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俺、社 真志は毎度のごとく悪あがきのために動画を眺めていた。
そして今回の対戦相手もまた、とても魅力的なキャラクターであることに疑いはない。
それが敵だということが、何よりも無念だった。
『アイスクイーン』
それが彼女の通り名である。
「その名の通り、氷の女王ってところか……」
動画を見る限り、有名だと言うのも頷けた。
大きくはだけた和風の服を着こなす長身の美女は、しかしモンスターである。
とは言ってもほとんど人にしか見えないが、唯一その透き通るような青い肌だけがモンスターであることを伺わせていた。
彼女は凍てつく風を纏ってバトルフィールドに一人立っていた。
対して敵側もまたモンスターだったが、相手の風体はまさにモンスター然としていて対照的な印象をかもしだしている。
黒い影と混じったような不思議な馬に乗る骸骨の騎士が3体。アイスクイーンの周囲を等間隔に取り囲んでいた。
ちなみに三体全く同じ構成にしたいという気持ちはわからなくはない。
これもまたこだわり。そしてこだわった方がゲームとはのめり込むものだろう。
話を戻そう。
周囲を取り囲んでいる骸骨の騎士達の動きは一定の距離から円を描いているようだった。
この間合いがアイスクイーンの射程なのだろう、よく見ればアイスクイーンの周囲には輝く粒子が浮かんでいて、どうにも何かありそうだ。
彼らも相手を分析しているらしく、動きは慎重だった。
『いけ!』
相手のプレイヤーの声が響く。
声を合図に三体の髑髏の騎士がそれぞれ攻撃のモーションに入った。
二体は突撃し。もう一体は遠距離から剣に雷を纏わせて振り上げる。
三方向から別々に多様な攻めを一度に行えば、より対処はしづらい。そして遠距離攻撃担当と思われる雷を使用した髑髏の騎士が雷と同時に繰り出した攻撃は実に興味深かった。
髑髏の騎士の背後から出た黒いオーラが無数の骸骨に姿を変えて襲いかかったのだ。
その数はざっと十体以上にも見えたが、仕様ではあるのか反則は取られていない。
何かスキルのようなものなのか、骸骨の群れとなってアイスクイーンに殺到する。
キャラクターにとってみれば物量で押しつぶされることが一体多数で最も恐れるべき攻撃だろう。
いくらなんでも、この一斉攻撃をたった一人で捌き切れるはずはないと思っていたが……一瞬後、そこにあったのはアイスクイーンの躯ではなく、三つの氷の塊だった。
『グ、ゴゴゴ……』
突撃したニ体はその槍を届かせることもできずに氷に包まれ。
後の遠距離から雷で狙った一体すら、まとめて凍らされていたのだ。
もちろんオーラで作られた亡霊の群れも一掃され、もはや打つ手もない。
ほんの一瞬で現れたこの状況は、アイスクイーンが勝利した事だけは疑いなかった。
『他愛のない……まぁ当然の結果でしょう』
そっとそばの氷の柱に歩み寄って怪しく微笑むアイスクイーンは髑髏の騎士ニ体を無慈悲に砕く。
ニ体の髑髏の騎士は、アイスクイーンの爪によって、ガラス細工のように砕け散った。
周囲に散った氷のかけらを踏み砕き、最後の一体に歩み寄る。
馬も合わせれば、見上げるほどに大きな髑髏の騎士を前にして、アイスクイーンの態度は完全に勝利を確信したものだった。
しかし髑髏の騎士もまた、ここまで残った猛者であった。
アイスクイーンが歩み寄ったその瞬間、最後の一体は、無理やり氷を砕いて、アイスクイーンに襲い掛かったのだ。
一瞬だけ、アイスクイーンの表情には焦りのようなものが浮かんでいた。
『……往生際の悪い』
アイスクイーンは呟き、周囲の空気が輝き始める。
髑髏の騎士は重そうな槍を軽々振り回すが、アイスクイーンは槍先を氷の盾で滑らせてかわし、青い光をあばらの辺りに放つと、青白い輝きが髑髏の騎士を飲み込んだ。
水分が一気に凍りつき、髑髏の騎士の体の半分が完全に氷結する。
だが、それでも髑髏の騎士は止まることなく左半分で殴りかかった。
『!』
凍りついた半身を捨て、ダメージを無視した一撃だ。
