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「ぬああああああああああ……」
落ち着かない気分のままに自分の部屋を歩き回ると喉の奥から自然と声が出てくる。
やっと帰ってきた我が家が、こんなに落ち着かないってどうなのだろう?
もちろん根本的な解決になどなるわけもない。とある瞬間、俺は何をしても無駄だと悟った。
「あ、もうなんか、どうでもいい……なるようにしかならない」
諦めスイッチの入った俺は途端に冷静になる。
タイミングを見計らわれてしまったのか、机の上に置かれたカード型の立体ディスプレイから聞こえてきた声に顔を向けた。
『ほっほっほ、その通り。人生色々ありますよ。楽しくいきましょう』
話しかけてきたのは、ゲームの中で契約していたおじさんである。
「他人事じゃないでしょ? あなたも戦うんですよ?」
『まぁそれはそれで。いざとなれば逃げればよいかと」
「おい」
カード型のディスプレイは受付のお姉さんからもらったやつだ。
カードのように薄い端末だが、ゲームキャラクターのデータを移して会話できる代物らしい。
出る時についでにデータを入れてもらったのだが、本当に普通にコミュニケーションを取れるようで驚きだった。
薄いだけあって会話専用だが、方向性としては携帯型の育成ゲームを思わせる。
試合参加者だけに試験的にもらえる試作品で、キャラのデフォルメされた姿が立体で出てきてまるでぬいぐるみが動いているようだ。
だが疲れ果てつつも、折角手に入れた目新しいおもちゃを前にしてテンションは上がる。
さすが、この立体感。SF映画をそのまま抜き出したようで、感動して泣けてくる素晴らしさだった。
ただし画像もクリアなら、音声もクリアの様で、こちらの状況もむこうにきちんと伝わっているようであった。
『冗談ですよ。しかし何か厄介なことに巻き込まれたようですな』
「……余裕っすね?」
『いえいえ、私もよくはわかっていませんよ。所で一つお聞きしたいのですが、神の国とはどのような所で? やはり悪魔や天使なんかも……いるのですかな?』
「いやそれはさすがにいないですよ?」
何を聞いてくるのかと思ったが、随分とぶっ飛んだ質問だった。
だけど本人はいたって真面目らしい。考えて見れば向こうから見たらプレイヤーは神という設定らしいし。気になると言えば気になるのもわからないでもない。
『そうですか……残念だ。ですが神とはいえ、思ったよりも普通の方の様です』
随分とがっかりしているおじさんに今度は俺の方から尋ねてみた。
「そりゃどうも……そういえばあなたの名前は?」
契約はしていたものの自己紹介すらまだしていないことを思い出す。するとおじさんは恭しく頭を下げ、お茶目に片目を瞑ってこう名乗った。
『私はケビンと申します。我が神よ』
ケビンさんは物腰もやわらかい、五十代前半くらいに見えるおじさんだった。
強いのかどうかはわからないが、あの状況で俺と契約してくれた貴重な方だ。
『そう言えばいつまでも神様というのは他人行儀ですかな? 登録の時に教えていただいた名前はたしか……ヤシロシンジ様と?』
「ああ、そうですよ。好きに呼んじゃってください」
『そうですか。ではまぁ神様でいいですか。それでは私の事は……おじ様と』
「おじさまぁ?! なんだってそんな!」
『ハッハッハ! 我が神は元気が良いですなぁ』
ついつい予想外の呼び名に声を上げてしまった、不覚である。
『一度呼ばれてみたかったのですよ『おじ様』。ダンディーでステキな響きではありませんか。惜しむらくは貴方が美しい女神であればいう事はなかったのですがね。まぁ、どちらにしても声しか聞こえないわけですが』
「そりゃぁすいませんでしたね。おじ様」
『いやぁ照れますなぁ』
「……やっぱおじさんにします」
『そうですか……仕方がありませんな。こう言ってはなんですが、自分で言っていて、ないなぁと思っていたところです』
「いい加減にしてください」
