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『タイムアップ! まさかのタイムアップ! ヤシロ選手は残りメンバーは3!対してユウ選手のメンバーは2! ……ヤシロ選手の……え? 少々お待ちください審議です!』
恒例の審議になんとも言えない、独特の雰囲気が会場全体を包み込む。
いいか悪いかで言えば悪い雰囲気が立ち込め。しかし困惑が激しいと言う、本当に微妙な空気だった。
短い審議の結果をアイドルさんが受け取り、そして小さな紙を読み上げる。
『えーっとですね……審議の結果。ヤシロ選手の勝利です!』
「な……!」
小学生のくりくりした眼が大きく見開かれていたけれど、そりゃあそうでしょう? 口約束で決闘形式にしてもゲームのルールは変わらないです。
というのが俺の主張だった。
最初の一匹を倒して、三対二の形に持っていった時点で俺優性。
三十分時間を稼いでタイムオーバー。俺の勝ち。
俺の選んだ戦略は、『まともに戦って勝てないなら戦わなければいいじゃない』だ。
しかし言うのは簡単だが、戦うだけで三十分もの時間を消費するのはあまりにも難しい。
だから今回のテーマは、いかに戦い以外で時間を浪費するかだった。
そしてそこに到達するにはあまりにも達成が難しい前提条件をクリアーする必要があったのだ。
「おじさんが、三十秒くれって言いだした時にはどうしようかと思ったけど……何とかなったか」
俺はどうにか勝ち目の薄い戦いが終了し、額の汗をぬぐう。
この汗は俺の心の涙だった。
それにしても色々あったものだ。
過去、あの小学生が二体のオオカミ男で小手調べをしてくることを知っていた俺は、最初におじさんに一体を足止めさせて、もう一体をこちらの二体である程度ダメージを与える、もしくは仕留めるという賭けに出た。
もし勝ちの条件を満たせるところがあるとしたらここしかないとそう思っていた。
だがまずいい誤算が起こったのがここだ。ケビンおじさんは体力さえ尽きなければ思ったよりもずっと強かったという事だろう。
まさか早々にオオカミ男を仕留めてくれるとは思わず、素で喜んでしまった。
そうして第一条件をクリアーした俺はすぐに準備に取り掛かった。
のらりくらりと時間を稼ぎ、口八丁で小学生女子をだまくらかし計略に嵌め、決闘を承諾させた。そしてバトルフィールドを作るとまた時間稼ぎをした。
その間スライムとスケルトンはすぐさま逃走経路に向かわせて、時間を稼ぐための準備を整えた。
そうして挑んだ決闘だが、ここでおじさんがやられても、その時点でアウトである。
三十秒戦わせろと言われた時は余裕ぶってすんなり了承したが、内心きゅっと胃が縮んだものだった。やられなくて本当によかった。
後は相手の動きを観察しながら、うまく隠れおおせたわけである。
ちなみにこの時間稼ぎは、一回戦の俺の風評が追い風になったのが大きいだろう。
改めてこんなにも長い三十分は久しぶりだった。
少し予定外の事もあるにはあったが、おおむね計画通りと言った所ではないだろうか?
