25.恐るべし、蓮花様!
「アハハハハ、綾麿様、どうやらまだまだ先は長いようでございますね?それでしたら私にも名乗りを上げさせて頂くチャンスは十分に残っているのではないですか?ご存知でしたか?蓮花様が元々はこの私にご好意をお寄せくださっていらした事は?」
(くっそう、惣太郎のヤツ!俺が一番触れられたくねぇところを!)
惣太郎がわざわざマイクを通して高らかにそう宣言すれば、
「何を勝手な事を申されておられるのかは分かりませんが、蓮花には私という許婚がいる事をお忘れ頂いては困りますね。私は一言も婚約を解消するなどと申しておりませんが」
先程迄意気消沈されておられた筈のサイード王子が目を爛々と輝かせて蓮花の前に立ちふさがり、挑発的に俺様を睨み付けて仁王立ちされた。
「どいつもこいつも全く諦めの悪ぃ奴らだな!蓮花はとっくに俺様のものなんだよ!ねちっこい男なんざ、みっともねぇだけだろ!蓮花に嫌がられるだけだぜ!」
俺様が、王子殿下への敬意など全て吹っ飛ばしたいつもの口調で、両思いの余裕たっぷりに最後通告してやると、
「お前まさか蓮花に何か良からぬ事をしでかしたのではあるまいな!返答如何ではただではすまさんぞ!」
サイード王子がギリギリと歯を食い縛って威嚇しながらこちらに進んで来た。
「ご心配には及びません、サイード殿下。蓮花様は身持ちの堅い聡明なお方。危険もございましたが、寸でのところで私をお呼びくださいましたので、まさに危機一髪でしたがお助けする事が出来ました」
「実はこちらにお世話になりましてすぐに、シスター・マーガレットから要注意人物がいるとご相談をお受け致しまして、以来ずっと、この不埒な輩が蓮花様にいかがわしい行為に及ばぬように、半径3メートル以内に近づかぬように、常に私が監視致しておりました」
(はぁ?シスター・マーガレット?)
(3メートル!?)
「おい!ちょっと待て!誰が誰を監視していただと?!お前はいったいどちら側の人間なんだ!!!」
「アハハハハハ、やはりお気づきではありませんでしたか。シスター・グレイスにもご協力頂いて、綾麿様が蓮花様に良からぬ妄想など抱かれぬように、当女学院の教えに背くような不埒な真似をなさらぬように、24時間体制で、外部からの侵入者の監視に加えまして綾麿様の行動監視もさせて頂いておったのですよ、最近では。アハハハハハ!!」
「ああ、そう言えば、一昨日の午後、音楽部のレッスン棟の辺りを徘徊なさっておられたようですが、何か落とし物でもなさいましたか?そうそうそれから、昨夜は大学部の寮付近であのような時間に箒を持たれて、いったい何をなされていらしたのですか?危うく警備員が駆け付けるところでしたが」
「ああそれと、ここのところ毎朝テニスコートに通っておられるようですが、その件に関しましては、蓮花様の個人レッスンのお為として特別にお見逃しさせて頂いておりましたのであしからず。アハハハハハ!」
「なっ、なっ、何を!惣太郎!てめぇ~、ふざけるのもいい加減にしろ!俺様はお前の主人で上司だぞ!!!少しは敬ったらどうだ!!!」
怒りでプルプル体全体が震える。それ位、腸が煮えくりかえっていた。
なのに惣太郎は、
「以上、ご説明させて頂きました通りご心配には及びません。どうぞご安心ください、サイード殿下。殿下方の大切な蓮花様には、この宮下惣太郎が指一本触れさせたりなど致しておりません。蓮花様は未だ清らかなままでございます」
まるで俺ではなくサイード王子に忠誠を誓う従僕の如く、サイード王子の前に膝をついて勝ち誇った顔で報告した。
だがしかし、そんな狡猾な奴に騙される程、サイード王子もまたお人好しではなかったようだ。
「そう言う貴方はどうなのですか?宮下先生?」
然しもの惣太郎も、そう返されるとは思ってもみなかったのだろう。どや顔がポカンとした間抜け面に変わってサイード王子を見返している。
「は?」
