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エピローグ

「え? ちょっと……スライムを飲んだりは私できないので」


『いえね! そんなことはしないですよ! ちょっと待って! お嬢さん!?』


 手を伸ばしたくても手足がない。妖精を模したプレイヤーの姿はこういう時むなしい。


 だからというわけではないのだろうが、スカウトは失敗する。


 いや、失敗し続けているというのが正しいか。


 俺は、未だゲームを続けていた。


 おじさんは、お姫様と今後の事を話し合うと、メンバーを脱退。


 男の門出である。何も言わずに賞金のほとんどを渡して、俺はおじさんと別れた。


「仕方がないとはいえ、早まったかな?」


 結果俺のメンバーは、リッチとなったスケルトンと、消化を終え普通サイズになったスライム。そして新メンバーを勧誘するのは今や邪神と名高い、妖精ボディが一匹。


 そうなってしまうと、もはや女性キャラどころか、男性キャラすら神の威光をもってしても逃げ出される始末。


 割と絶望である。




「というわけで……何かいい案はないですかね?」


「……えー」


 俺が尋ねた受付センターのカウンターには、笑顔ながら若干見下した態度の担当のお姉さんがいた。


 気まずい。


 まさかまだ受付をやっているとは思わなかった。


「なんで、まだ受付やってるんです?」


「趣味なので」


「そうなんですね……コスプレがですか?」


「コスプレも趣味です」


「そうですか……似合ってますよ」


「ありがとうございます。ではこちらからも……先日はなかなかしびれる台詞で楽しみにしていたのに、戦う前に助言を求めに来ますか? 次会う時が決戦なのでは?」


 お姉さんの容赦のない指摘に俺は顔を背けた。


「言わないでください。まさか知名度が上がって、スカウトが難しくなるなんて思わなかったんです。スライムを……呑ませたのが悪かったのか? それとも数々のトラップがえぐすぎたのか?」


「まぁ、もろもろ総合的に邪神として大成してしまったのが悪かったんでしょうね」


「……邪神として大成したって、そんな上がったんだか下がったんだかわからないこと言わないでください」


「いいじゃないですか。名声だろうと悪名だろうと轟かせるチャンスは生かしましょうよ」


「……どうなんですかね?」


 少なくとも、邪神の名前を不名誉だとは思っておきたい。


 あきれ果てたお姉さんの視線は痛かったが、ここまで来たのだ。


 交通費の分元を取ろうと俺は耐えた。


 すると彼女は根負けしたのか透明のディスプレイを俺の前に表示した。


「ですが。まぁたしかにこのまま人間のキャラクターが一人もいないのはつらいでしょう。モンスターだけでパーティを組んでいるプレイヤーも多いですが。そう言う方々も、人間との契約が皆無というわけではないですし」


「そうなんですか?」


「はい。やっぱり普通の町で買い物したりするには人間キャラの方が動きやすいですから」


 お姉さんの言うことは確かにその通りで、対戦用のメンバーとは別に人間キャラと契約するという事自体はメジャーであるらしい。


 思い返してみると俺も買い物する時などは、おじさんに頼むことが多かった。


 そして見かねたお姉さんが薦めてくれた提案は実に歓迎すべき申し出だった。


「貴方にはご迷惑かけてしまいましたし。こちらで、オープニングの時に使ったスカウトやってみますか? やっぱりセンターでやると成功率も違いますよ?」


「それって、おじさんを最初にスカウトした奴ですよね!」


「そうです。実はここだけの話……ぜひ貴方をと言っているキャラクターもいるのですよ。やはり知名度が上がるっていうのもまんざらではないですね」


「ほ、本当に?」


「もちろんですとも。そういうこともあります。じゃあちょっと待っていてくださいね? さっそく準備しますので」


「は、はい! よろしく……」


 妙に手際よく進めてくる受付のお姉さんに促され、俺は画面に向かい合う。


 前回は相当待たされたが、今回はそう時間を置くことなく、画面の向こうに相手は現れた。


「さて今回の相手はどんな人かな?」


 顔を確認する。


 だがその瞬間俺は、感動で腰を若干浮かせた。


 そこには凛々しい表情の女性キャラの姿が確かにあったのだ。


 しかも美人だ。それもものすごい美人だった。


 彼女ならそのまま大作RPGにも出演できるに違いない。


 本来であるならば即契約したいところだが、しかし俺を思いとどまらせたのはその顔に見覚えがあったからだ。


「あれ? 貴女ひょっとして、あのお姫様じゃ……」


『貴方が邪神様でしょうか? そうです。貴方様に助けていただいた者です』


 間違いない。彼女はおじさんが助け出した、お姫様であるらしい。


 どうやらあの後、きちんと人間に戻れたようだ。


 しかし気になるのは、彼女が今ここにいることそれ自体だった。


 俺ははっとして顔を上げる。


 するとニヤニヤと笑いながらこちらを見ていて、そして俺が視線を向けた瞬間、わざとらしく口笛を吹く、受付のお姉さんがいた。


 また計られた! 


