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11.スーパー用務員参上!

 「それでしたら、あちらの奥のコートをお使いください。あちらから順に塗り始めましたから、先程確認しましたらあちらの方はかなり乾き始めておりました。でもまだ完全ではありませんので、ボールを使うのは申し訳ございませんが、無理かと思いますが」


俺の説明を受け香椎さんは頷いた。


「ありがとうございます、ではそうさせて頂きますわ」


そう応じると、奥のコートの方へ歩いて行った。


俺はその後ろ姿を見送ってから、さっき思いついた、俺からのささやかなお礼の気持ちを香椎さんに捧げるべく、新たな作業に着手したのだった。


俺様は基本やる事が決まれば何事も超特急で出来る。モチーフは、これを彼女に贈ろうと思いついた時から決めていた。


全ての作業が滞りなく完了すると、俺様は少し離れた位置に立ち出来映えをチェックしたが、その仕上がりには大満足だった。さっき一通り見て回ってムラなどもねぇ事は既に確認済みだし、これで作業終了で良いだろう。


香椎さんがこれを見たらどう思うか、そう考えただけで、まるでイタズラを仕掛けたガキのようにワクワクする。そもそもこんなにテンションが上がったのも、いつ以来か分かんねぇくらいだ。


この場所は用具置き場のちょうど裏側に当たり、コートの中からは見えねぇ位置だ。


香椎さんの反応がすぐに見られねぇのは残念至極だが、まあ、楽しみは後に取っておくのも悪くねぇか。


俺様は、零れる笑みを抑えられねぇ程に、気分が高揚していた。


(さて、香椎さんは……と、)


奥のコートの様子を窺うと、香椎さんは、独り、サーブのフォームを確認しているところだった。だがボールを打てねぇからか、やはりしっくりこねぇみたいで、何度も何度も繰り返しボールを宙に上げては、わざとタイミングをずらして空振りしながらの練習だった。


そんな姿を見て、俺は無意識に香椎さんの方に足を向けていた。


「宜しければこちらで受けとめましょうか?」


「は?」


俺の申し出の意味が解らなかったようで、香椎さんは不思議そうな顔をしている。


「これは不躾に申し訳ありません、ですが、テニスでしたら私も多少の心得がございますので、予備のラケットがございましたら、後ろに飛ばさずに受けとめるくらいでしたら、何とかなると思いますので」


「えっ?ですが……、」


俺様の言う事が信じられねぇのだろう、香椎さんは明らかに躊躇っている。


まあそれも無理はねぇだろう。今ちょっと見たところでも、香椎さんはかなりのレベルのようだった。


だが俺様は、前述した通りの天才なのだ。


特にテニスは、鎌倉の自宅にあるコートで、エグゼクティブの嗜みとして、ガキの頃から個人レッスンをみっちり受けさせられたお陰で、プロ級の腕前なのだ。


惣太郎も、コーチなど引き受けてキャアキャア騒がれていい気になっていやがるが、確かにアイツも、学生時代は毎年インカレ優勝を果たしていた実力の持ち主ではあるのだ。


その惣太郎が国内で唯一勝てていない相手、それが俺様だ。まあ俺様もアイツに勝った事はねぇが……。


つまり俺達は、過去に何度も対戦しているが、未だに一度も決着がつかねぇ、因縁の相手なのである。


ただ俺様は前述通り、何でもすぐに完璧にこなせちまう天才なので、これ迄何をやってもすぐに飽きちまって、執着してやり続けたいと思った例がねぇのだ。


テニスにしてもそうだ。別に俺様は、テニスでどうこうしてぇとか、どうにかなりてぇなどという欲もプライドも一切ねぇから、コーチと惣太郎以外、打ち合った事がねぇ。勿論クラブに入ったりなどしてねぇし、大会なんて面倒なものに、出た例もねぇ。


