62
相手のキャラクターを殺してほしい。
おじさんは敵キャラクターの女騎士に対して、確かにそう言った。
俺の返事は。
『ゴメンナサイ。無理です』
だった。
キャラクター側から見たら俺は神様設定なんだろう。
だけどそんな物、名前ばかりの神様にすぎない。
どうしようもない事はどうしようもない。それは変わりようのないことだ。
「そう、ですか……」
『えーーーーっと。事情があるなら聞くけども』
だというのにそれは、混乱からの失言以外の何物でもなかっただろうけども、おじさんは、俺の言葉をきっかけに語りだす。
「では……聞いていただけますか? 老人の昔話を」
『おおとも……聞きましょう』
ごくりと俺は生唾を飲み込んで、モニターの前で正座した。
あんなことを言うくらいだから、真剣なんだろうと思う。
だけど、ひょっとするとプレイヤー視点で見れば案外軽い内容かもしれない、そんな希望もこめた、待機だ。
おじさんとはキャラクターとプレイヤーと言う差はあれど、同じ激戦を潜り抜けて来た。
できることなら、力になりたいとは思っていた。
人に歴史ありと言うが、闘いを生業にするケビンと言うキャラクターは俺に過去の秘密の一つを打ち明けた。
「随分昔の話ですが――」
それは本当に昔の話だった。
おじさんが今のおじさんになる一つの要素であり、人生の中で起きた苦い話だ。
「なぁ聞いたか? モンスターの裂け目の話?」
「モンスターの裂け目?」
ケビンは同僚の騎士、ニコラスにオウム返しに聞き返した。
城の兵舎で朝飯時の他愛ない雑談だ。
ニコラスは噂好きの男で、何かあると仕入れてきた情報を自慢げに話す男だった。
ただその日の話題はケビンには本当に聞きなれないものだった。
「ああ、そうさ。北の森は知ってるだろう?」
「当たり前だ。あの森にモンスターが住み着いたせいでどれだけの人間が死んだと思ってるんだ?」
ケビンはニコラスを睨む。するとニコラスはまあ聞けとケビンの前に掌を突き付けた。
「本題はここからだ。その北の森の奥で妙な黒い裂け目を見た奴がいるんだと。その裂け目からモンスターが這い出て来てたんだってさ」
「……ほんとかそれ?」
まったく信じられない話だったが。同僚は不敵な笑みを浮かべていた。
「ああ。噂だけどな。そしてもしそんなものがあるなら放置は出来ない……」
「まぁ、そんなもんが本当にあるんなら」
「近いうちに調査隊が結成されるって話だ」
「は? 冗談だろう?」
ケビンはニコラスの言葉に顔をしかめる。
森は強力なモンスターがうろついている危険地帯である。
ノコノコ入っていけば人間のひき肉が出来上がるだけだろう。
しかしニコラスは冗談を言っているわけではなかった。
「本当さ。そしてさるお方がこのたびの調査を命じられるんだと。選ばれた奴は言ってみれば彼女の護衛ってわけだ」
「は?」
「そう怖い顔するなよ、まぁ仕方ないじゃないか、いつだって俺達下っ端はお偉い方の盾になるのが仕事だろう?」
つまりあるのかないのかもわからない調査のために、危険地帯へと行かされると、そういうわけか。
選ばれた奴は不幸だなとケビンは心の中だけで呟いた。
だが仕方がないというのもまた真実である。
兵士は死ぬ場所を自分で選べない。そんなものだろう。
「回りくどいぞ。誰なんだ、そのある方って」
若干苛立ちを覚えながらケビンが尋ねると、ニコラスはニシシと笑い、とっておきの秘密を披露した。
「姫様の護衛だよ。ただし正式な王族ってわけじゃないけどな」
「? なんだよ、まさか王の隠し子とか言うんじゃないだろうな?」
「……お前意外と鋭いな」
「本当かよ!」
「ああ――本当だよ?」
