1.居酒屋にご用心!
コンッ!
「すみませ~ん、梅酒おかわりお願いします!!」
「はい、梅酒のロックね。お客さん、荒れてるね~、どうしたの~?良かったら話聞くけど、今日今のところご覧の通り暇だし」
「うわぁ~!!!」
「えっ?お客さん?!」
テーブルに突っ伏してワンワン大声で泣き出した私に、声を掛けてくれたお店の人(多分、店長?)は慌てて、
「お客さん、ほら、泣かないでよ~、どうしたの~?話せば少しは楽になるかもよ。勿論言えない事もあるだろうから無理にとは言わないけどね~」
「お客さん、もしかしてライブの帰りとかでしょう?その格好からすると。友達とケンカでもした?友達じゃなくって彼氏かな?」
「うっ、うっ、」
私は泣きながらもそこで顔を上げた。ライブ帰りだって言い当てた店長(らしき人)の顔をよく見る為に。
「ケンカなんて、ひっく、して、ません。ひっくひっく。ライブ1人で、ひっく、行って、ます、し……、彼氏だって、ひっく、居ま、せん、ひっく、から……。ただ……、」
「ただ?」
「……」
どうしよう?って一瞬躊躇ったけど、どうせ……、
「ズズッ、どうせ明日には分かっちゃう事だし、まあいいか~」
私は泣いたせいでグショグショになった顔を御手拭きで拭って、ズルズル出てきた鼻を啜って店長(らしき人)に、
「ライブで電撃発表があったんです!今年の七夕の日に入籍するって!!!」
そう訴えた。
「へぇ~?因みに誰?」
「ミルキーウェイのベガ君ですよ~!」
すると初めて店長(らしき人)は興味を示した。
「えー、マジで~?因みに相手は誰?有名人なの?」
「それが!みんな納得いかなかったって言うか~、絶対店長さん(←勝手に決定)だって信じられないですよ!」
店長(決定)さんは、目を丸くして、
「えっ?誰なの?」
と私の剣幕にちょっとたじろいでいる。
「うさぎ倶楽部の白兎イナバ!!!」
「「ええっ!?!?」」
すると何故かどこかから聞こえてきたもう1人の声と店長(確定)さんの声が被った。
私達が驚いて声がした方を見ると、
「おい、今何て言った?」
私の後ろの席で、こちらも独りで飲んでいるらしいサラリーマン風?な若者が、私に掴み掛かりかねない勢いで、私の椅子の方に身をのりだして来た。
「な、何ですか、あなた?」
背広は着ているが、こんな時間に、表情も判らないような真っ黒のサングラスをかけている。そっち系?の危ない方でも十分に通用する身なりだ。
私が思わず狭い椅子とテーブルの間を奥に逃れるように体をずらすと、
「今、何て言ったって訊いているんだ!!」
とまだ噛み付いてくる勢いなので仕方なく、
「ミルキーウェイのベガ君とうさぎ倶楽部の白兎イナバが結婚するんです!」
「はぁ?!お前いい加減な事言ってるんじゃねぇよ!イナバちゃんまだ17だぞ!だいたいよりによってミルキーウェイ?何であんなチャラ男!イナバちゃんは超才色兼備の優秀な娘なんだぜ。あんな奴と結婚どころか付き合ったりするわけねぇだろう!?つまんねぇホラ吹いてるんじゃねぇよ!」
「今日ベガ君本人がライブでそう言ってましたからホラなんかじゃないです!正式発表は明日らしいですけど。っていうか、それはこっちのセリフです!あんなB級オタク系アイドル、ベガ君と並んでるところすら想像出来ないんですけど!!べ、ベガ君がよりによってオタクだったなんて~!!!うわぁ~!!!」
「お、お客さん~、泣かないでよ~。何かピンとこない二人だから、すぐに別れちゃうんじゃないの~?何て言うかお互い違う世界を覗いてみたかった、みたいな?」
「マスター(急にバー風?)いい事仰いますね!さすが年の功!」
「イナバちゃんがそんなアホなわけねぇだろう?もしお前のホラじゃねぇんなら、あの助男に騙されてるに決まってる!そうじゃなきゃ、助男の勝手な妄想で言ってるんじゃねぇの?」
「ちょっ、何よさっきから助男、助男って!」
「助べえな男の助男だよ」
「そっちこそ、嘘つき因幡の白兎じゃないのよ~!」
「ちょっと~、店で大声でケンカしないでよ~」
「黙ってて!」
「うるせぇ!」
「はい、すみません・・・」
「ねえ、それじゃあさぁ、いい事思いついちゃった。お客さん達も付き合っちゃえば?」
「「はぁ?」」
「だってそうでしょう?お客さん達お互いに、ベガとイナバのファンなんでしょう?その二人が結婚するって事はよ、もしかするとそのファン同士も上手くいくんじゃないかしら?」
「そんなわけ無いでしょ!」
「そんなわけねぇだろう!」
「ほらぁ、息もピッタリじゃない!よし、そうと決まれば、ちょっと待ってて」
マスターは意気揚々と私が飲み干した梅酒のカップを手にカウンターの中に下がって行った。
「はぁ~?ちょっと待てよ。勝手に決めてるんじゃねぇよ!」
「そうよ、誰がこんな兎オタクと上手くいくですって?」
マスターが行ってしまって、狭いお店ではあるけれど、この突然乱入して来た兎オタクと二人きりになってしまってかなり気まずい。
今、この店内に他にお客さんは居ない。しかも何故か、凄く兎オタク男の視線を感じるんですが!