あのおじさん、表情に出ないだけで、結構根に持つタイプみたいである。
俺は出来る限り物音を立てないように速やかに退場した。
「……ああ、これで邪神は不動のものになっただろうな」
頑張ったのに実に泣けてくる話だ。
だが、折角迅速に姿を消そうとした俺の目論見は脆くも崩れ去り、すぐに見つかってしまったわけだ。
よりにもよって一番会いたくないちびっこにである。
俺の前に立ちはだかった小学生は明らかに怒っていて、俺は普通に戦慄した。
小学生からは逃げられない。
奴らはフットワークが軽いのだ。
さっそく俺の逃げ道をふさいだ小学生は怒りに燃えた瞳で言った。
「なんでちゃんと戦わなかったんだよ!」
「ん?」
「普通にやり合ってたら僕が勝ってたんだ!」
よく見たら涙目で、唇も震えている。
しまった、小学生を泣かせてしまった。
それにしてもなんとも、真っすぐすぎる罵倒だった。
だが堪えるんだ俺、今狼狽えてはならない。
カラオケ特訓を思い出しポーカーフェイスを取り繕う。
どっちも興奮していたら、見苦しいのは俺だけである。
だから俺はあくまで真顔で頷いた。
「ああ、普通にやってたら負けていたのは絶対俺だった。だけど――それでよかったのか?」
俺は、あえて思わせぶりに、冷静に問いかけたのだ。
「どう言う意味だよ!」
小学生は今にも飛び掛かってきそうな勢いだが、どういう意味かと言われれば、そのままの意味だった。
「君は絶対勝てるゲームがしたかったの?」
「そりゃあ勝ちたいに決まってる!」
「いやいや、そうじゃなくって……。絶対勝つことが決まってるゲームがしたかったの?」
改めてそう問うと、小学生は黙り込む。
最初から勝つ方が決まっているなら、それはゲームじゃない。
失敗する可能性があるからこそ、プレイヤーは成功へとキャラクターを導かなければならないのだから。
「……そうじゃないけど! ただ僕は正々堂々と真っ向勝負がしたかったんだ!」
「正々堂々勝負したら俺が負ける。おじさんと、スライムと、骨だし」
世間一般で言うと雑魚と呼ばれることもある面子である。
「……そんなのそっちが勝手に選んだメンバーだろ!」
「そうだよ? だから俺達は使っていい手を精一杯使って、どうにかして勝つ方法を考えたんだ」
言葉に詰まった小学生は、両手を握りしめて言った。
「うぅ……ずるい!」
口惜しそうにする小学生を俺は諭すように言葉を続けた。
「その気持ちはわかる。でも勝ち負けを競うゲームで勝とうとしないなんて相手に失礼だと俺は思う。ましてや大会ともなればやれるだけのことをやらないと。俺の勝因はあれだ、君は『綺麗な勝ち』にこだわったけど、俺は『君との勝負』にこだわったって感じかな?」
「何が違うのさ!」
妙な言い回しをしたせいで、意味が分からなかったのか、噛みつく小学生の頭を撫で、俺は言った。
「俺も君に勝ちたかったんだよ。君はすごく強いからね。納得出来ないなら、まぁ仕方ないえど。その時は――またゲームの中で遊ぼう」
色んなゲーム感が世の中にはあるが、それをいちいち否定するほど野暮なことはないだろう。
各々楽しんでこその娯楽だと。それが俺のゲーム感だ。
「……」
黙り込んでしまった小学生を残し、俺はそれ以上振り返らずに会場を後にした。
そして思った……。
まぁめちゃくちゃ卑怯なのは変わらないけれども。
「俺ってこれでよかったのだろうか?」
襲ってくるのは勝利の余韻と同じくらいの自問自答である。
『さて今回も勝ってしまったわけだけども』
後日、難しい顔をしてゲームに潜っていた俺である。
ものすごく後味が悪い、非常に考えるところのある勝負だった。
アイドルさんからは『よくやった!』とメールをいただいたが。なんぼの物か。
なんならそのままゴミ箱に突っ込んでもよかったくらいである。
「ですなぁ……今回も邪神の名に恥じぬ戦いだったのではないかと」
おじさんのフォローもどこかよそよそしい。無常だった。
だが俺はあえて明るい声を出した。
『でしょー? 俺もそうなんじゃないかと思って、ネット見れないですもん』
ただでさえ、女性と子供をいじめる奴はものすごく当たりの強い風潮があるのに。
今にも呪いのメッセージとか飛んでこないか心配である。
しかし勝ちは勝ちだ。
正式に勝利を宣言してもらって。勝ちのボーナスも無事もらえたので良し。
しかし話し込む俺達のもとに、なんだかとっても見覚えのあるアイコンの妖精がふわふわと飛んできた。
俺は戦慄する。そのアイコンにはユウと書いてあったんだから。
妖精は俺達の所までやって来るとものすごく元気に叫んだ。
「師匠! ここにいたんですね!」
「……何だって?」
俺の予想を遥かに飛び越えてきた台詞のせいで、聞き間違いかと思ったが、そうじゃなかった。
何も言えないでいると、今度はためらいがちに少し間があり、こんなことまで言われるしまつ。
「師匠! あの……試合が終わった後はごめんなさい! 失礼なこと言って! ……これからも遊んでもらっていいですか?」
「……」
どういうわけか、小学生に懐かれました。