というわけで、表面上は、何の華々しい経歴もねぇんだが……。


「香椎さん、予備のラケットはありますか?ご心配には及びません、絶対にボールにペンキを付けるなどというヘマは致しませんから」


俺の再度の申し入れに覚悟?を決めたのか、香椎さんがこちらに向かってやって来た。


「予備のラケットでしたら用具置場にございますので、鍵をお持ちですか?」


香椎さんに問われて、俺が先に来て、コートの入口も開けた事を思い出す。


「ああ、そうでした、申し訳ありません。それでしたら、私が取って参りますので暫くお待ちください、失礼致します」


俺は香椎さんに会釈すると小走りに用具置場に向かって、綺麗に整備されていた備品の中からラケットを取ってすぐに香椎さんのところに戻った。


「お待たせ致しました。ではサーブの練習を続けてくださって構いませんよ。勿論全力で打ち込んで頂いて結構です」


俺様の自信満々のセリフにまだ何か言いたそうな香椎さんだったが、結局何も言わずにネットの向こうに歩いて行った。


「では、お願いします」


香椎さんは位置に着くと、そう俺に声を掛けてくれたので、


「はい、どちらからでもどうぞ!」


と俺も応じてラケットを構えた。


腕が鈍らないようにと、又、体を動かす為にも、このフロイス村に来る前迄は、毎週乱打していた。久し振りにラケットを握れて、俺も腕が鳴るってぇもんだぜ。


すると香椎さんがボールを宙に上げて、流れるようなフォームで俺様の目の前に打ち込んできた。


俺様はそれを受け止めると、ラケットでコントロールしてわざとネットにかけた。


「香椎さん、全力で打たなければ練習になりませんよ。手加減はご無用です」


俺様の笑顔に、漸く少し信用してくれたのか、


「申し訳ございません、では参ります!」


今度はさっきとは明らかに違う顔つきになり、再びボールを宙に上げた。


本当に綺麗なフォームだと惚れ惚れする。香椎さんは風と一体になったように柔らかく体全体をバネのようにしならせて、俺様が構えるコートの対角線ラインぎりぎりに一直線に鋭いボールを打ち込んできた。


俺は素早く反応してフォアでそれを受け止めて、再びコントロールしてネットにかけた。


続いて次が来る。今度はセンターラインぎりぎりのこれまた速球。今度は俺様得意のバックハンドでネットに戻す。


やはり思った通りだった。女性でこのスピード、このコース。香椎さんはかなりのレベルだった。


俺達はひたすら練習に集中していたが、暫くすると香椎さんの動きが止まったのでそちらを見ると、彼女も又、肩で大きく息をしながらこちらを見ていた。


どうやらボールが尽きたようだ。


俺がチラッと腕時計を見ると、7時を過ぎたところだった。


「ああ、もう朝食のお時間ですね、遅れてしまわれます。そろそろ戻られた方が宜しいでしょう」


俺はそう言いながらも手早く、息が上がっている香椎さんに代わり、ネットのところに転がっているボールを籠に集めて、自分が使ったラケットと共に用具置場に戻して、コートに戻った。


すると、香椎さんがじっと俺を見て、


「貴方は一体、どなたですか?」


「多少の心得なんて嘘です!貴方のフォームもラケットコントロールも嗜みの域を遥かに超えていらっしゃる。(わたくし)これでも、インカレ上位の常連なんですの。ですから、普通に楽しみでなさっていらっしゃる男性の方に、本気のサーブを返された事など一度もございません」


「それなのに最近……、そう最近、(わたくし)の球を打ち返された方が立て続けに二人も……、貴方とそして宮下先生……」


香椎さんは独り言のようにそう呟くと、何かを考えているのか、訝しげな顔をして、それ以上何も言わずに、探るような目でこちらをじっと見ている。


何か気付いたのだろうか?


「私はただの用務員ですよ」


そう答えてしまってから、


「いえ、違いますね、ただの用務員ではありません。スーパー用務員でした」


俺様は最高の笑顔を香椎さんに向けてそう答えると、


「では、こちらの金網の補修作業は完了致しました。あちらこちらにペンキ塗り立ての貼り紙を致しましたが、皆さんにくれぐれもご注意頂けますように、香椎さんからも改めてお伝え頂けますでしょうか?」


俺様は香椎さんの返事を待たずに、


「では私はこれにてお先に失礼させて頂きますが、鍵をお願いしても宜しいですか?」


香椎さんに鍵を差し出すと、香椎さんはまだ何か言いたげな顔をして俺様の事を見ていたが、俺様はそれに気付かねぇ振りをして、一応鍵を受け取ってくれた香椎さんに、


「ではお邪魔致しました」


と挨拶をして、それからは振り返る事なく、(ミステリアス効果度アップの為に)足早にその場から立ち去ったのだった。



◇◇◇◇


 風のように消え去って行かれた用務員さんをお見送りしながら、まだ私の思考は、あの方の正体に捉われていたのです。


「確か、あの方と宮下先生は、同じ頃からこの学院にいらした筈……、もしかして……まさかとは思うけど、お二人はお知り合いだったり……とか?」


至極当然の事ですが、この学院に勤められるのは、例え用務員さんといえど、余程身元がしっかりした人でない限り不可能です。この学院のセキュリティは、国家機関以上と言っても過言ではありません。そのチェックを掻い潜ってこられた方達が怪しい人物の筈がありませんでした。


「じゃあ一体……?」


私は言いようのない不安を感じておりましたが、今は確かにもう時間がありません。急いで荷物を纏めて寮に戻ろうと扉の鍵をかけたその時、私の目に、用具置場の裏の金網に描かれた目にも鮮やかな絵が飛び込んできたのです。


「これは!!!」


私はその絵を見て絶句しました。


そこに描かれていたのは、従来私達が思い描いておりますのとは違う、東洋的な黒髪のシンデレラ。


そう、シンデレラの絵でした。


何故それがシンデレラの絵だと判ったのかと申せば、かぼちゃの馬車とお城、そしてお城へと続く螺旋状の階段が、色鮮やかに描かれていたからです。


ですが私を絶句させたのは、それらの絵ではありませんでした。


靴が……、そう靴が違っていたのです。


その美しい螺旋階段に片方だけ残されていた靴……。


それは……、それはガラスの靴ではなく……、この学院の……制靴だったのです……。


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