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手を振る編みぐるみ

作者: 一氿

テーマは『繋がる今と昔』!爽やかに言ってみたけれど、実態は昔の黒歴史の続きを書いただけ。私の黒歴史はどうしてこうも途中止めが多いのだろうか?

ちなみにこれの仮題名は『しょっぱい話』でした。相も変わらず、ネーミングセンスは迷走している。

 部室につくと、後輩が号泣していた。なんでも失恋したらしい。

「あ…あんまりだよぅ。あんな振り方…ひっく、ひ、ひどい…。ううぅ」

 涙どころか鼻水をたらしたまま、ぼろぼろと無く様は情けない。女子のくせにハンカチを持ち歩かない彼女は、ブレザーの裾をぐっしょりと濡らしていた。そんなもので拭くものだから、目元も真っ赤である。

「えっと…」

 流石にかける言葉も見つからず、扉の前で立ち止まっていると、いつの間にか高良が来ていた。

 高良鈴菜は僕と同学年の背の低い女子である。常時テンションが低い。

 僕の脇を通って、部室の席についた。

 ちなみに泣いている後輩は杉本ちい。陸上部と兼部しているためか、我が部への顔出しは最小限だ。

 それはともかく、僕も高良を見習って、音を立てず椅子についた。何であれ、恋愛ごとに関わるとろくな事がありそうに無い。そっとしておいてやろう。別に仲良く無いから、関わりたく無いというわけでは…ある。

 そう思って、本日の部活動を始めた。手芸部の道は長い。作りかけのぬいぐるみの足の部分を縫う。やっぱりぬいぐるみはベタだけど、熊がしっくりとくる。

耳の部分を調節していると、突然杉本が僕に話しかけて来た。

「先輩…三組の千津先輩知ってますか?」

 突然の質問に驚いて狼狽した。杉本が小さい声で『キモ』と言っているのが聞こえた。

 針が指に刺さったが気にしない。日常茶飯事だ。

「ち…千津?あの…ごめん。三組にはあんまり知り合いいなくて…あ、でも」

「ふーん…そうなんですかー」

 顔ぐらいなら知っているかもしれない、と続けようとしたが、僕のその言葉は鈴本のふてぶてしい声に遮られてしまった。

「千津先輩は、サッカー部で9番のエースです」

「は、はあ」

 サッカーのエースは十番では?なんて野暮なことを言ってはいけない。指の怪我から赤い液体が染み出してきた。予想以上に深く刺してしまっていたみたいだ。指をなめると、杉本が気持ち悪そうな顔をしていた。

「結構、モテるんですけど…本当に知らないんですか?」

「う、うん。ごめん…」

 懐疑的な顔で見てくる杉本に困惑しながら、僕は首を横に振った。同学年を一人知らないぐらいで、そんな顔をしなくても良いと思う。

「まあ、先輩縁なさそうですもんね」

 杉本は嘲笑を浮かべて、爪をいじりだした。

「今日、その千津先輩に告白したんです。ラブレター書いて、校舎裏に呼び出して」

 話を聞いている間も、指の血がじわじわと出てきたので、鞄の中から絆創膏を探す事にした。片手で探るのは、なかなか難しい。

「…ちょっと、ちゃんと聞いてますか?あたし、これでも真剣なんですけど?」

「ご、ごめん。ちょっと待って」

「興味ないから、不真面目に聞くって良く無いですよ?すんごく印象悪い」

 苦戦していると杉本に、怒られた。ひどく軽蔑した顔で睨んできた。しかしティッシュで押さえようにも、ティッシュも鞄の中だ。それなら絆創膏を見つけた方が良い。

 やっとのことで絆創膏を見つけ出した。指に貼って一息つく。

「ごめん。続けて」

 律儀に待っていた杉本は、『はあ』とため息をついて話を再開した。

「で、告白したんです。あたし、このために本当に頑張って準備してたんです。ラブレターの文だって、ネットでいろいろ調べて、良い言い方考えたし。告白だって、いろいろ考えたし。練習とかだってしたし。髪だって美容院行って整えて、先生にバレない限りで化粧もして来たのに!」

