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「……!」
最後の瞬間が見えなかったことが救いだろうか?
おじさんは自ら巻き上げた土埃の中に飛び込んで、俺はその姿を確認できなかった。
「! おじさん!」
俺は思わず身を乗り出す。
もう終わりだと思っていた。だが土埃が完全に晴れ、しっかりと見えたその背中はおじさんのものに他ならない。
「……これで届かないか。神様、しかし少々驚きすぎですよ」
『おじさん、あんた最初から避けるつもりなかったのか!』
おじさんの身体には、黒い槍が突き刺さっていた。しかし動けなくなるような怪我だけは避ける程度の回避でしかない。
そしておじさんのレイピアもまた、姫の鎧にまでは届いていた。
おじさんの口元に血が滲む。
「当然でしょう。あんなもの避け切れるものですか。それでも致命傷さえ防げれば動くことくらいできる。ここの所、死になれてきていますからなぁ……」
消耗しているおじさんの言葉を素直に喜べればどれだけよかっただろう?
俺はしかし、表情をゆがめてしまう。
……肝心のツールが働いてない。
レイピアは鎧に触れる程度で、その効果を発揮することはなかったということか。
あのツールはその体に打ち込まなければ、なんの意味もないということなのだろう。
おじさんの顔も苦悶に歪む。
「やはり、ダメージにならなければダメですか……全く、しんどいですな」
それでも、おじさんは息を強く吐き出し、一歩踏み出して、姫の体をその剣で押し出した。
『残念ながら捨て身の戦法も無駄でしたね』
お姉さんの余裕の声は当たり前だ。
確かに、あの深手ではもうまともに戦えるわけがない。
距離を詰めて剣で戦えるようになったところで、それがいつまでも続くものではないだろう。
俺は奥歯をかみ締める。
ここで終わりかと、俺は勝負の負けを覚悟した。
しかし、それでもおじさんは深手の状態でなお、口元を吊り上げて、倒れてはいなかった。
「まだまだ! この程度で終わるわけがない! お楽しみはこれからですよ! 我が神よ!」
おじさんは止まらなかった。
それどころかレイピアの剣先は衰える事のない速さで姫に向かう。
たぶんこれで正解である。
あの負傷じゃ次はない。ここで畳み掛けないと、もう二度と姫を捉えられない。
姫は逃げるかと思いきや、レイピアの切っ先が再び姫に触れそうになった瞬間。澄んだ金属音が響いて、わずかな動きで反らされた。
「剣ですか……!」
「……ハァ!」
体がぶつかり合うような距離で二本のレイピアが交わる。
力が拮抗し、二人の動きが止まり、おじさんは目を細め、呟いた。
「まったく……どこまでも貴女は貴女と言うことか。ならば……こちらも存分に!」
剣が風を切ると二人は同時に動く。
相手に合わせ、呼吸を読んで、まるでダンスを踊っているかのように攻防を繰り返す二人はもう止まらない。
『~~くぅ』
俺は手に汗を握りながら、その光景を見守っていた。
おじさんの話では、人間の頃、技量は圧倒的大差でおじさんが負けていたという話だ。
だが今はどうだろう?
二人の実力は完全に拮抗している。
おじさんの、ケビンという男の人生は、埋めようのない差を確実に埋めていた。
パワーは、モンスター化している姫の方に分があるだろう。
剣先が突き出されるたびに、周囲の塵が面白いように吹き飛んでゆく。
しかし技量では、おじさんが上回っていた。
そのすべてを、まさに紙一重で交わし、そらして、斬り結ぶ。
次の負けないための最善を、おじさんは知っている。
俺はせめてこの戦いが終わらないように、あえてお姉さんに問う。
『距離を取りますか?』
『おや、この期に及んでまだ策を巡らしますか? まぁその方が楽しいですが』
『いやいやそうではなく……こっちは手負い。そんなに長い時間も戦えない。でも盛り上げられないわけじゃない』
俺は相手が管理側だと知っている。だからこそのこの問いである。
決勝戦があっさり終わってはつまらない。
あまりにもばればれの質問だが、お姉さんには有効なはず。
『へぇ。接近戦ならひと波乱あると?』
『ええ。邪神の名に懸けて』
そのためならあえて悪名を名乗ることもいとわない。
あえて、俺は盛り上げるために貢献するぞと、そういうアピールだ。
さてどうでるか?
それは今まで、この人と付き合っていたからこそ想像できた。
『……はっ! いいですね! ならばその見え見えの言葉に乗ってあげましょう! とことんまで! 望むまでお付き合いいたしましょうか!』
お姉さんはスピーカー越しでも十分楽し気に、俺の誘いを受けた。
うまいこと乗ってくれたお姉さんに俺は感謝した。
こうは言ったが、はっきり言って盛り上がる当てなんて全くない。
唯一そう感じさせる要素があるとすれば――おじさんの表情だけだ。
幾重にも繰り出される刃のやり取りは、少しずれれば肉を切り裂き。骨を断つだろう。
舞っている鮮血はおじさんのものだ。
ツールが働いていないということは、おじさんは姫に刃を届かせていない。
それなのにおじさんは笑っていた。
きっと俺がこのまま生きていたって、生涯こんな笑みを浮かべる機会はないと思えた。
『壮絶……って感じだな』
それはまさに命を懸けた攻防だった。
勿論。ここでは不死であるが、そう言う事じゃない。
覚悟の問題だろう。
おじさんの人生を懸けた瞬間は今まさにここなのだ。
俺も会場が、彼と彼女の戦いにただただ視線を送っているのを感じた。
おじさんは避ける戦い方を続けていたが、ある瞬間、姫のレイピアを受け止める。
ヒュンヒュンと空間を割くばかりだった音が止まり、おじさんは口を開いた。
「……ようやくです。どうです? 罠というやつは古典的なほど引っかかると悔しいものでしょう?」
「!」
姫も危険を感じたのだろう。
とっさに剣を滑らせるが、おじさんはそのまま体重をかけて押し込んだ。
今までになくバランスを崩した姫は、大きく後退したがそこでさらにまた決定的にバランスを崩した。
姫が踏み出した先には、最初槍で開いた大穴が口を開けていた。
『……槍を!』
ピンチを察したお姉さんが叫び、空中に現れた無数の槍が降り注ぐまでに数秒。
俺は舌打ちする。
自らのダメージを気にしなければ、この至近距離でも槍を使えないことはない。
「無駄です……!」
だが槍が二人を貫くことはなかった。
おじさんの刃の軌跡が赤く輝く。
刃に纏わせた炎の輝きによって、すべて両断された槍は、炎に砕かれ霧散した。
「――爆炎陣・改と言ったところでしょうか? 私の魔力のありったけです。やる以上完全に勝ちに行くのが我が神の教えでね」
無理な体勢から姫はレイピアを繰り出すがおじさんにしてみれば、そんな不格好な苦し紛れの一撃などかいくぐるのに苦労はないだろう。
しかしあえて、おじさんは切っ先を自分の体で受け、がっちりと固定して、最後の一撃を磐石のものにした。
もはや何もおじさんの剣を遮るものは存在しない。
俺は思わず友人の名を叫んだ。
『いけ! ケビン!』
刃はするりと姫の身体を貫いて――。
「ニコラス、リアム、ギャレットそしてアリーヤ――命を懸けられずにすまないが」
戦士ケビンは届いた刃が発する光の中で言った。
「私は……運命に一矢報いたぞ」