彼は陽気な笑い声をスピーカー越しに響かせていて、なんともとらえどころのないおじさんである。
しかしこうやってキャラクターと話していると、どうしても頭の隅をちらつくのはやはり大会の事だろう。
フラッシュバックする目先の問題に俺は頭を抱え溜息をついた。
「しっかし、ホントどうしましょうかね?」
『なるようにしかならないのでは? 勝つと宣言して自分を鼓舞する姿はこの老体でも感じ入る者がありましたよ?』
「だっ! 穴があったら飛び込んで死にたい!」
勢いというものは怖いもので、不意に黒歴史を生み出してしまうものである。
奇声を上げる俺におじさんは言った。
『大会とやらがどのようなものかは知りませんが。男なら時には勝負も必要でしょうとも』
「……言っときますけど、勝負するのは貴方ですからね?」
『まぁ、我々は死なないようになると言う契約でしょう。保証があるだけいつもより気は楽ですよ』
おじさんは物騒なことを言いながら、お気楽に笑っていた。
それでも死ぬほど痛そうだけど……本人がそう言うならそうなんだろう。
何にしてもこうして、まんまと運営の計略にはまり、俺は大会に参加することを選んでしまったのだからそろそろ腹をくくる必要がある。
確かに俺のプレイは慎重派だが、こう言った催しが嫌いなわけではなかった。
初回の販売にバグがあると言う噂を聞いても、特典目当てに予約をしてしまう。俺はそんな男だ。
ただ今回に限っては、考えて見るとそう悪い話ではない気はした。
「……でも儲けたと言えば儲けた」
というか結果だけ見てしまえば、ぼろもうけと言っていい成果だっただろう。
この立体ディスプレイ一つとってもそうだし。渋って手に入れたマウントディスプレイはなんと最新型だった。普通にすべてそろえようと思ったら、ちょっとやばい金額になりそうだ。
あの受付のお姉さん、独断って言ってたけど、本当に大丈夫だったのかと心配になったくらいだ。
大会に無理矢理参加させられると思うんじゃなくて、この各種機器が当たったと思えば一連の仕打ちも、おつりどころかおまけまでついたと思えるほどのお得感だ。
『ならよかったではないですか。私もこうして神と交信していると言う体験は興味深いですよ』
「はっはっは。それはよかった。ただでは転ばない男と呼んでくれ」
俺もなんだかうれしくなって笑って見たが、いつまでも浮かれてもいられない。
普通に考えれば、絶対勝てない勝負に挑まねばならないのだから。
適当にやってさっさと負ければ、アイドルが勝ち上がり、ファンは喜び、俺は予定通りの夏休みをエンジョイできる。
悪い事などほとんどない。むしろ負けることにこそメリットがある事はわかる。
「しかし俺のゲーマーとしての本能はそれを良しとしてはいない」
鼻から熱い息を吐き出して、俺は気合いを入れた。
こうなったら、出来る限りの事をやってやろう。
負けるとわかっている勝負だからって、ただ負けに行くのでは楽しめない。
どんなに理不尽だろうがゲームはゲーム。少しでも勝率を上げ、挑むのが楽しむための鉄則であり、大会なんて言う真剣勝負の場なら、相手に対しても手を抜くのは失礼だ。
ましてやこのやり口、こちらに遠慮する必要など皆無である。
「真っ当な方法じゃ無理だろうから、とりあえず前評判が本当で現実と変わらない自由度って所に賭けてみよう。まずはメンバーをそろえる事から始めようか」
『その意気です。負け戦など面白くない。それでは始めましょうか』
カード型ディスプレイをUSBケーブルでパソコンにつなぎ、従来の液晶ディスプレイを外して顔を覆うタイプのマウントディスプレイに付け替えた。
視界遮る真っ暗な画面に、線が入り、青白く視界が開けると、すぐに映し出されたゲームスタートの文字が目の前に踊る。
俺は自分の指をぽきぽきと鳴らし、気分を盛り上げた。
「さて、初プレイですよ。ここまで長かったー……」
本当に今日のドタバタ具合を振り返ると涙目ものだ。だがここからが本当の今日の始まりだ。
視界が切り替わると、俺はテラ・リバースの世界に足を踏み入れた。




