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『……GAAAAAA……あ、ああ』
甲高い悲鳴をあげて姫の身体が崩れる。
真っ黒いモザイクが身体にまとわりつき、苦しみでのけぞった姫をおじさんは抱き留めた。
『これで終わった……のか』
戸惑うおじさんの腕の中で、しばらく苦しんでいた姫だったが、最後にはぐったりと動かなくなる。
おじさんが何かをかみ締めるように黙り込む中、俺はそれを固唾をのんで見守り、とにかく祈った。
(頼むぞほんと! これで死にENDとか勘弁してくれ!)
ここからどうなるのかは他人頼みのチート頼み。
モザイクは霧散なくなり、いよいよ姫の肌は透けるように真っ白だった。
だが、彼女の胸が動いているのを確かに見て、俺は大きくため息を吐いた。
生きている。
そして、アレだけ不気味に白かった肌が血色を取り戻していくのは、目に見えて明らかだ。
それは、俺の悪巧みが成功したということなのだろう。
俺以上に驚愕しているのはおじさんだった。
おじさんの唇は震えていて、視線が定まっていない。
『こ、これは……どういうことなのですか?』
対戦中だと言うのに呆けて俺に語りかけるおじさんに。
俺は誠心誠意、心を籠めて、最大限の賛辞と共に結果を告げた。
「おめでとう。確かに見せてもらったよ。貴方は賭けに勝ったんだ」
『……!』
おじさんは目を大きく見開いていた。
一件落着。
俺の決勝戦は。事実上クリアということになるのだろう。
俺としては、このままエンディングロールにでも突入して、もう少し感慨に浸りたいところだが……俺の方の問題はここからである。
案の定、不自然な倒れ方をした姫の反応は観客達の目にも触れていた。
何だあれ?
バグ? 行動不能になった?
なんかやったのか? 邪神?
不審と疑惑が渦巻くコメントは俺も予想していたことだ。
ああこれで、俺は公式大会でチートを駆使したクソ野郎確定と言うわけだ。
もはやここで観念しておこう。戦いを止められて、それで終わりに違いない。
しかし後悔は不思議となかった。
俺達はきっちりと戦いに勝利したのだから。
少々ジャンルは変わってしまった気がしたが、俺はひとつの話のエンディングを確かにこの目にした。
一人の男が、意地を貫き通した話は俺に十分な満足感を与えてくれた。
末尾を飾るにふさわしい結末に、邪神の末路など蛇足以外の何物でもない。
「まぁ仕方ないわな……」
気分はお縄を頂戴する寸前の犯罪者のそれである。
諦めの境地で開場を眺めていたが、なぜかゲームは止められない。
そして華々しい声が響き渡る。
『おおっと! いったい何が起ったんでしょう! テラ・リバースの可能性! 未知のスキルの発動か? これはきっと即死系? ちなみに私はこう言うスキルは結構好みです。レトロゲームで効果がないのにひたすら即死系の魔法を撃ち続ける仲間に萌えます!』
それはアイドルさんだった。
そしてもう一人。
対戦相手のお姉さんも、気にしている様子もなく、ため息交じりに俺を見た。
『ふーむ……負けちゃったものは仕方がないですね』
「……え?」
いいの? このまま続けて。
更にメールが届く。
内容を確認するとそれは社長さんからだった。
罵倒のコメント書き込むと全部自動で応援メッセージになる様にしておいたから!
いや…………それは罪を重ねただけではないだろうか?
「なんだよ……ここかからどうしろって言うんだ」
それでもちょっと涙が滲んでしまった。
どうやら俺に最後までゲームを続けろとそう言うことか。
だが、せっかく友人達の咄嗟のフォローに感動していたと言うのに、俺の涙はすぐに引っ込んだ。
ドパンと――液体が派手にはじけ飛ぶ音がする。
そして――無数の魍魎が天に召され、骨が砕け散るのが見えた。
『グオオオオオ!!』
人間の貧弱な喉では到底再現できそうにない雄叫びを、今度こそはっきり決めたドラゴン。
その皮膚は焼けただれ、おびただしい傷に覆われて、ダメージエフェクトが全身に見て取れたが、それだけのことである。
ドラゴンの戦闘能力は十全だった。
そして死力を尽くした仲間達は、圧倒的な力を持った強者に蹂躙された。
『すまぬ……ここまでだ』
『キュルルル』
力尽きる仲間達を前にして、俺にできることなどもはやない。
「これは……さすがに」
俺はわかってはいたが、最強と名高いモンスターを前に息を呑む。
勝ち目などないと誰でもわかる。
それなのに俺の唯一残されたキャラクターはもう戦闘不能一歩手前のくせに、心の底からの笑い声を響かせたのだ。
『はっはっはっはっはっはっ! 愉快だ! 実に愉快ですよ! いいではないですか! やりましょう! 我が神よ!』
「おう? でも見て見ろよ? どう考えたってもう勝ち目ないだろ? これ?」
俺も半笑いでそう言うと、おじさんは姫を地面に横たえて、立ち上がって剣を構えた。
全身血だらけで、身体もガタガタだろうに、おじさんはそんな事をまるで感じさせない。
ケビンという名の老戦士は血を流しながら、震えもせずに立っていた。
『今日の私は無敵です。負ける気がしない!』
それどころか、剣を構えそんなことまで言い出す始末だ。
無茶を言うとは思いつつ、もちろん気分的には俺だってそうだ。
「じゃあ、そこまで言うなら……勝たせてもらおうかな?」
『御意! 我が親愛なる邪神の名に懸けて!』
戦いは始まる。
ここからのおじさんの奮闘は、まさに限界を超えたものだった。
炎を掻い潜り、一撃でばらばらにされそうな一撃を何度もかわして見せていた。
その奮闘に、皆存分に盛り上がり、まさに英雄とドラゴンの一騎打ちを思わせる大立ち回りだったといっても過言ではなかっただろう。
だけどまぁ……一時のテンションじゃどうにもならないこともある。
最終的に告げられた勝者の名前は、俺ではない。そこに審議の余地はなかった。




