それなら下のお店とちょうど同じ位の広さのこの部屋にも納得がいく。
下に灯りは見えないから、もう閉店して、マスターはここに住んでるわけじゃなくって通いで、多分家に帰ったのだろう。
(よし!)
そうと分かれば、私はそっと階段を下りると、そこはやっぱりさっき迄飲んでいた居酒屋だったので、適当にお金をレジのところに置いてお店を出ようとして、そこで初めて鍵がかけられない事に気が付いた。
「どうしよう?」
このまま出て行くのはあまりにも無用心だし、マスターにも悪い。
チラッとお店の中を見回すと、レジの下に鍵が1つぶら下がっているのが目に入った。試しに挿してみたらピッタリで、どうやらマスターキーのようだった。
私は申し訳ないけれどそれを拝借して無事に表に脱出すると、ウイッグを取って、取り敢えず急いでその場から遠ざかるべく、駅の方に向かって走って逃げた。いつアイツが起きだして追いかけてくるかわかったものじゃない!
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」
真っ暗でもの凄く恐かったけれど、あのままあそこに居たって、ある意味同じように危険だもの仕方がない。
途中にコンビニを見付けて飛び込むと、漸く一息つけたのでコンビニの時計を見ると、午前0時半を過ぎたところだった。
私は正直困ってしまった。行くところが無い。今夜は実家に帰ろうかなと思っていたのだけれど、こんな時間じゃもうタクシーを拾うしか帰れない。
(どうしよう?)
「すみません、この辺に朝迄やっているファミレスとか、どこか時間潰せるところ、ありませんか?」
仕方なくお店の人に尋ねると、
「ファミレスなら駅の反対側に在りますよ」
そう教えてくれたのでお礼を言って、私はそのまま始発の時間迄ファミレスで過ごして、その後実家に帰り、その夜の出来事は悪夢でも見たと思って全て記憶から抹消しようと決めた。
これで万事、めでたしめでたし、おしまいおしまい、の筈だった。
なのに私は家に帰ってから、ある重大なミスを犯してしまった事に漸く気付いたのだった……。
それともう一つ!
何、この指輪は?!
どんなに引っ張っても回してもびくともしなくて、全然抜けないんですけど~!!!
不思議と締め付けられて痛い、なんて事はないのだけれど、それでも絶対嫌ぁ~、どうすれば外れるの!?誰か教えて~!!!
これ、あの兎オタクもしてるんだよね?マジで嫌なんですけど~!
と・に・か・く、何だかもう、もの凄ぉく嫌な予感しか、しないのですが!!!