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後には引けない真剣勝負。
噂の邪神とは思えない、聞いていた話とは真逆のそんな申し出を、僕は受けた。
これは僕達向きの勝負だという確信がある。ゴトウもまたそれを望んでいるのは明らかだ。
僕には断わる理由がない。
ゴトウは決闘を思わせるこの演出に、礼を言ったくらいだった。
今から決闘に臨むゴトウとおじさんは剣を構えて対峙していた。
少しずつ二人は距離を詰めてゆく。
普段の対戦とは全然違った緊張は、まさかこのゲームを始めたばかりの相手と戦っているとは思えない。
穏やかな沈黙から一転して激しく打ち合うその瞬間を、僕はしっかりとこの目で見た。
仕掛けたゴトウは猛然と突進し、しかしそれに合わせる様に相手も飛び出して、かち合った。
獲物の大きさが違いすぎる。一瞬でも遅れていたらあんな細い剣は簡単に折れていただろう。
ほとんど手元と言っていいギリギリのところでつばぜり合いに持っていったからこそ、まだおじさんの武器は破壊されていなかった。
『……度胸あるなおっさん』
『ええまぁ、ですがやはり怪力ですな。意表をつけるかと思ったんですがね』
『そりゃあ当然……じゃなきゃこんな武器は使わねぇよ!』
ゴトウは両手で愛剣の柄を握り込んで、強引におじさんごと横薙ぎ払った。
『うお!』
声を上げ、おじさんは面白いくらいに吹き飛ばされて。数秒後ようやくその足を地に着ける。
強力な斬撃は周囲の地面に深々と斬撃の傷を残す。
『これはまた聞きしに勝る……』
おじさんはゴトウの怪力に驚いているみたいだけど、僕にとっては当たり前だった。
ゴトウはこの戦い方でいつも勝ってきた。そして今日もまた僕に勝利を約束してくれているんだから。
自慢の武器を軽々と振り回しゴトウはおじさんに切っ先を突き付ける。
『わかるか? こいつはでけぇモンスターの首をはねるためのもんだ。こいつを人間相手にも扱えるようになるのは結構骨だったんだぜ?』
『それはご苦労様です。しかし残念ながら当たるわけにはいきませんね』
『そうかい? こっから、体の芯まで味わってもらおうと――思ったんだけどな!』
ゴトウは調子が出てきたらしく、一層動きの切れが良くなってきていた。
何度もゴトウの戦いを見ているからわかる。あのおじさんは、かなり強い部類に入るみたいだ。だけど、それでも長くは続かないだろう。
強い相手の時ほどゴトウは本領を発揮するからだ。
一対一の状況ならなおさら、ゴトウの剣は一撃でごっそりと体力も気力も持っていく。
何とか避けているみたいだったけど、捕まるのは時間の問題だろう。
さぞかしでかい口を叩いて慌てているだろうと僕は思っていた。
でも視線を邪神に向けて、そこで初めて気が付いた。
数度打ち合って、少しずつではあるがゴトウにダメージがある事をである。
「!」
腕に、足に、小さな切り傷がある。
大した傷ではない。だが打ち合う度、離れるたびに少しずつ削る様に、そうやってつけられた傷のようだった。
『どうしました? 噂の剛剣が泣きますよ?』
『やってくれるな! 期待以上で何よりだ!』
『そうですかな? こちらはいささか期待外れだと思っていたんですがね』
『はっ! すぐに見せてやるよ! 俺の本気をな!』
ゴトウは僕に一瞬、視線を投げた。
彼のやりたいことを知った僕は、残ったワー君Aにさらに後退を命令した。
「距離をとって! 来るよ!」
あの技はよほど認めた相手にしか使わない。
ましてたった一人に使うなんて滅多にない事だった。
『さぁ行くぜ!』
巨大な剣に光が纏りつき、その輝きを増してゆく。
輝きは赤く、紅に変わり、炎になって刀身を形成した。
『喰らいやがれ!』
『!』
ゴトウが地面に向かって剣を振り降ろすと、突き刺さった剣を中心に、炎が地面を割った。
蛇の様に炎が地を這い回り、周囲に広がってまとめて爆砕する。
『……!』
炎の閃光に巻き込まれたおじさんは、派手な爆発に飲まれていった。
『はっは! 見たか! 魔法剣・爆炎陣だぜ!』
ゴトウの必殺の一撃はあのおじさんをやっつけたと疑わなかった。
僕が得意になって邪神に視線を向けたのは『どうだ』と当然の結果を突き付けるためにである。
だけど邪神は眉ひとつ動かさず、冷静に試合を観察していたのだ。
『三十秒だ……プランE!』
『もう――そんな時間ですか』
「ゴトウ! まだ生きてる!」
僕ははっとしてすぐに叫んだが遅かった。
『……ぐお!』
『おっと失礼』
上空から声がして、ゴトウにしてみたら、顔を上げたのは最悪のタイミングだったろう。
おじさんはよりにもよってゴトウの顔に着地した。
のけぞるゴトウは何とか倒れずに堪えたが、そうとうもろに食らってたたらを踏んでいた。
『おいおい。どうやって……』
顔を押さえたゴトウは両目を見開いておじさんを睨みつけている。
おじさんはゴトウの顔に足の跡をくっきりと付けて跳びあがり、綺麗に着地して見せた。
「……うそ?」
僕は呆然としてしまって、まだ生きているおじさんを見た。
おじさんは冷や汗をぬぐい、ところどころ焼け焦げてはいるものの、しかし確かに立っている。
そして遅れて空から落ちてきたのは焦げた木片。どうやら壊れた樽らしい。
『危なー爆発する技なんてあるんだ、くそ……貴重な樽が』
『ほら、年寄りの言うことを聞いておいて正解だったでしょう? 水は絶対役に立つと』
どうやら樽には水が入っていたらしいく、おじさんは水と煤にまみれていたが未だ戦闘が継続可能で、こちらに向かって不敵に笑う。
『あぶない……賭けに勝ちましたね。今の技、貴方の周囲だけはそう威力はないようだ。自分にダメージがあっては意味がありませんからな。爆風に乗るなど無謀かと思いましたが、思ったよりもうまくいったようです。手ごろなクッションもありましたし』
『いや……すごいHP減ってるからね! それに服燃えてない? 背中!』
『ほ、本当ですか!』
慌てて火を消しているおじさんは間抜けを装ってはいたが、僕は信じられなかった。
爆炎陣の爆風に乗った!? あの樽を使って!?
爆発の瞬間、何が起こるのか予測して樽を投げたのは邪神なんだろうか?
しかも樽があったとはいえ、あのおじさんは爆炎陣を放つゴトウめがけて突っ込んだというのだろうか?
どっちも正気の沙汰じゃない。
どんなタイミングでアイテムをだし、どんな度胸で飛び込めばそんなことが出来るのか、想像もつかない。
しかし実際おじさんは生きていた。
転がって火を消し終わったおじさんは肩で息をしながらも僕達の方に三本指を突き付けて人の悪そうな顔で笑い。
『はぁ……はぁ……。とりあえず30秒では私を倒すのは無理な様ですね』
すごく満足そうに言ってのけた。