 次第に杉本の声は激しい感情のこもったものに代わり、その目からは再び涙がこみ上げてきていた。

「それなのに『ごめん無理』って。『俺、好きな奴がいるから』って!信じられない!」

 いや、僕には十分に信じられるのだけど、なんてことは言ってはいけない。余計刺激してしまう。

 とりあえず、分かったフリでもして慰めようと僕は慌てて口を開いた。

「そ、それは辛かったね…」

「分かったような事言わないでください」

 言わなきゃ良かった。すぐに後悔した。

 杉本は憎々し気に僕を睨んできた。

「どうせ先輩、彼女いないでしょ?付き合った事もないですよね?告白されたことも、した事も!恋も知らない人間にそんな事言われたく無いんですよ!」

 杉本の言う事は、棘はあるけど、間違いは無い。僕は黙って、杉本の言葉を受け流した。作業再開したいけれど、どうせ怒られるので止めておく。高良の方を見ると、着々と編みぐるみが完成に向かっていた。編み針が動くたびに制作途中の熊が動いて、まるで手を振っているようだった。かわいい。高良の編みぐるみは熊が一番可愛いと思う。特にツキノワグマ。

 そんな事を思っていると、頬を叩かれた。

 目を白黒させて、杉本を見た。

 そのあと動揺して周囲を見渡したけれど、僕の近くには杉本しかいなかった。

「私の気持ちなんか、分かんないくせに!」

 まさか手が出るとは思わなかった。後輩からビンタをくらった僕は、暫くの間理解出来ずに混乱していたが、だんだんと落ち着きを取り戻していった。

 そうか、叩かれたのか。頬は脈を打つ様に痛みを僕に訴えてきた。紅葉とか出来たら恥ずかしい、とまず最初に思った。

 知った被った代償としては、大きい様に思えるけれど、勉強料という事で納得しよう。まだ、はやる心臓を落ち着かせようと、僕は声に出さずに茶化した。

 それにしても自分がこんな修羅場みたいな体験をするとは思わなかった。杉本を見ると、親の仇でも見るかの様に僕を凝視している。逆鱗でも触ったかと思うほどの、憤慨ぶりについほれぼれとしてしまった。

 ともかく失恋後の後輩(特に杉本)の話の途中はよそ見をしない、ということを心に刻む。あと、しったかぶりもよくない。

 これ以上、分かったフリをすることは危険であるのは必至である。

 しかしもうどうしようもないところまで来てしまった気がする。気は進まないし、悪いとは思いながら、高良に救いを求める視線を送った。高良とは、かれこれ半年、同じクラス、同じ部活で過ごしている。世間話ぐらいには迷惑そうな顔をしながらも付き合ってくれるのだから、こんなちょっとしたハプニングでも手を差し伸べてくれる…と信じています。

