人知れず 碧く佇む 初夏の山 夏の深きに 幼少の夢
「昔、大きな飢饉があった時の事じゃった。
「その年の夏は乾き、米は疎か作物は何も穫れず、集落は飢えに苦しんでおった。
「ある日の、明朝のことじゃったろうか...
「集落を、一匹の白い狐が訪れた。
「飢えた人々は、我先にとその狐を喰わんとした。
「しかし狐は俊敏な動きで櫓に登ると、たちまち人に化け、民衆に語りかけたのじゃった。
「少々おかしな言葉使いではあったがの。
「まるで人間が[狐の仮面]を被ったような容貌。
「額には、赤い十字が煌々と、まるで光を放っているかのようじゃった。
「その狐は、声高に、集落の人々にこう仰った。
「ィヒヒ。我コソハ稲荷ノ権現ナリ。力ヲ失ッタ山ノ神ニ代行シ、コノ集落ニ豊穣ヲモタラソウゾ。」
「言うや否や、集落の上に雲が集まり、雨が降り出したのじゃ!
「草木はまるで生き返ったかのように碧を持ち、山からは雉の鳴き声が聞こえるようになった。
「集落は危機を逃れた。
「長が礼を申し出ると、稲荷さんは自分の社を立て、収穫を奉るように仰った。
「稲荷さんは今でも、集落に豊穣を齎しておる。
「稲荷さんは、儂等の味方じゃ。
「だから助六や、何か願いがあれば、丑の刻に稲荷さんの社を百度訪ねなさい。
「そうすれば稲荷さんが、願いを聞き届けてくれるやもしれん。
「ただしその間、誰にも見つかってはいけないし、言葉を発してはいけないよ...
「稲荷さんがびっくりして、出てこなくなるそうじゃからのお。
「ふぉっふぉ、俄かには信じ難い話じゃろうがの...




