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俺は端末に保存していたメールを彼女に見せる。
そして、早速お姉さんを問いただした。
「いやぁ。なかなか面白いメールでした。思わずひっくり返りそうになりましたよ」
「あら? それは喜びで?」
「どちらかといえば動揺で」
「ほほう。それはまたどういう意味ですかね?」
キラリと目を輝かせたお姉さんだったが、これ以上乗ると悪乗りしそうだった。
「返事がないか、適当に流されると思ってたんでね。じゃあ話をしてくれると言うならまず一つ……」
「なんです?」
「受付のお姉さん? あなたってひょっとして、ただの受付なんかじゃないんじゃないですか?」
かねてから気になっていた疑問を俺は思い切って尋ねた。
そう言うと受付のお姉さんは、あまりにも予想外と言う顔で俺を見ていた。
「どうしました?」
「いえ……まさか私の正体から来るとは思わなかったもので。なんでそう思いましたか?」
お姉さんは逆に尋ね返してきたが、何でと言われても大した理由があるわけじゃない。
ただ今までが、普通に普通じゃなかっただけの話だった。
「うーん。今までの会話から、ですかね? 知らないと言う割に、ゲームに詳しいし。挙句の果てにプレイヤーだし。そして何より、あのお姫様をキャラクターとして使っていると言うのが怪しい」
あげだせばきりがない。
だが彼女の口から出た名前は、少しばかり俺の想像を超えていた。
「ええ。ただの受付というには語弊があります。フルネームは神代 美紀と言います」
「いやいや、本名は別に……ん? もう一回いいですかねお名前」
「カミシロミノリですよ?」
わざと口を大きく開けてそう名乗る受付のお姉さん。
俺はどこかで聞き覚えのある名前に頭を悩ませ、記憶の底から探り当てると、思わず彼女を指差してしまった。
指が震える。
その名前は、ここの所テラ・リバースを調べることだけに没頭していた俺にとって、何ともなじみ深い名前だったのだ。
喫茶店の天井を思わず見上げ、肺から抜けていくのは残念なため息だった。
「……ひょっとして、話題のスパコン開発したって言う……あの?」
「はい。そこまではわかってなかったんですね。邪神だけにお見通しなのかと」
「いやリアルに邪神はやめてくださいよ」
にっこりと笑う神代 美紀さんは、思っていたよりもずっと若々しい笑顔を浮かべていた。
どうにもむちゃくちゃする人だとは思っていたが、まさか大元の開発者だとはさすがに予想してはいなかった。
「そりゃあ……偉い人だろうなとは思っていましたが。たまたまいた受付のお兄さんが俺専用がどうとか言ってましたし」
今思えば、この人の権限は強すぎるところはあった。
カラカラ笑う彼女は腕を組み、非常に楽しそうだったが。
「はっはっはー。あれはちょっと露骨すぎましたかねー」
「露骨と言えば、ひょっとして最初から狙ってやってましたか?」
「というと?」
「俺が来た時からですよ」
思えば、窓口に来た時から随分妙なことが続いたものだ。
アイドルさんがいるタイミングでおじさんと契約し、逃げられないようにされた時点で、何かおかしいと気がついてもいいレベルである。
もしそうなら、何で俺だったのか、そのあたりは気になるところだ。
すると彼女はクスリと笑ってまさかと言った。
「それは別に貴方を狙っていうわけではないですよ? ただ……アイドルが今から歌うって時に登録しようなんて捻くれ者なら、いいカマセになるかなぁとは思ってましたけど」
「……まぁ」
なんか割としょうもなかったが納得だ。
くたばれ運営。
そしてこいつは、もう受付のお姉さんでしばらく通すことに決めた。
受付のお姉さんはじとりとした俺の視線を見返して、しかし満足そうだった。
「でも……私の狙いに狂いはなかったわけです。突然現れたダークホースは見事勝ち上がって来てくれました。一回戦を突破出来れば上等くらいに思っていたんですが……まさか決勝まで来てくれるとは。うれしい誤算とはこの事です」
「なるほど、でもまぁ俺のことはこの際いいですよ。もう終わったことですし」
「そうですか? では何か他に聞きたいことでも?」
意味ありげに、頬杖をついて身を乗り出すお姉さんに、俺もまた身を乗り出して尋ねた。
「ええまぁ、あのお姫様について面白い話を聞いたもので」
やや表情がきつくなったことは自覚していた。
そしてその気配を感じ取ったのか、お姉さんもまた佇まいを正した。
「そう来ますか。随分キャラクターに肩入れしてくださって、このゲームの開発者としてはうれしい限りです。ではここからはオフレコのお話をしましょうか?」
お姉さんは仕切り直すような事を言ってソファーに座りなおすと、件の姫について語りだす。