 そして名指しの意味も理解する。考えてみればもはやそれは自然の成り行きとでも言うべきなのかもしれなかった。


 俺は軽く嘆息して、お姫様に訊ねた。


「えーーーーと、何でここにいるんでしょうか?」


 すると件のお姫様はその場に跪いて頭を垂れたのだ。


 神様に対する礼なのか、ゲームの趣旨としては間違っていないが、どうにも落ち着かない。


 お姫様はそこから、やはり神様に接する様に話を始めた。


『はい。実は偉大なる邪神様に、お願いのがありまして参上いたしました』


 ここで俺のいやな予感センサーに反応した。


「そうなんですかー」


『はい。それで詳しくは、こちらの者が説明するということなので、どうか話を聞いてくださらないかと』


「ハハハハ、そんなにかしこまらなくてもいいってば。僕らもう友達さ」


『そんな! 一度は費えたこの命、つなぎとめてくださったと聞いています! ならばこの命! その恩義に報いて邪神様に捧げる覚悟です』


「んー……そっかそっか。うんわかった。それじゃあ説明してくれるって人に早速変わってもらっていいかな?」


『は、はい! 話を聞いていただけるのですね!』


「うん。聞くとも」


 俺はひとまずOKする。


 するとお姫様は感動に打ち震えているというように、瞳を潤ませていたけれども、こっちからするとただ単に面倒そうだとそう思っただけである。


『聞いていた通り、本当は慈悲深い神なのですね! それではすぐに変わりますので!』


 この後出てくる顔は大体予想できた。


 面倒くさそうな話は、知り合いから聞いた方がいくらか腹を割って話せるだろう。


 そして当然、その後に出てきた見知った顔に向かって、俺はひとまず挨拶しておいた。


「やっほー、ケビンおじさんじゃないかー。なんでこんなところにいるのかなー?」


 思ったより棒読みになる俺の台詞。


 前よりもなぜかきっちりとした執事風の服装をしたケビンおじさんは、引きつった愛想笑いを浮かべていた。


『そう言わないでください、我が神よ。これでも相当に気恥ずかしいのですよ』


「……引退したんじゃなかったの?」


 まじめな話し、俺は訊ねた。


 そのために賞金のほとんどを選別として持たせてあげたというのに、こうやってまた冒険者をやりに来ているというのだから不思議である。


 するとおじさんはそっと視線を逸らし、わからない程度に息を吐く。


 どうやらわけありの様である。


『ええ、まぁそのつもりだったんですが。少々事情が変わりまして。私もね? 正直田舎に小さな家でも買って、余生を静かに暮らしたいなとは思っていたのですよ? 暖炉のある家です。小さな庭もあるといいですね。犬を飼ったりして』


「……未練があることはよくわかったけど。いったい何があったのさ?」


『それは、姫様がですね。母国を再建するとおっしゃるもので……』


「母国を……再建?」


 これまたどでかい野望が出てきたものだった。


 俺は画面のこちら側で言葉を失っていると、おじさんが続きを説明し始めた。


『はい。それでまぁ。老後の家ならともかく、建国などもらった資金で足りるわけもなく――そこで手っ取り早く資金を手に入れるのなら、神と契約するのが一番だと……姫様はどこからか、耳にしたようでして……』


「な、なるほど。いや、事情はわかったけど。またそれは突飛な話なんじゃないか? そもそもなんでそんな面倒くさいこと言い出したのさ? あのお姫様自分がどんな目にあったか覚えてないの?」


 姫様だって、長いことモンスターをやっていたという感覚に違いはないだろうに?