私が仕方なく食べに徹しようと思って、おつまみに頼んだ焼き鳥に手を伸ばすと、私が取ろうとした最後の一本が誰かに先に取り上げられてしまった。私が鬼の形相で焼き鳥を掴んだ手から視線を徐々に上げて行くと、今正にそれを口に運ぼうとしている、何故かいつの間にか私の向かい側の席にちゃっかり収まっている兎オタク男が居た。
「ちょっとぉ!それ私の焼き鳥なんですけど!しかも何勝手に座ってるのよ!」
「いいじゃねぇか、どうせ俺達これから付き合うんだろう?」
兎オタクは私を見て口角を上げてニヤリと笑ってそう言うと、焼き鳥に齧りついた。
「はぁ~?いつ付き合う事になったのよ!あんただってたった今、『そんなわけねぇだろう!』って自分で言ってたじゃない。自分の席に戻りなさいよ!」
「気が変わった。いいぜ、付き合ってやっても、結婚前提に」
「はぁ?何言ってるの?やっぱりあんたこそチャラ男じゃない!だいたい何よ、付き合ってやってもって。誰があんたと付き合いたいって言いました?ふざけるのもいい加減にして!誰があんたみたいな兎オタク男なんかと」
そこへ、
お盆を持ったマスターが、こちらは何故か嬉しそうに戻って来た。
「お待たせ~。あらっ、やっぱり早速意気投合しちゃって!今気が付いたけどスッゴくお似合いだわよ、お客さん達」
「ちょっといい加減にしてください。マスターが変な事言うから、この人勝手にここに座り込んじゃって、迷惑なんですけど!何とかしてください!」
「まあまあまあ。堅い事言わないで、取り敢えずこれでも飲んでよ」
マスターが、用意して来たお猪口を、兎オタクの前に置いた。
「何だよこれ?俺、頼んで無いぜ?」
「奢りよ、奢り。今日入ったばかりの濁り酒。私からのお祝いだから気にしないで。今日は空いてるし特別よ!」
言ってるそばから、もう兎オタクが一気に呷っている。
「旨い!」
「でしょう?良いお酒なんだからもっと味わって飲んで欲しかったけど、まあいいわ。じゃあ次はお客さんに、はい、どうぞ」
「えっ?何でお猪口一つしか無いんですか?」
兎オタクがたった今呷ったお猪口を軽く拭いただけで私に廻されたお猪口に軽く引いた。
「ごめんなさい、洗い物減らしたいし、ねっ、今ちゃんと拭いたから大丈夫よ。さぁさぁ、ぐぐっと空けちゃって」
私はもう半ばやけになって、目の前に置かれたお猪口をパッと手に取ると、グビッと一気に飲み干した。
「ハァー」
「うわぁ、さすがライブ帰り、いい飲みっぷり!」
「美味しいけど、喉が焼けそうです。これ結構くるかも~」
パチパチパチパチ。
私が顔を顰めて堪えていると、何だかマスターが横で手を叩いて喜んでいる。
頭がカッカして爆発しそうだったけど、怪訝に思って左目だけ開けてチラリと横に立っているマスターを見上げると、
「結婚おめでとう!」
とマスターが言った……。