 目線があうと、高良はすごく嫌そうな顔をした。僕の心の中にも、巻き込んでしまう罪悪感が浮かんだ。

 それでも高良は、ため息一つつくと席を立って、杉本の前に進み出た。

「…何?」

「…三組の千津君って…千津颯太君のこと?」

「そうですけど?…高良先輩には関係ないですよね?」

「…そうね。でも…笹部君も関係ないと思うわ…」

 高良と杉本は無表情で睨み合った。

 永遠に続く様にも思えた沈黙は、杉本が口元を緩ませた事で途切れた。

「何がおかしいの?」

 高良の険のある口調に、杉本は余裕のある態度で返した。

「高良先輩は、千津先輩のこと知っているんですね」

「…それが何なのよ?」

「いえ、別に。ただ、先輩もやっぱりそういうことにはちゃんと興味あるんだなー、って。まあ、無理だけど」

 高良は目を白黒させていた。杉本の豹変ぶりともそうだけれど、話している内容も咄嗟には理解出来なかったのだろう。

「こんな暗い女、千津先輩はお断りだと思いますよ?」

 杉本のその言葉で、高良はやっとその意図を察する事が出来たようだ。

「…私が、千津君に気があるとでもいいたいの?」

「違うんですか?」

「…違うわ」

 顔を真っ赤にして、高良は否定した。憎々しげに背の低い高良は杉本を見上げるが、杉本は勝ち誇った顔で高良を見下ろしていた。

「…笹部君、帰りましょう。こんなの付き合うだけ無駄よ」

「逃げるんですか?」

 杉本の馬鹿にした言葉に、高良は彼女を睨みつけたが、僕の腕を取って、不機嫌そうに引っ張った。

 僕はどうすれば良いか分からず、二人の顔を見比べた。結局、鞄を取って、高良の促す通りに部室を出る事にした。

 それにしてもどうして杉本はあそこまで強気だったのだろう。失恋したって言うのに…。

 部室を出るとき、振り返った先にいた杉本はまるでサバンナのメスライオンの様に、高慢そうな様子で化粧を直していた。

 いつもより幾分か乱雑に扉を閉めると、高良は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「…えっと、杉本さん元気になったみたいで良かったね」

「…そうね」

 気まずくなって、話しかけると高良はぽつりとそれだけ返した。

「それにしても…えっと、高良は杉本の告白相手と知り合いだったの?」

「別に。名前を知っていただけよ。それがどうかしたの?」

「え、いや。意外だなって思って」

「そう」

 会話も続かず、無言のまま廊下を歩いた。なんとなく窓の外を眺めるとグラウンドの様子が見えた。どうやらサッカー部が練習をしているらしい。

 ふと、引っかかりを覚えて僕は立ち止まった。

「どうかしたの?」

「え、あ…ここからグラウンドが見えるんだったら、部室からも見えるんじゃないかなって思って」

 僕らの部室は角部屋で、ちょうどグラウンドを覗くには絶好の位置にあるように思えた。廊下からよりも隠れてみるにはベストスポットだろう。まさか、と少し嫌な考えが頭によぎった。

 まさか杉本はその千津先輩とやらを覗くためだけに、手芸部に入ったなんてことは…。

 高良も同じような考えに至ったのか、少しだけ眉を顰めた。

 決めつけるのは良く無いけれど、僕はどうしてもその考えを拭いきる事が出来ず、なんだかとても不快な気分になった。頬を叩かれたときよりも、なんだか馬鹿にされたような気になった。

 不意に、高良が口を開いた。

「…千津くんとは一年の時同じクラスだったのよ」

「あ、そうなんだ。だから名前を知っていたんだね」

「何度か話した事もあるわ」

 無表情に淡々と高良は語っていたけれど、なぜか僕は少し胸が痛んだ。

「…千津くんってそんなにかっこいいの」

「え?…あ、まあ、そうね。たしかに人に好かれそうな人ではあったわ」

「ふーん。…杉本の言う通り、僕には縁のなさそうな人だな」

 自分の口調が拗ねたようなものになったのに驚いた。僕はなんだってそんなことを気にしているのだろう。

「…そうね。そうよね。千津くんと笹部くんに接点はないわ。共通点もない」

「…それって、遠回しに僕の事を否定しているのかな?」

 高良がどこか嬉しそうに断言したので、僕は尚更落ち込んだ。でも、高良は首を振った。

「違うわ。安心したのよ」

「…よく分からないんだけど」

「一生分からなくて良いわ」

 なぜか高良はさっぱりとした様子で、それがますます僕を混乱させた。しかし、いつも仏頂面をしている高良にしては、表情が柔らかくなっていて、これでいいかと思ったりもした。

