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「わかりました……。話を伺いましょうか。ええいいですとも」
対戦相手の彼はするりと流れる様に俺と向かい合うようにに座ってメニューを確認する。
ちなみに小学生は俺の隣に移動中だ。
腹を決めれば、態度も固まる。
対戦相手と顔を合わせたのはこれで3度目だ。
3度目ともなれば、もう慣れても来る。
シャキッと胸を張ると小学生がおおっと声を漏らしていたが、少なからずこの期待の視線が態度に影響を与えているのも間違いない。
虚勢を張る俺に、対戦相手さんは随分気をよくして、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた。
「ハハッ! 話が分かるな、君! いやぁ変人扱いされたらどうしようかと思った!」
「……そこまでの覚悟で話しかけてくれたんですね」
「そりゃそうだよ。どうも最近は年下に声をかけるのに昔より勇気がいる気がしないか? 顔も知らない他人と話す機会は多くなっているのに、不思議だね」
「そうですよね」
俺も頷いた。
小学生が相変わらずブザーを握りしめていては、冗談とも言えず笑えない。
はらはらしている対戦相手さんには悪いがしかし『警戒するな』なんてことは俺の口からもとても言えなかった。
「……すいません。俺も最近大人が信用出来なくなってきたもので」
「それで正解なんだろうと思うんだけどね。わかった、最低限の備えということで納得しておくよ」
そう口に出してはいるものの、ジリっと二人の間に緊張が走る。
「やめよう。話が進まない」
「……わかりました師匠」
「おお、それはありがたい」
ようやく手から離れたブザーを見て、彼は喜んでいた。
「はい。いざとなったら師匠が守ってくれるので」
「……えーっとそれでは、初めまして。対戦相手さん?」
俺が仕切りなおす意味もこめて話しかける。すると彼は軽い口調で自己紹介した。
「シュウでいいよ。僕のハンドルネーム。よろしくね? しかし君、堂々としたものだね。学生なのにたいしたものだ」
「どうも。貴方は学生じゃないんですか? お若く見えますが」
パッと見大学生くらいかと思ったが、彼はうれしそうに頭を掻いた。
「そうかい? それはうれしいね、最近見た目が気になる年頃になってきたし。あ、君達さっきケーキ食べたいって言ってたよね? ついでに頼んじゃうからどれがいい?」
「……チーズケーキください!」
「そうかそうか! えっと飲み物がないね、ジュースもいる?」
「いただきます! ……どうしよう。師匠、あの人いい人です」
「……」
さりげなく、小学生の懐柔までしてくるあたり、只者ではないようである。
買収は効果テキメンで、小学生は陥落した。
「おいおい、簡単になびきすぎだろう」
「す、すいません師匠!」
「あ、君も何か食べるかい?」
「チキンカツで、お願いします」
俺は即答した。もらえるチャンスは生かす派である。
「ししょー……」
「まぁ……ちょうど小腹が空いたんだ」
「……学生はチョロイなぁ」
「なんか言いました?」
「いや?」
首をかしげる彼は、俺に名刺を差し出してきた。
名刺とはまた社会人アイテムである。若干気圧されながらも俺は名刺を受け取った。
「僕が学生かどうかって話だったよね。これでも一応社会人さ、今はIT系の小さな会社をやってる。だからこのくらいのことは遠慮しなくていいよ」
「……へー。社長さん?」
思わず聞き返してしまったが、対戦相手さんは俺の中で社長となった。
一気に金持ち度数が増した感じ。社長もこの呼び方が気に入ったようだ。
「ハハハ。そうだね。うん。社長って呼び方もいいな」
「それでその……社長さんはどのようなお話があるんですか?」
そんな社長さんが俺に話しかけてくる要件がゲーム繋がりだと言うのだから胡散臭さも増し増しである。
警戒が態度に出てしまったのだろう、社長さんは少しだけたたずまいを直して真面目に答えた。
「いやね? 君の対戦を動画で見て。噂の邪神がどんな人なのか気になったってところなのかな? 実は僕は君のファンなんだよ。最初の戦いから大活躍だったからね!」
妙に大絶賛してくる社長さん。
俺は彼の言葉に目を大きく見開いて驚いた。
ファンとは……いったいどんな意味だっただろうか? ちょっと意味が分からない。
「えーっと。何言ってんだろこの人?」
思わず隣の小学生にふってみると、小学生はやたら自慢げに答えた。
「師匠! この人もやはり師匠の戦いっぷりに魅入られた一人ってことですよ!」
「そ、そうなのか!?」
「そうです! 自信を持ってください!」
小学生に励まされ、俺は深呼吸して気持ちを整えて、改めて社長さんに向き直る。
「それはどうも。ありがとうございます」
「でも、小学生に助言を頼むくらいだから、あまり余裕があるわけじゃないのかな?」
ただし先ほどまでの話を踏まえた指摘をされて、俺の顔は引きつった。
「……まぁそうですね」
「おや? いいのかい? 対戦相手にそんなに素直に弱みをさらしちゃって?」
「別に隠す事ではないと思うのですが?」
「そうかな? 割と勝負で余裕のあるなしは大事だと思うけどな」
探る様なことを言ってくる社長さんだが、別に俺に余裕がない事なんて基本的に周知の事実である。
「余裕って結果として生まれる気もしますよ。だから事前に色々と準備をするわけですし」
俺がそう言うと、社長さんはすぐに気軽な口調に戻ってふっと笑いをもらした。
