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「詳しく話すとゲームの成り立ちから説明した方がよさそうですね」
ただ、お姉さんの話の冒頭は随分関係なさそうなところからであった。
俺は首をかしげる。
「それは、みんな知ってるでしょう? 地球シミュレーションとかいうのが失敗してこんなになったって」
「まぁ表向きはそうです。でも実はそうじゃなかった、なんてよくある話でしょう? 地球シミュレーションは成功していたんですよ。しかもほぼ完ぺきな精度で」
「―-はい?」
俺は聞き返す。
確か今の今までゲームの話をしていたと思ったら、なんか妙な話になった。
言葉に詰まる俺に、まるで世間話でもしているように楽しげにお姉さんは話し続けた。
「そうなんです。地球という星のデータを完全にデータとして再現してみせちゃったわけです。本当に奇跡的にですよ? 例えば、今まで来た天災はもちろんのこと、未来に起こるはずの天災までもうすでにわかっているって言ったらその凄さがわかりますかね? 地質も完全に再現されているから、深い海の底や人が入れないような場所に眠る鉱物資源の場所すらも簡単にわかるくらい正確なんですから、その価値は計り知れません」
「……ほんとですかー?」
思わず疑惑の入り混じった返事をしてしまったら、お姉さんは頬を膨らませた。
「あ、信じてないですね? もちろんトップシークレットですけど。始まりがおふざけでも設備は最新鋭でしょ? 世の中が注目しないわけがないんで、何かしら結果を公表する必要があったんです」
「それが……このゲーム?」
「そうですよ。急きょカモフラージュを作ることにしたわけですね! データをコピーして、公表するためのデータを別に作りました。それがテラ・リバースです。あんなトンチンカンな物が全世界的に出回れば、情報の信頼性は下がります。でも今でもその奇跡的に成功したシミュレーションは未来を予測し続けているわけなんですよ」
「は、はぁ。えーっと……それがお姫様の話とどうつながるので?」
話についていけずに、思わず止めた。
お姉さんはあくまで楽しそうに俺をからかうように言った。
「おやおや。せっかく国家秘密級の面白い話をしてあげてるのに、反応悪いですよ?」
「え? ちょっとまって? 今の話ってそんなにやばそうな話なの?」
「まぁ。他所で話さないのが身の為です、事故が起きたら大変ですので」
「マジでそんな話をしないでください……それで?」
イラッとしたが先を促す。
まぁまぁとお姉さんは俺をなだめ、手元に3d端末を取り出すと、お姫様のデータを浮かび上がらせて俺に見えるように机に置いた。
お姉さんはその画面を指差したながら言った。
「慌てないでくださいよ、ここまでが前置きです。要するに私のキャラクターだった魔神はですね、このお姫様がゲームにする時のデータ改変に巻き込まれたものなんです」
内心次は何の話をされるのかとビビッていた俺だったが、突然ゲームの方に話が戻ってきて意表を突かれた。
「改変……ですか?」
勢いを完全に殺されてしまった俺だったが、お姉さんはあくまでこの辺りは事務的に説明していった。
「そうです。テラ・リバースのモンスターは実際の動物を元にしているんですよ。そのデータ改変の時に彼女は巻き込まれたって事です」
「そういうのって、普通に人間のデーターいじったりするんですか?」
「それは当然ですね。そもそも魔法がそうですし。人型のモンスターの方が親しみやすいですから。でも彼女の場合少しだけ違います」
おそらく俺達が付け入った部分の話だ。こうやって聞くとなぜ粗が目立ったのか分かりやすい。そして作り手から聞くとまた大分印象が違った。
その中でも姫様はまた、特別な印象だったが、見当違いというわけではなかったようだ。
「違うというと?」
「彼女が戦ったのは、私達が言うところのボス的なモンスターだったんで把握していたんです。手を加えている最中に紛れ込んでしまって、混ざってしまいました。そこをさくっと私がサルベージして、現在に至ります」
「……修正しようとは?」
これはお姫様に対しての話だが、しかしお姉さんの返事はそっけなかった。
「誤差の範囲です。他にもやることは沢山ありましたから。付け焼刃といっても相当手は込んでいるんですよ? 例えば中世が舞台ですから、似たような環境の歴史をピックアップしまして、人間が魔法を使えるようにしました。それからモンスターを世に放ち、30年ほど時間を進めて改変した常識をなじませまして、テラ・リバースの完成というわけです」
お姉さんは一気にしゃべり終えて一息つく。
そして俺達はしばらくの間黙り込んだ。
俺はすまし顔のお姉さんの顔を眺めて、複雑な気分になった。
コーヒーを飲み干すのは早かったかもしれない、今の気分に砂糖の入っていないコーヒーは最適だったろう。
「なんていうか……それはひどい話です」
「全くです。私もそう思いますよ、でもゲームですから」
「それは……そうですけど」
それでうちのおじさんは、随分苦労することになったわけだ。
あまりいい気分ではない。
しかし彼女の態度が、当たり前であることも俺は理解していた。
そこで終わっといてもいいだろうに、お姉さんは聞いていないことまで話し始めた。
「あのおじさんをあなたのメンバーにしたのは実は私なんですよね。お姫様と関わりが深い人物としてです。何かしらドラマがあればいいなと軽い気持ちでした。でも決勝という舞台で華々しく全て解決というのは、リアル運命ですね」
「リアル運命って。俺が決勝まで来ることは予想してなかったと?」
「当たり前ですよ。私が出場するだけでも相当怒られましたし」
「怒られちゃいましたか」
しかも優勝までしてしまっては開発者とはいえこっぴどく怒られたに違いない。
「でも、貴方が勝ち進んでいるんですから、負けるわけにはいかないじゃないですか? 思えば決勝まであたらない様にしたのがそもそもの間違いです。キャラクターの視点に立てば、やはりひどい話って事になるんでしょうか? まさに運命を弄ばれていると言う感じです。構造上、感情移入しやすいと言う事も理解していますよ。でもやっぱりそれだけのことなんですよね」
「……」
こうやって言わなくてもいいことまで話すお姉さんもまた、思い入れが強いということなのだろうか?