「私の調べによりますと、宮下先生貴方は、講師というお立場を忘れ、ここのところ毎日、蓮花宛に美辞麗句を並べ立てたメッセージカードと大量のカサブランカの花束と共にダイヤモンドの指輪を届けさせ、蓮花にプロポーズなさっておられるとか。カサブランカのあまりにも強い芳香にやられて、多数の学生が医務室に駆け込む事態になっていると寮の管理人の方から学院長先生宛に毎日苦情が寄せられているようですが。そうそうその努力の割には、指輪は未だ受け取って貰えていないそうですね、お気の毒な事です」
たちまち完璧主義で常に冷静沈着な惣太郎の鉄面皮が目に見えておたおたと崩れ始め、みるみる耳まで真っ赤になってきた。
「惣太郎てめぇ、何が名乗りを上げるだ、全然諦めてなかったんじゃねぇか。この期に及んでまぁだ蓮花にちょっかい出していやがったのか!しかもプロポーズに薔薇じゃなくってカサブランカって、名前が長過ぎるだろう!」
惣太郎のクールな外見とは裏腹の、実はねちっこくてじめじめとしたヘビのような本性に初めて気付いて、腹が立つやら、呆れるやら、悔しいやら、色々な気持ちが入り交じって気分が悪くなりそうだぜ。
だが恐らくこれ迄の奴の人生の中で、これ程に執着したくなる相手に巡り逢わなかったのだろう事だけは渋々ながら理解は出来る。それは俺も同じだからな。だがしかしだ。その気持ちは理解出来るが、それをコイツに認めてやれる程、俺様の心にまだ余裕は……ねぇ!
「私の中で蓮花様のイメージは豪華絢爛なカサブランカ!宝玉で例えるならダイヤモンド。清らかでありながら艶やかでもある、正に天から舞い降りた私の天女!」
美しい真珠色の月が輝く星空を仰ぎ見て、恍惚とした表情でまるで吟遊詩人の如く蓮花を讃える美辞麗句を唄う惣太郎は、最早いつもの威厳を全く失っていた。
大丈夫かコイツ?
もしかして蓮花は操りの術でも使えるんじゃねぇの?
だがいずれにしてもだ。一時でもこんな危険極まりない奴をライバル視していた自分が情けねぇぜ。
「てめえ、気やすく私のとか言ってるんじゃねぇ!蓮花は俺様のものだってさっきから言ってるだろうが!てめえはてめえのカサブランカだかダイヤモンドだかを勝手に探しやがれ!」
「だいたいどこをどう見たら蓮花がカサブランカやダイヤモンドになるんだ!どう見たってコイツは、花に例えるなら、愛らしくてそれでいてちょっと小悪魔的なチューリップ、宝石に例えるなら、何色とも言い表せねぇ神秘の石・ムーンストーンだろう!」
「アハハハハハ!」
すると俺達のやり取りを静観していた筈のサイード王子が突如笑いだした。
俺達が呆気にとられて王子を見ると、
「これだから任せられないと申しているのです。誰がカサブランカでチューリップなのです!蓮花の名の由来も知らずに蓮花の事を解ったような顔をするのは止めて頂きたいですね」
「「名の由来?」」
俺達二人は蓮花の事だったら、その日の血圧から愛用しているティッシュのメーカー迄、ありとあらゆる事を知っておきたい。ましてや彼女の可愛らしい名の由来を聞き逃す程間抜けじゃねぇ。
「どうやらお二方共ご存知ないようですね」
サイード王子はニヤリと口角を上げて俺達にしてやったりという得意気な顔をした。
「どうせ言いたくて仕方ねぇんだろう?なら、勿体ぶらずにさっさと言いやがれ!」
プライドを傷つけられた俺様だったが、悔しいがここは聞きたい気持ちの方が勝っている。
俺様は塔宮ホールディングスの18代目・塔宮綾麿。営業の修羅場なんぞ幾度も潜り抜けてきたプロの商人だ。退く時は退くし、頭を下げろと言われれば、その駆け引きに必要ならいくらでも下げる。大事な蓮花の愛らしい名の由来という重要な情報を得るためなら、今は退くべきだ。
目の前の勝ち誇った顔をしたこのお方が王子殿下だという敬意は最早消え失せ、ただの恋敵との恋のさやあて状態に成り下がってしまってはいたが……。
「ほぉ、成る程。引き際位は心得ていますか」
(やはり少しは見所もあるようですね……。今日のところはひとまずこれで、勝負はお預けとしてやりますか……)
「蓮花の名の由来は読んで字の如く、生まれた蓮花の可愛らしい頬っぺたがピンク色に染まり、色白な肌と相まって、まるで木蓮の花の如く美しかったから、叔父上がそう名付けられたのです」
(くっそぉ、勿体ぶった割にはそのまんまじゃねぇか!)