「…でも、笹部くん。あなた千津くんの事知ってるわよ。名前は覚えてなかったみたいだけど、顔は見た事あるはずだわ」

 高良は唐突にそう切り出すと、窺うように僕を見た。僕は記憶を掘り起こしてみたけれど、やっぱり千津と言う名前には心当たりがない。

「えっと…そんなに有名な人なの?」

「どちらかといえば、知っている人は多いとは思うけれど…。そうじゃなくて…千津くん去年は図書委員だったの。笹部くんもそうだったでしょ?」

 違ったかしら、と言いたげに高良は自信なさげに首を傾げた。

 図書委員…、たしかに僕は去年図書委員をしていた。 

 さすがにそこまで言われると、いくつか心当たりも出てきていた。もしかしてと思い、僕は先ず最初に浮かんできた去年一緒に企画展示の作業をした男子生徒の特徴を高良に言ってみた。

「やっぱり知ってたじゃない」

「そう言われても、千津くんとはあれっきりだし。名前だって聞かなかった」

「でも、千津くんはあなたのこと知ってたわよ」

「流石。あれだけだったのに、名前を覚えてるなんて社交性高いなぁ」

 関心してそう呟くと、高良は呆れたようにため息をついた。どこか憂鬱そうなのはなぜだろう。

「…私、千津君の好きな人知ってるのよ」

「えっ?」

 高良は苦々しい顔で、僕を見上げた。

「笹部くんには絶対に教えないけど」

「何それ」

 僕の中には先程まであった鬱々した気分は腫れていて、高良の言葉もその様子もおかしく感じた。

 生徒玄関で靴を履き替えて外に出ると、外は夕日に染まっていた。もうこんな時間になっていたのか。

 高良と僕は帰り道が違うので、挨拶をしようと振り返ると高良もこちらを向いていた。

 こうやって向き合ってしまうと、別れを言うのだけでは味気ない気がして、僕は思いついた事を口にした。

「杉本、明日も部活来るかな?」

「…さあ?」

 僕の言葉に高良は一瞬言葉に詰まったようだった。

 僕は真面目な顔をして、高良に話しかけた。

「…高良」

「何?」

 高良の口調は堅く、身構えているようだった。

「杉本には高良から謝った方が良いと思うよ」

「何で?」

 眉間にしわを寄せて、面白くなさそうに高良は言った。なんで私が、と言いたげだった。

 その様子がどこか子供っぽくて、つい口元が緩んだ。

「高良の方が年上だから」

「…笹部くんって、たまにおかしな事を言うわよね」

「おかしくないよ。同じ部活なんだから、仲直りするのが当たり前だろ」

「そうかしら」

「そうだよ」

 高良はまだ何か言いたげで、不満げで、暫くの間僕らは顔を見合わせていた。けれど高良が顔をそらして、その短い間の無言の押し問答は終わりを告げた。

「明日…、来てたらね」

「来てるよ。頭が冷えたら、杉本は今日の事を気にするから」

「…なんでそう思うのかしら。今日はやけに前向きじゃない」

「そうかな?…そうかも。なんかすっきりした」

「ふーん」

 杉本に抱いていた苦手意識はまだあるけれど、なぜか今までにみたいに絶対に分かり合えないって気にはならなかった。今なら、それなりに世間話が出来るような気もしていた。

「…それじゃあね、笹部くん」

「うん。また明日、高良」

 手を振ると、高良は小さくだけど手を振り返した。


 小説投稿も慣れてきた気がします。

 今回の作品は手芸部が舞台でしたが、私自身は文芸部の所属でした。だから書いた小説を見てもらうというのには、さほど抵抗がないです。しかし部誌は数が限られていたものだったので、不特定多数の人に読んでもらっているという感覚がどうも不思議です。

 それはともかく前書きでも書きましたが、途中止めの黒歴史が山のようにあるので、これからはその供養をしていきたいと思います。そもそもちゃんと完結させていたのは、前回前々回上げた二編だけでした。どういうことだろう。


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