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 敵の話をしよう。


 今回の相手はたった一人である。


 しかしそのたった一人と言うパーティ構成でここまで勝ち抜いてきていることを鑑みれば、普通の相手ではないことは明らかだ。


 戦法はシンプルそのもので問答無用の先制攻撃。そしてどういうわけか相手は死ぬ。


 まさに『アイスクイーン』の異名に恥じない、というか反則じみた相手だといえるだろう。


 最近おなじみになりつつある喫茶店。


 テーブルのコーラは俺の前で景気よく、炭酸の泡を弾けさせている。


 頭がスッキリすることに期待しつつストローをすするが、ジュースがなくなっただけだった。


 机の上の3D端末からは立体のおじさんが顔を出していて、通話中である。


「今回もなんだか面倒くさい相手なんだろうなぁ……」


『ほぅ? それはまた、貴方の力をもってしても勝率は限りなく低いと?』


 おじさんの声が挑発気味にそう言ってきたが、そんなのいつもの事だろう。


「まぁね。だが現時点で作戦の案はなくもないけど」


『ほほう。さすがです。ならば勝率はいつも以上にあると?」


「はっはっは。そんなわけないだろ? 何を言っているんだか。いままで勝率なんてあった事ないしー。 負けなかったのが奇跡だし? もういっそ負けた方が得る物は大きい気は薄々するしなー世間体を考えたら」


『ふむ。毎度のことながらかなりいっぱいいっぱいなんですな。……私が言うのもなんですが、いっそ負けてしまっては?』


 メリットがないと嘆いたところにその指摘は悪魔のささやきだ。


 しかし俺には誘惑を突っぱねることだけは自らのゲーム道にかけて決定であった。


「嫌だ。負ける気では絶対やってやらない。こうなったら最後まで勝ちにしがみついてやる」


 そこだけは譲れない。こればかりは断言するとおじさんはあきれ気味の溜息をもらした。


『……そこまでくると、執念すら感じますなぁ。結構、男たるもの世間の顔色ばかり窺っていても仕方無い。こういう時は適度に肩の力を抜いて落ち着いて構えていれば、良い結果が生まれるもの……かもしれませんな』


「そこはバシッと言い切ってほしかったなぁ」


『私もわかりませんからな。なに、いつか理解が得られる機会がやってくるでしょう』


「理解……りかいかぁ。無理じゃないか? どう考えても」


 慰めにもならない台詞だったが、ここはおとなしく励まされておこう。


 ここまでにやった事と言えばアイドルを落とし穴に叩き落とした上でスライムをけしかけ、小学生を口車に乗せて、騙したくらいの事だ。……自分で言っていてないなという感じである。