「故に、蓮花をカサブランカやチューリップに例えるなど全くもって愚の骨頂です。蓮花の事をまるで理解出来ていないと言わざるを得ないですね、蓮花を象徴する花はマグノリア以外あり得ません」
「マグノリアの花言葉は“崇高”。恐竜が地上を支配していた太古の昔から存在していたといわれる尊い花。気高く聡明な蓮花に最も相応しい花です」
「ちょっともう、さっきから黙って聞いていれば次から次へと、恥ずかしいからいい加減にしてよ!シスター方がびっくりなさっていらっしゃるじゃない!」
それまで事態を黙って見守っていた蓮花が、とうとう堪らずに割って入って来た。
「蓮花、騒がしくしてすまない。だけどこういう事は後々の為にもはっきりさせておかないとね」
サイード王子の言葉はあくまでも冷静で、それが逆に、王子の内に秘めた蓮花への激しい想いを俺に思い知らせてくる。
「サイード、本当にさっきからどうしちゃったの?いつもクールな貴方がおかしいわ」
けれどそんなサイード王子は、全くお気の毒な方だと言わざるを得ねぇ。俺様にはひしひしと伝わってくる王子の狂おしい程の蓮花への恋情は、まるっきりと言ってよい程、肝心なご本人には伝わっていなかった。俺様が言うのもなんだが、蓮花は悲しい程に彼をそういった対象として見ちゃいねぇ。俺様にとっちゃ助かるが、これはかなりきつい一言だぜ。
しかしこの状況でまだサイード王子の気持ちに気付かねぇって、どんだけ鈍いんだよ!
俺様は初めて例の居酒屋の店長に感謝した。じゃなきゃ下手したらコイツと式挙げられる頃にゃ、マジで爺ぃになってたかもしれねぇぜ。
「蓮花、君は本当に残酷な娘だね……」
「えっ?サイード?何言って―」
「だけどね。私は君のその無垢な残酷さが可愛くて仕方がないのだよ。これは相当重症なのかもしれないね。困ったものだ」
(マジかよ!まさかの王子はM系かい!)
蓮花はどうやらサイード王子には、操りの術じゃなく愛のムチとやらを使っていたぶっていたらしい。
恐るべし、蓮花様!
「と、とにかく、サイード、何の事言っているのかさっぱり解らないけど、私の事心配してくれているのよね?ありがとう。それから宮下先生、先生は私の事を買いかぶり過ぎです。本当の私は先生が思ってくださっているような、そんな素敵な女性じゃないのです、だから先生は先生のカサブランカさんを早く見つけてください」
惣太郎に向かって申し訳ございませんと頭を下げた蓮花に、次はいよいよ俺様の番だと、ドキドキしながら襟を正して蓮花の愛の言葉を待った。とうとう感動のラストシーンってわけかい!ここ迄長かったぜ!
(蓮花、かなりイカレてるコイツらは放っておいて、俺達は幸せになろうな!!!)
「お父さん、本当にごめんなさい、そしてありがとう」
(って、俺じゃねぇんかい!!!)
(蓮花~、俺様を忘れてないか~?大切な旦那様だぞ~。蓮花ちゃ~ん)
「すっかり立派な若者になったものだ」
(ん?)
俺様がドS蓮花様に心で訴えていると、その蓮花様が俺が欲しかった最後のお言葉をお掛けになった当のお相手・父親であるアクラム王子は、何故だか蓮花の言葉にはお返事をなさらず、他の誰かに向けて、というよりご自身に向けて?なのだろうか何か仰ったが、心の中で蓮花に恨み節を唱えていた俺様にはよく聞き取れなかった。
「君の御父上を知っているよ」
すると今度ははっきりと、この場にいる誰もが聞き取れる程のしっかりした声で、アクラム殿下は俺に向かってそう仰ったのだった。
23話の小見出しがしっくりこないので変更してしまいました。
読んでくださった皆様、申し訳ございません。




