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「なんだかぶっちゃけすぎて、怒る気も失せちゃいましたけど」
「それはありがとうございます。怒られるの嫌いなんで」
「……」
よそう、不毛だ。
怒りを軽く振り払い、俺は先ず深呼吸を繰り返す。
考えてみれば相手はそりゃあ販促を依頼しているアイドルなんだ、契約するメンバーのビジュアルくらいはこだわるだろう。
それにしても三人とも美女、美女、美女。その上、本人まで美女とは羨ましい。
ええい、切り替えるんだ俺! 大人の事情とはどこにでもある。
隣の芝は青く見える物だ! プレイしていれば俺にだっていいキャラを揃えられるさ!
それに俺だって暑い中わざわざここまで来たんだ、もうそろそろ少しくらい報われてもいいはずだ。
「ああ、でも人が多いですから、出て来たらすぐ契約した方がいいですよ?」
「……なんで俺、そんなに余裕ないんですか?」
「その辺りは運の要素も強いので。やっぱり今日の所は日が悪いとは思いますけど」
笑顔のお姉さんは今更な事を改めて指摘してきた。
受付のお姉さんも、ここまでタイミングの悪いプレイヤーがいる事は想定していなかったかもしれない。
だが俺は変える事だけは踏みとどまった。ここで引き下がっては、ゲーマーの名折れというものだ。
「……いや! なんかここで止めたら負けた気がするので今日登録します! 夏休み中遊び倒す計画なので!」
「そうですか。ありがとうございます」
優しい表情で頭を下げる受付のお姉さんの視線はやたら切なかったけれど、俺は初志貫徹を心に決めた。
そんな決意がきっと神様にも届いたのだろう。
ついに俺の画面にも反応が!
「よし来た!」
すかさずチェック……したけれど。
『ここが契約の間ですか、思っていたより普通ですな』
「……」
契約画面に現れたのは一人のおじさんだったのだ。
「よかったですね! 今日はもうダメかと思いましたが!」
「え? ダメだと思ってたんですか? ええっと……これってどうすれば?」
「はい、コミュニケーションが可能になりますので! 気に入れば契約です! 頑張って!」
「りょ、了解です」
指示に従いコンタクトを取る。なんとなく緊張して声が震えた。
しかし最初の一声は割とすんなり出た方だと思う。
「よ、よろしく」
『お、声が。これが神の声というやつですか。ホントにいるのですな』
おお、ちゃんと話せる。
異世界人とのコミュニケーションもこのゲームの売りだと聞いていたが、こいつはすごい。
だけどここまでリアルだと、普通にその辺りのおっさんと話をしているだけじゃないのか? と、ちらりと思ったが雑念は振り払う。
「えっと、契約してもらえるって事でいいですか?」
『ええ、そのつもりで来ていますよ?』
「それじゃあ! よろしくおねがいします!」
「今です!」
受付のお姉さんの、無意味に気合の入った指摘に慌てて俺はアイコンをタッチした。
『ああ、これが契約ですか。なんだかあんまり変わった気はしませんね』
キラキラ光るおじさん。なかなか面白い感じだが、これでゲームが始められると思うと、俺の胸にようやく喜びが湧きあがる。
「長かった……ようやくゲームが始められる」
「おめでとうございます!」
受付のお姉さんと喜びを分かち合っていると、記念すべき最初のキャラクターであるおじさんもこちらに話しかけて来た。
『ふむ、それではよろしくお願いしますでいいのですかな? 我が神よ』
「ええ、まぁそう言う事になります! よろしく!」
なんだかこんなに本格的に会話をすることになるなんて思っていなかったが、とりあえず俺は最初の一歩を踏み出せたようだった。
だけどその時、何の前振りも無くピロリンという電子音が聞こえて、俺達の会話は中断された。
「『?』」
画面の向こうのおじさんも怪訝そうな顔をしている。どうやら向こうにもこの妙な音は聞こえていたらしい
何かやってしまったのかと首をかしげていると、受付のお姉さんはものすごく嬉しそうに、手に持ったハンドベルを打ち鳴らす。
カランカランと無駄に響き渡る鐘の音に俺は混乱した。
「止めてください! 目立ちたくないので!」
「おめでとうございます! 大当たりです!」
「……え? 何がですか?」
何故か感動しているお姉さんは止まらない。
「よかったですね! キャンペーンの景品が当たりましたよ!」
「は、本当ですか!」
「はい! こちらで登録してくださった方にランダムで景品がプレゼントされるんですけど、見事一等ですよ! やっぱり苦あれば楽ありって奴ですね!」
「本当に! いったい何が当たったんですか!?」
おおう! ようやく俺の苦労が報われる時が来たのか! やっぱり苦労は報われるものなのかもしれない!
プレゼントというと色々期待してしまうけれど、やっぱりすごいアイテムなんかだろうか?
ボーナスでキャラのステータスアップとか、特殊なスキルなんかも捨てがたいけど……やっぱり普通にグッズか何かかな? まぁ記念にそれもいいだろう。
もらえるものなら何でもいい、くれると言うならもらう主義だ。
「ええっとちょっと待ってくださいね……」
キャンペーンの景品を把握していなかったらしいおっちょこちょいなお姉さんがテーブルの下を漁っているのを俺的に楽しみに待っていた。
ようやくお姉さんは何かを発見し、そのキャンペーンの内容が書かれた紙を持って、笑顔のまま読み上げる。
「あ、そうですね……ええっと一等の景品は……」
そして、そのままお姉さんは固まってしまったのだ。
え? なんでそこで固まるのさ?
こういう演出はいらない、俺はCMでもじれる派なのに。
「……どうしたんです?」
痺れを切らせて尋ねると、顔を上げた受付のお姉さんはまさに笑顔を張り付けたという感じで、とてつもなく言いづらそうに口を開いた。
「あ、あの。ぜ、全国……ですね」
「全国? 全国で使えるお米券とか?」
「全国大会の招待券……ですね」
「…………ほえぇ?」
変な声出た。