その拳はアイスクイーンの顔に届くかに思われたが、すんでの所で再び氷が一気に髑髏の騎士の体を侵食して、完全に全身が氷に包まれると、もはや動くことすらできなくなってしまった。
『ふぅ……これだからアンデットは心臓に悪いわ』
アイスクイーンが忌々しげに最後の一体を完全に踏み砕いたところで動画は終わっていた。
『これは……全方位オートガードってことなのか? 何それ怖い』
とりあえず絵になっているので画像を保存して。現実世界の俺は頭に載せていた保冷剤をそっと頭からどけた。
俺は毎度の事にため息を零す。
ゲーム内にて仲間とのミーティングは動画鑑賞から始まった。
毎度のごとくもたらされる虚無感に辟易しながら俺は呟いた。
『ああ、またこんなのか……強そうだなぁ』
一人だと聞いて少しはやりやすそうだなんて思っていたが、とんでもない。
相手の圧倒的試合展開は一人で十分だと言わんばかりだった。
『で、どうだろうか? おじさん』
「美人なのはよいことかと」
『そういうことではなく』
「ふむ……であれば、得体が知れないという感じですな。しかしそこもまた美人を引き立てる香水のようなものかと」
『……言ってなさいよ』
俺の持ちキャラであるケビンさん、通称「おじさん」はおじさんっぽいことを言いつつ自分のヒゲをいじっていた。
だが確かにあまりにも一瞬のことで、訳が分からない印象は強い。
俺にしてみても、かろうじてわかるのは何らかの魔法を使っているということだけだった。
『氷なのは間違いないんだろうけど……一瞬で3体氷漬けってのが気になるなぁ』
「そうですな。余りにもタメが短過ぎ、威力が強すぎる、そんな印象です。最後の瞬間、いきなり凍りついたのも気になりますな。なにかネタがあればいいのですが」
『なければ、勝つのは難しい。あっても難しいんだろうけど。ハハハ』
「ですな。気にしても詮無きことですよ。毎度のことではありませんか」
全くその通りだった。残念ながらである。
『……後、俺の方もちょっと気になることがあるんだけど?』
「実は私もです」
だが敵のことはとりあえず置いておいて、俺とおじさんはちらりと手近な違和感に視線を送った。
するとなぜだか、スケルトンとスライムが大興奮である。
画面を指差して、何かこちらに訴えて来ているようだったが、理解はちょっとできそうになかった。
『なんだろ? 食あたりかな?』
そう言うと怒るスケルトンとスライム。
『相手がスケルトンの上位互換みたいなやつだったし、気持ちはわからないでもないけれど』
違う? そうじゃないと?
拘束で手を振るスケルトン。スライムなんかはもうなんだかよくわからない形になっていた。
なんだろう? やる気があることだけはわかるので、それで良しとしておくべきか?
するとおじさんは、そんな彼らを見て、何やら意味ありげに微笑んでいた。
『なんだよ?』
なにか意味があるのかと俺が問うと、おじさんは他愛ないことだと首を振った。
「いえね、彼らとも随分打ち解けたものだと思いましてね。まさかモンスターと仲間になる日が来るとは思いもよらないことでした」
『まぁ、そうだろうね』
「ええ。私にもかつて仲間と呼べる友がいました。その頃のことを少しだけ思い出したのですよ」
『へぇ。そうなんだ』
「ええ、遥か昔のことですがね。冒険者になってからは、ビジネス的な付き合いが多いですから。懐かしいものです」
『そっか。まぁ確かに俺達も随分打ち解けたもんだもんなぁ。これも苦楽を共にした成果かね』
「そうでしょうとも」
おじさんは満足気だったが、いかに仲良くなろうとも、スケルトンとスライムの言語をマスターする域までには達していないらしい。
とにかくもう少し落ち着くまで待っていた方がよさそうだと早々に解読をあきらめた俺はログアウトの準備を始める。
『しゃあない。少しアイディアを煮詰めてくる。とりあえず訓練ヨロシク』
「心得ました。今回もまた面白い展開を期待しましょう」
『ハハハ。頑張るよ。スケルトンもスライムも次も頑張るからそれでいい?』
わからないなりに言葉を残したが、たぶんこれまでにない勢いで頷かれた。
モンスターとは奥が深い生き物である。
期待に応える当ては全くないわけだが。今回もひとまず勝ちに行く方向で。