 我ながら情けない声で唸る。そんな俺におじさんは意外そうな声色で訊ねた。


『おや? 後悔しているので?』


「それは別に。こだわりは、普通、人から見たら理解されないと思うんだ。最近しみじみと」


『それもそうですなぁ……』


 結局、俺とおじさんは似たような声で弱音を漏らすのだった。


 例によってあまり時間がないが、思い悩む時間には長すぎる。ままならないものである。


 俺はしばらくうなだれていたが、カランコロンとベルが鳴って誰かが店に入ってきたことに気が付いて顔を上げた。


「あ、来たみたいだ。じゃあおじさん、あとはよろしく」


『心得ました。それではそちらも』


 おじさんに後の事を頼み、待ち合わせの相手に手を上げて合図した。


 すると見覚えのあるボーイッシュな子供が、早歩きでこちらに手を振っていた。


「うれしいです師匠! 呼んでいただいてありがとうございます!」


「お、おう……。こちらこそわざわざ来てくれてありがとう?」


「当然じゃないですか師匠!」


 小学生は今日も元気だった。


 ちょっとメールで相談するだけのつもりだったのだが、居場所を聞き出されて断る間もなく数分後にはこうなっていた。


 俺は猪突猛進の小学生にどうやらものすごく懐かれてしまったのである。


 それも、どういうわけか師匠枠で。


 しかし師匠とは……とてもじゃないが完全に素人の俺にはハードルの高すぎる呼び方だった。


「……ええっとユウちゃん? その師匠ってのやめない?」


 やんわりと止めようとした。小学生はテーブルを叩いた。


「なぜです師匠! 今後も師匠に負けないように頑張りますので!」


「しー。お店では静かに……叫ばないでね」


 助けを求める対象が小学生と言う事実を突き付けられているようで、高校生の俺にとって若干苦みのあるテイストだ。


 いや、もう助けを頼んでしまったのだから、発想を変えてみよう。


 なんだかんだ言っても経験者の助言ほどありがたい物はない、それは間違いない。


「でも……なんかこう言うのってオンラインしてる! って感じする!」


「僕もです師匠! それで何が聞きたいんですか?」


 小学生は先ほどとは若干トーンを落として促してくれたので、お言葉に甘えさせてもらうことにした。


「ええっと、とりあえず次の試合まであまり時間がないから何かアドバイスをもらえたらなと」


 本題の方に話を振ってみた。ただ返って来た答えは少し望んでいたものとは違った。


「何を言っているんですか師匠! いつも通りに戦えば師匠に敵はいません! 常にタイムアップで!」


「……それはもうやんない。えーっとそうだな。いつも試合前には何をやっているのかな? ほら準備とか」


「え? 僕ですか? そんな試合の前にやる事なんて特訓に決まってるじゃないですか!」


 だがその答えもまた、期待したものとはちょっと違っていた。


「出来れば……もうちょっと、具体的に」


「モンスターをひたすら倒すんですよ! すべては戦いの中に答えがあります!」


「うお!……かっこいい」


「ありがとうございます!」


 言わんとしている事はわかる。小学生のやり方こそ、このゲームの正しい楽しみ方なのは疑いない。


 戦闘を繰り返し、連携のパターンを増やして、数ある戦場に対応する。


 経験値が存在するというのなら、単純にキャラが強くもなるかもしれない。


 だが俺が求めているアドバイスは少し違うのだ。


「そう言うのじゃなくて、もっとこう……攻略法的な奴なんだけど」


 漠然としているため、自然と言葉は頼りなくなるが、小学生もまた困り顔だった。


「攻略法って言われても。このゲームって結局攻略法とかすごく微妙ですよ? 同じ方法でもトラブルを完全に躱せるわけじゃないし。対人戦になれば、もう実力しか信じられません。結局相棒を鍛えるのが一番なんですよ、師匠!」


 俺はコホンと咳払いした。


「……な、なるほど。でもそう言う意味じゃ俺、君に圧倒的に負けてるからなぁ。ランキングじゃ君が圧倒的に上だってことを思い出してほしい」


 たどたどしく言う俺に、小学生は全くそう言う事はどうでもいいようだった。


「いいえ! そこの所をひっくり返してくるから師匠は師匠なのではないですか!」


「そうだったんだ……知らなかった」


「ところで師匠! 教えて欲しいんですけど! この間の試合って、結局どうすれば僕は勝てたんですか?」


 突然、背筋をぴんと伸ばして質問してきた小学生だが、そんなモノ、答えはいくらでもあるだろう。


「え? 普通にルール通り、まとめてかかってこられたら負けてたんじゃない?」


 真っすぐに問われた質問に俺はあっさりと答えた。


 むしろ俺が勝つ方法の方が圧倒的に少ないくらいである。


「……えーそれだけですかー」


 納得いかないのが丸わかりの態度だが、しかしそれが答えなのだ。


「だって、俺が倒したのって、実質ワーウルフの一体だけだし。あの時点でこっちが一人でもやられていたらこっちの負け。おじさんが負けてもこっちの負け。劣勢になった時点でゴトウさんが助けに入ってもこっちの負け。ほら。勝ち目なんてほとんどない」


 バトルの時でさえ、本当に勝ち目なんてごくわずかだったと思う。


 何が悪かったのかと言えば、俺の根性が悪かった。


 言葉でだますなんて邪道もいいところだ。


 だけどユウくんは納得せずに詰め寄って来た。


「で、でも、あのおじさんはうちのゴトウと互角でしたよね!」


「それは最初だけだし。何回か打ち合っただけでしょ? 確かにうちのおじさんは真面目にやると結構強い。けれど見た所パワーもスタミナもゴトウさんには全然及ばない。他のメンバーだって癖が強すぎて一回崩れたらそのままあっという間に負ける典型だ、と思う」


 俺のパーティはつまりそう言うメンバーだ。


 前もって準備していた型に相手を誘導すれば勝つことが出来る……可能性があるだけ。


 本来ならそこまで誘導する前に負けるだろう。


 さすがに失望されたかなと内心思っていると、小学生は別の結論に達したようだった。


「……で、でもそんなメンバーで準決勝まで行くってやっぱりすごいと思います!」


「そ、そうかな?」


 そう来たか。


 褒められ慣れてないのでなんだか照れる俺だった。


「はい! だからめげずに頑張りましょう! 師匠!」


「……よろしくお願いします。まぁアドバイスのお礼にここは俺が奢るから」


「ほんとですか! わーい!」


 結局、どっちが師匠なんだかということになっているわけだが、深くは考えまい。


 せめて喜ぶ小学生に貢物を捧げようとした俺だったのだが――。


「いや、ここは僕の驕りにさせてくれよ」


「「え?」」


 突然声を掛けられて俺達は二人して顔を向ける。


 そこには無精ひげを生やした20代中盤くらいのお兄さんが、カジュアルな派手目の赤いシャツと白いジーンズで手を掲げて笑っていた。


 ちなみにたれ目気味の目元が特徴的な優しげな二枚目である。


「突然話しかけてすまないね。でも知っている顔だったから気になってね」


「えっと……どちら様で?」


 とは聞きつつも、実は俺の方にも見覚えがある。


 嫌な予感ではあったが、もうずいぶん慣れてきた展開に、自然と表情が引きつっていた。


「ああ。僕は……次の君の対戦相手って言えばわかるかい?」


「……」


 告げられた紹介に、俺はやはりかとコメカミを押さえた。


 またかい。


 俺は対戦相手と前もって会わなければいけない運命にあるのだろうか?


 こう言うオンラインゲームって、リアルで顔を知らないからこそ後腐れなく勝負が出来る事も売りだと思うのだが……俺はその利点を生かせない星回りのようだ。


 ところが、今気にすべきはそんなことじゃない。


「ちょ! ブザーは待って!」


「で、でも師匠! 知らない人です!」


 小学生の手にあった、痴漢撃退ブザーが鳴らされるのを俺はあわてて止めた。


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