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ヒュンヒュンと細い刀身が空気を切り裂く。
習慣となっている剣の鍛錬にいつも以上に熱が籠っているのを感じて、ケビンは正面にレイピアを戻すと呟いた。
「……悪くない」
いつもやっていることのはずが、気合のノリ方が明らかに違う。
なぜこうまで違うのか、ケビンの中でその答えは確かにあった。
神様のあの最後の迷いが何か起こるきっかけだと、どこかで感じているからだ。
信頼と言うには吹けば飛ぶような短い付き合いでしかない。
その上、いまいち言動が頼りない神様である。
それでも彼はきっと何かをしてくれるのだろう。
「……私もどうかしている。無理をしなければいいのですがね」
ケビンは自分が言う事ではないと自覚しながらも呟いた。
姫の事を話したのは、完全に私の弱さ故だ。
いうなればもう今は昔の話。筋を通すなら誰かに話すべきではないし、関係ない人間にとってはなんの意味もない、昔話でしかない。
精々墓を参るくらいで感謝する程度であるべきの、蒸し返すのもおかしな話だ。
仮に無理をすべき人間がいるとしたら、あの場にいた者だけのはずだとケビン自信が強く感じていた。
今となっては動くべきはケビンと言う戦士、だだ一人。
ケビンは流れる汗を拭くことも忘れ、レイピアを振った。
「そう、無理をすべきは私だけだ。……そうであるべきだったのだ」
チャンスがあるのなら自分がやらなければならない。
昔話の結末を決めるのは、生き残った者の義務である。
気分は高揚し、動きの切れはいまだかつてないほどだが、この剣技がどこまで研ぎ澄まされようとも頼りないと言うのが正直な思いだった。
繰り返し脳裏に浮かぶのは、かつての姫の影だ。
いつしか生涯で模倣し続けた、最強の影だ。果たして近づくことが出来たのか? どう考えても頼りない。
「借り物の剣を、正しく返すべき時が来たと思いたいですが。……まったく、神頼みしか出来ない自分の無力さが、嫌になる!」
再び正面にレイピアを構え、短く息を吐く。
我が神が、どこまで手を貸してくれるのかはわからない。
最初、出来ないと言う返事は、間違いなくその通りなのだろう。
それでもケビンは神の与える唯一の機会この剣を届かせるために、鍛錬を続けた。
そして今の彼の研ぎ澄まされた感覚は、普段は見落とすようなわずかな気配さえも逃さなかった。
背後に表れた押し殺した殺気を感じ、ケビンはすかさず剣を突き付ける。
刃は空を切ったが、刃の先には人の姿があった。
彼は両手を挙げて、澄ました顔でケビンに言った。
「おっとあぶねぇ……。動きのキレが段違いだな。試合の時より反応いいんじゃねぇか?」
「おや? 貴方は後藤さんでしたかな?」
大柄の若い剣士である。突然現れたゴトウにちょっとした皮肉付きで尋ねると。ゴトウは肩をすくめた。
「そうだよ。ゴトウだよ……なんかイントネーションが違わないか?」
「気のせいです。それで? そのゴトウさんが何の用です? このタイミングでリベンジと言うわけではないでしょう?」
ケビンはここの所、戦う機会の多い若者に向かってそう言った。
言葉に余裕は一切なく、冷え切っている。
殺気さえ乗った質問だが、この手の血気盛んな若者にはこれくらいの言葉の方が心地がいいようだった。
「そうだ。頼まれたのさ。うちの神様にな」
「どういう事です。ショウガクセイの方ですか?」
「ああ……たぶんそれだ。『僕らに出来る事をしてあげたい』ってな。そんな事を言われちゃぁ、俺としても一肌脱ぐしかねぇだろ?」
「ふむ。可愛らしい声の神様でしたからね」
「そうだよ。うちの神様は最高さ! 愛嬌もあるが懐がふけぇ! だから手を貸す、それだけだ。あんたに肩入れとかそう言うのは一切ねぇから。存分に斬り合える対戦相手だ。どうだ? 最高だろう?」
ゴトウの全身から魔獣のような殺気がケビンに向けられているのをひしひしと感じた。
最近はモンスターでもこんな殺す気満々の目はしないだろう。
ケビンは軽く嘆息した。
普段ならば、ここから適当な言葉で軽く流して、うやむやにしてしまうだろう。
だが今日は、そんな気に全くならない。
それどころか、かっと脳がしびれるような感覚にケビン自身が驚いた。
それはまるで、目の前の彼のように若かりし日の自分に立ち戻ったようだった。
「普段ならば……冗談ではないと言うところですが。今は非常にありがたい」
「へっへ……いいね」
「私はね、誰かと戦うことでしか、強くなれないのですよ。この武器も戦い方も、実はある人の猿まねでして。そもそもセンスがないのでしょう」
「どうかね。それはそれで厄介な気がするが? なんなら俺の剣も真似てみるかい?」
「ええ、糧は多いに越したことはない。そうでなければ私の願いは叶いそうにないのでね。ではよろしくお願いいたしましょう。私が、今度の戦いの、その瞬間に最高の鋭さになる様にね!」
「上等! 精々折れねぇ様に気をつけな! 俺の削り具合は半ぱねぇぞ!」
ケビンのレイピアの切っ先がまっすぐ敵に向けられる。
ゴトウの大刀に炎が燃え上がった。
一瞬もためらうことのない殺し合いは、朝まで続く。
ただの特訓というには荒々しい、それはまさに魂の削り合いだった。