「へぇ。僕もそうかもな。事前準備は大事だよ。ラスボス前とか最強の装備じゃないと嫌だしね」
「それわかるかも」
「やっぱりできることはやっておきたいよな。僕としては万全に楽しんでから、ラストを迎えたい。ヌルいとか言われそうだけど」
「そんなことないですよ。あのコツコツと積み上げていく感じもゲームの醍醐味ですよね」
「そう! そうなんだよ! 」
どうも俺と社長さんはタイプの似たゲーマーのようだ。
ただ、ひとつだけ確かめたいことがあって。俺はせっかくなので切り出していた。
「ところでご職業を聞いてひとつ疑問があるんですけど、いいですか? ちょっと失礼なことかもしれませんが」
「なんだい? もちろんいいとも。せっかくあったんだなんでも聞いてくれよ」
「貴方、チートに手を出してません?」
「……」
チートとは。
言葉の意味的には、『ズル』や『騙す』。一般的にはテレビゲームなどで本来とは違う動作をさせるなど、製作者の意図しない事態を意図的に起すこと。
つまりは反則技である。
チートを使う者はチーターと呼ばれ一般的には忌み嫌われる。
社長さんは笑顔を崩さず、慎重に口を開いた。
「なぜそう思うんだい?」
「動画を見たんです。なんとなくそう考えるとしっくりくるところがちらほらと、どうです?」
「師匠……さすがにそれは失礼なんじゃ?」
「まぁ念のため確かめておいたほうがいいかなって思いまして。せっかくの機会ですから」
俺とて質問がストレートすぎるとは思う。
だが開幕数秒、たった一人で相手キャラを全滅一歩手前まで追い詰める戦法がバランスブレイカーであるとは感じていた。
質問に対する社長さんの答えは、非常に微妙なものだった。
「何のことだかわからないな。このゲームはそれができないことで有名なんだよ? 知らないの?」
「ああ、そうなんですか」
しばらく俺と社長さんは視線を交わしていたが、先にため息をついたのは俺の方だった。
「ならいいんですけど。元々ゲームバランスとか考えてるのか考えていないのかわかんないゲームですから」
「ハハハ。わかるよ。そういうとこあるよね。始めたばかりの君がここまで勝ち抜いている時点で」
「それはそうなんですよねー」
社長さんの意見もまたもっともな意見だった。
さっきから、どうも肩に力が入っていけない。
社長さんも冷や汗をぬぐう動作をしている当たりなかなかお茶目な人だった。
「ふぅ。肝を冷やした。よかったよ疑いが晴れて」
「まだ、気を抜くのは早いかもしれませんよ?」
「いや、僕は技術屋だからね。そういう悪いことができることも自覚しているさ。知ってるかい? このゲームは世界で一番複雑なデータで出来ているんだ。そう言われるとどうしても気になると思わないか?」
社長さんの言う複雑なデータ云々の話は俺も聞いたことがある。
世界で一番というこのゲームの底力は、日々感じている所でもあった。だがゲームとして遊んでいる今、予備知識以上の関心はない。
「まぁ……すごいゲームだとは思います……色んな意味で」
呟く俺に、社長さんは身を乗り出した。
「そうなんだよ! こんなすごいゲームは他にないさ! 出来る事なら僕の手で秘密を解き明かしたいと思っていてね。このゲームを始めたのはそんなきっかけだったんだ」
「……それでチート?」
「まさか、そんなわけないってば」
セリフとは裏腹に社長さんは随分と不敵な笑みで返した。
「それにだ。運営が何も言ってはこないというのは、それがルール違反をしていないって証明だろう?」
「まぁあまり感心できないですけど、少なくても俺のゲームの心得からは外れますし」
「ゲームの心得かい? 面白いね、聞かせてもらえる? その心得」
「ゲームは遊び、楽しくなくっちゃ意味がない」
最近はそれだけのことに随分苦戦しているが、楽しめるようには工夫しているつもりである。
社長さんも俺の言葉に二度ほど頷いていた。
「まったくだね」
賛同は得られた様である。俺は最後に尋ねた。
「……俺に勝ち目はあるので?」
「もちろん。ゲームなんだから、勝つことが不可能なわけがない」
「まぁそれなら。俺の方も勝つつもりで勝負はさせていただきますが」
「いいね。そうでなくっちゃ面白くない。ヤッパリ勝負は勝つ気がある者同士でやらないと」
静かに語る俺達の所に、マスターが注文の品を持ってくる。
話に集中していた俺達は、話が中断されたことでお互い表情を緩め、いつの間にか随分前に倒れていた体を椅子の背に預けた。
社長さんは、自分の前に置かれたコーヒーを持ち上げ一気に飲み干す。
俺も……コップに残った氷を口の中に放り込んで、チキンカツにかぶりついた。
コーヒーを飲み終えて、立ち上がった社長さんは俺を改めて見て頷いた。
「うん、君に会えてよかった。じゃあ僕はこれで失礼するよ。邪神くん。試合を楽しみにしてるから」
そう言って社長さんは俺達の分の伝票まで持って、去っていった。
傍らの小学生はぽかんとしていたが、社長さんが消えると我に返って俺を見る。
そんな小学生に俺は質問した。
「……だ、そうだけどどう思う?」
「確実に何かやってそうです」
「……俺もそう思う」
双方そろって同じ意見だった。
そしてそれを踏まえた上で俺は尋ねた。
「俺、勝てると思う?」
「わかりません師匠! 強そうでしたけど大丈夫です! 師匠ならやってやれると信じています!」
「そうか……元気があって師匠はとてもうれしいよ」
全幅の信頼が、重い。
とりあえず勝つために、まだ何か工夫をしなければならないようだった。