「「!!」」
そのタイミングは最悪だった。
ケビンとニコラスは同時に肩を叩かれて振り向く。
するとそこには一人の女が立っていて、二人に笑いかけていた。
一目みてドキリとしてしまうほどの、大きな瞳の少女だ。
鎧姿でまるで騎士のような格好の彼女は、信じられない力で俺達の肩をつかんでいる。
その力はゴリラの如しとは、この瞬間口が裂けてもいえないが。
「よろしく頼む。ともに使命を成し遂げよう」
そして力にも増して彼女の持っているプレシャーは一級品で、ケビンとニコラスは二人で思わず頭を下げた。
「は、はい……よろしく、お願いします」
「ああ、よろしく。まさかこんなに早く噂になるとは思っていなかったよ」
にっこりとほほ笑む女の顔は笑っているようで、笑っていない。
ケビン達の席を離れてからも姫は兵士一人一人と握手を交わしていた。
自分と同じくらいの歳の姫にケビンは驚いた。
「なんだろうな。住む世界が違う感じがするな……」
「俺らと同じくらいだろうにな。しかしあれはまた段違いな気がするよ」
ニコラスも同じ感想を持ったようだった。
姫の名前はアリーヤと言った。
訓練のさなか姫は自ら積極的に参加し、注目されていた。
「ぐお!……参りました」
ケビンは徒手空拳の訓練をしていたはずが、今は目の前に青天井が広がっている。
背中を激しい痛みが襲い、自分が地面にたたきつけられたのだとケビンは実感した。
そんなケビンは自分よりも華奢な手に助け起こされる。
しかしケビンを投げ飛ばしたのもまたこの手だと、ケビンはしっかり理解していた。
「手合わせありがとう。君は、どうも動きが直線的で読みやすいな。経験といってしまえばそれまでなんだろうが、もう少し攻め方を工夫したほうがいい」
「は、はい。ありがとうございます」
アドバイスさえもらう始末。礼を口にしたものの情けなさが勝る。
しかし反論の仕様もなく、ケビンはただの一兵卒にすぎなかった。
経験も浅く、強くもない。
最近発見されて話題になっている魔法の才能にも乏しく、これといってとびぬけた才能もない、ただの兵士だ。
そんな彼から見れば、いともたやすく屈強な兵士を打倒していく姫は人間離れしていることは疑いなかった。
そして再び戦い始めた姫を眺め、ケビンはぼそりと呟いた。
「おい……王族ってあんなにすごいのか?」
「い、いや。どうだろう? もしそうならなんで王様が偉いのか僕、初めて分かったかも」
その時、たまたまそばにいた同僚のリアムに思わず聞いてしまったが、おおよその兵士が同じように思っていただろう。
「だけど可憐だ……」
「うん、僕もそう思う……」
そしてこれも兵達の総意だったと思う。
姫は美しかった。
銀色の髪も瞳も彼女を美しく見せる要因だろうが、戦う彼女の姿は何よりも輝いて見えた。
「よし次だ!」
「俺が行こう……」
更に一人、目の前の相手を打倒して、促された言葉に手を挙げたのはギャレットという体の大きな兵士だ。
いくらなんでもと、ケビンでさえ顔をしかめてしまうほどの体格差がある。
実際彼は力も強く、訓練に参加していたメンバーの中でもそれなりに上位に入る使い手であったのだが……。
「はじめ!」
号令の合図とともに、その自慢の巨体は一瞬でひっくり返されて、空を見上げることになった。
さすがに場は騒然となる。
長い髪を跳ね上げて、ギャレットを見下ろす姫は汗一つかかずにそれをやってのけたのだ。
「……まいった」
「すまない。大丈夫だったか?」
「は、はい! 大丈夫であります!」
差し出された手を握ったギャレットもまた悔しがるどころか喜んでいたのは誰の眼にも明らかだった。