それでもテラ・リバースは正真正銘ゲームなのだ。
今の話の中でゲームじゃない要素はない。
ただデータ量が多いだけで、ユーザーを楽しませるために行われた娯楽作品である。
製作者を悪く言うのは筋違いだし、興味を持ってゲームをプレイした時点でプレイヤーすら同罪だろう。
「今の話をケビンさんに伝えますか?」
淡々とお姉さんからされた質問に俺は即答しかねた。
だけど、結局俺は首を振ることしかできなかった。
「……いいえ。やめておきます。そんな事をしても意味なんてない」
つまりどう言いつくろおうと、何も変わらない。俺は彼女側の人間だと言う事である。
お姉さんも軽く頷き、同意した。
「同感です。そしてご理解頂いて助かります。テラ・リバースはいくら良く出来ていたとしても私達にとってはゲームなんです」
「神視点って奴ですね、本当」
「まぁ同じモノとはあえて言いませんし、違いますと口にはしておきます。神の所業がこんなことなんて言っちゃったら怒られそうですしね。ちなみにこの話も結構な機密なので本当に秘密でお願いしますね? まぁ、今回噛ませ犬にしようとした罪滅ぼしとでも思っていただければ」
「……一生喋りませんから安心してください」
「ええ、そう願います」
再び黙り込んでいた俺達の席に、二杯のコーヒーが置かれた。
俺とお姉さんが顔を上げると、そこにはマスターがいて。
「サービスです、とてもいい試合でした」
そう一言告げて、カウンターに戻っていく。
俺はしばらく黙って揺れるコーヒーの水面を眺めていたが、俺達は同時にコーヒーを飲む。
お姉さんは苦々しい顔でこちらの様子を伺っていたけれど。
俺はしかし一気に全部飲み干して、最後に付け加えた。
「だけど――」
「はい?」
お姉さんの目を見る。
全て彼女の言う通り、どうしようもない、善悪を語るのもおかしなゲームの中の話である。
「それでも彼らにだって神様をぎゃふんと言わせる機会があってもいいと思うんですよね」
「はぁ……」
不意に頭に浮かんだ思いつきは、案外悪くない。
「近いうちに、もう一度戦いたいって言ってるんですよ。神代 美紀さん」
不思議そうな顔をする彼女に俺は一プレイヤーとして対戦を申し込んでいた。
「はい? 戦うって……もうコテンパンにされた事忘れちゃったんですか? これでも製作者なんですけど?」
戸惑う彼女に、俺は頷いていた。
「ええ、わかってますよ。でも製作者の想像を飛び越えるのはプレイヤーの特権ってものでしょう?」
そしてこれが彼らに与えられた俺達に干渉する唯一の手段だろう。
その時、俺の役割は邪神として神に挑む。でもそこは邪神のロールプレイである。
俺はニタリと嗤い、自信に満ち溢れた表情で言ってやった。
「この戦いを受けてくれたその時は……一週間は悔しくて眠れないような勝ち方を考えてきますよ」
お姉さんは今までで一番驚いた顔と、そして心底うれしそうに唇をゆがめる。
そして彼女もまた神様視点でこう言った。
「それは結構!……ではその時が来たらご連絡ください。何をおいても真っ先にお相手しますよ?」
俺は『神代 美紀』。テラ・リバースでは神にも等しい彼女に宣戦布告する。
もらった名刺を指先で弄びながら、俺は喫茶店を後にした。
チリンと入り口の鈴に見送られ、俺はため息を吐く。
よくもまぁ……あてもないくせにあそこまで言い切ったものだと我ながら思った。
「やっぱ俺も十分感情移入してるって事なんだろうな……」
最初の方はクソゲーだと騒いでいたことが、今となっては懐かしい。
ただ夏休みのイベントを締めくくるにはいい感じに、やってやった感じのする、スカッとした気分だった。
ピンと張った緊張の糸を緩め、心地よい疲れに身を任せていると、その時、俺の携帯が鳴る。
どうやらメールが来たらしい。
「なんだろう? 今日は用事もなかったと思うんだけど……」
愚痴交じりに確認して、思わず口の中で笑いを堪えた。
「くっ。また嫌にタイミングがいい」
そこにはアイドルさんからのメールで、『この後打ち上げをするから絶対来い!』とあった。
場所はやっぱりいつもの喫茶店。つまりはここである。
俺は空を仰ぎ見て、踵を返した。
チリンと扉を開けて喫茶店に入ると、マスターが俺に気がついた。
「マスター、ここって予約とかって出来ます?」
そう尋ねると親指を立てるマスター。
まだうきうきと頭を揺らしながら座っている受付のお姉さんにも声を掛けるとして、俺も少々みんなが来る前にやっておくことがある。
俺は携帯の電話帳を開いて、彼女達の名前をあだ名から本名に変えた。
ああでも、アイドルさんだけは芸名で。
アイドルさん改め、ライラ
小学生改め、神崎 優
社長さん改め、斉藤 修司
そしてついでに――受付のお姉さん改め、神代 美紀。
さて、ゲームの中にいる、仲間達にも声を掛けよう。
外はまだ暑い。
考えてみれば、夏が終わったと言うには早すぎる。
俺、社 真志はもう少し邪神をやるのもいいかもなと元の席にまっすぐ向かった。