 少しは休もうと考えそうなものだが、おじさんは沈痛な面持ちで答えた。


『まぁ簡単に言えば。覚えてませんでした。姫様の記憶は消えた直後のままだったんです』


「あぁ。若い時の? っていうか年齢すらそのままだもんね」


『はい……。血気盛んと言いますか。情熱的といいますか。とにかくです、知らずに過ぎた時間の中で失ってしまった目標を別の方向に向けたというような感じでしてな。このまま目標の喪失ともなれば、あまりよいこととも思えませんし』


 なんともいえない悩ましい表情のおじさんの苦悩は、語り口調と内容で、推して知るべしと言ったところだった。


「ああ……それでおじさんとしても引くに引けないと。いやしかし、それで建国というのはちょっとなぁ」


 いくらなんでもそれはという感じがぬぐえないわけだが、おじさんもまた無茶だということは態度を見るとわかっているだろう。


 これまでの戦いで、神がそうむちゃくちゃな存在でないと、いやというほど理解しているはずである。


 しかしおじさんは画面に近づいてきて小声でささやいた。


『……ひとまずでいいんです。どこまでやれるかわからないのは十分承知しています。ですがここは我が神のお力で希望を与えてくださればと思いまして』


 口調こそ穏やかだが、目が必死だった。


 俺は唸る。


 さすがに本来ならゲームのジャンルが違いすぎる要求で、すぐさまOKできるわけもない。


 わけではないが……俺とて再びおじさんと出会えたことがうれしくないわけではない。


 そして一緒に苦楽を共にした友人を無碍に扱うのもためらわれるわけなのだ。


「……最悪、途中で消えて音信普通になる可能性もあるけれど、それでもいいなら」


『……はい。こちらも退職金をいただいて、戻ってきた身です。この際贅沢は言いますまい』


「じゃその線で」


 ああ。引き受けてしまった。


 すぐさまおじさんは、姫様に声をかけた。


『姫様。話は付きました。我が神にはご了承いただけたようですよ?』


『本当ですか! さすがです! 本当にケビンには迷惑をかけてばかりだ!』


『ハッハッハ。よろしいのですよ姫様。このくらい当然ではありませんか。あの時の姫様がいたからこそ、今の私があるのですから』


 おじさんはあくまで余裕の態度で、姫様の前ではきりっとした老紳士を気取っていた。


 こっちはさっきまでの実は不満がある様子など微塵も見せないおじさんに、思わず笑ってしまいそうになった。


 このかっこつけめ。やはり憧れの姫様の前でいい格好がしたいようである。


 こういう辺り男はいつまでたっても変わらないものなのかもしれない。


 俺はあきれ半分、そして楽しみ半分で二人の会話を聞いていた。


 だがまぁいい。


 予想もしていなかった展開だが、これはこれで悪くなさそうである。


 今まで張り詰めていた分、新たな目標は十分モチベーションを保てそうな物だった。


「いいさ……はぁ、でも建国か。とことん俺はRPGをやれない星の巡り会わせなのかな?」


 思わず呟くと、受付のお姉さんが言った。


「今度は建国シミュレーションですか? まぁそういうプレイもなくはないみたいですよ?」


「そうなんですか?」


「はいもちろん。こっちの世界でできることはすべてできる。それがこのテラ・リバースですから」


「こっちでも、建国なんてそうやることじゃないと思うんですけど?」


「いえいえ、人間の歴史で見れば、ありふれたことではないですか? ゲームにしても未だに人気のあるジャンルだとも思いますし。やりこみがいもあるでしょう?」


 お姉さんは気軽に言ってくれるが、それはまた、根気入りそうな話である。


 だがそこにあるゲームをやりこむのもゲーマーの性というものだろう。それはよく理解できる。


 俺は思わずこんな台詞を漏らしていた。


「深いな……テラ・リバース」


「はい。では……存分にお楽しみください」


 受付のお姉さんはこうしてまた俺をテラ・リバースの世界に深く招き入れる。


 テラ・リバース。


 それはもう一つの地球のようであって、やはり違う裏側の地球のお話。


 今ではもうチープだなんて思えないけれど、それは悪いことじゃない。


 そんな世界で俺、社 真志と愉快な仲間達の冒険はまだ続く。


 まったく、問題という奴は一つ片付けても次から次にやってくる物らしい。それもまたゲームの醍醐味といったところなのだろうか?


 俺はひとまず――まぁ念願の女性メンバー加入をもう少し喜んでおこうと契約のボタンを押す。


 さしあたって、この契約を結んだことで発生する問題もあるのだからなんとも言えなかった。


 さて……メンバーが四人になってしまったが、誰に抜けてもらおうか?


 こいつはまた頭の痛い問題だった。


ちょい足しのエピローグです。

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