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「それではわざわざ足をお運びいただき、誠にありがとうございます。こちらでは、プレイヤーの皆様に仮想世界、テラ・リバースを管理する神様になっていただき、世界の住人と共に冒険を繰り広げ、対戦し様々なイベントで楽しんでいただけます。
自由度はとても高く、仮想世界では第二の地球を歩き回っているような感覚を味わう事が出来るでしょう」
「そ、そうですか」
受付のお姉さんはさっそくものすごく雰囲気を出して解説してきた。
原因はファンタジックな衣装? それとも画面のライト? いやいや大したことない説明の中にもそこはかとなく雰囲気を醸し出す所作は、まさしくプロの技なのだろう。
「はい。しかし仮想世界とは言いましても、あちらの世界の住人はちゃんとした意志を持っているという事を忘れないでください。貴方は彼らのサポートをする立ち位置で、テラ・リバースを快適に冒険出来ます」
ここまではネットで一般公開されている説明そのままである。
数少ない情報では、この冒険というのはあくまでサブにすぎず、メインはネット対戦にあるともっぱらの噂だった。
プレイヤーは異世界人とコミュニケーションをとり、仲良くなった仲間達と異世界を旅する。そしてより強いパーティを集め、対戦を繰りかえしてランキングトップを目指すのが目的という趣旨のゲームである。
お姉さんの見事な営業スマイルですらすらと紡ぎだされる説明を、俺は笑顔で聞き流した。
「向こうの世界の住人は貴方とほぼ無条件で契約してくれます。テラ・リバースの住人は貴方という神の加護を得られ、絶命しないと言う特典を得ることが出来るのです。
その代りプレイヤーからでもキャラクターからでも、契約はいつでも切れますので、お互いの信頼関係はとても大事です。人間関係はどこの世界でも同じく大切だということですね」
「……信頼関係ですか」
「はい。その通りです」
だがふと、何ともリアルなスキルの単語が耳に入った。
うむ? 結構高めのコミュ能力も求められるのか? ちょっと自信がないのだけれど? しかもキャラクターからも契約が切れると言うのは自由すぎではないだろうか?
おまけに下調べの結果、このゲームに限っては情報の流通が芳しくない事も把握している。
絶対の攻略など存在せず、ネタバレありのホームページですら情報は最低限しか存在しなかった。
受付のお姉さんはさっそく浮かび上がった受け付け専用の投影ディスプレイを反転させて空中を滑らせ、俺に渡す。
やたら鮮やかな画面には、木製のカウンターの様な物が映し出されていた。
テラ・リバース。それは地球の裏側に存在する幻想世界。
かつて世界には魔王が生まれ、魔を解き放った。結果世界は混沌となり分岐する。
モンスターの蔓延る世界で人間は窮地に陥っていた――。
プロローグを見た感想は『最新にしては、設定が結構チープ』である。
でも俺は内心すごく感動した。
何だこの鮮やかさは。まるで実写ではなかろうかと。
そんな俺の顔を満足げに眺めて、受付のお姉さんは簡単にこれからの手順を説明してくれる。
「それではさっそく、向こうの住人をスカウトするところから始めてみてください。
契約可能なキャラクターが一覧で表示されますのでリストから好きなキャラクターを選び、契約ボタンを押していただければ大丈夫ですので」
「それだけでいいんですか?」
「ええ、基本的にプレイヤーは特権を提供する側ですので、希望者の中から選ぶ事が出来ます」
ほほん? 人間関係とは言ったって所詮はゲームか。ビビらせてくれる。
「そっか。何が出るのかお楽しみというわけですね?」
「そう言う事です」
どんなキャラクターが来るかもわからない。これが決まった攻略法がない理由なのだろう。
だがそれから一分くらい待ったが……変化がない。
さすがにおかしいと俺は画面を小突いてみたが、立体なのですり抜けるだけである。
「あの……誰もいないんですけど?」
「え?……ちょっと待ってください」
若干慌てて画面の確認をしていたお姉さん。しかしやっぱり画面にはカウンターしか映っていない。
お姉さんはしばらく画面をいじっていたが、ふと何かに納得したようで、すまなさそうな顔で頭を下げた。
嫌な予感がする。このお辞儀は失敗した感じである。
「……すいません。今日は人が多かったので待機中の希望者がもういないみたいですね」
「え? そんなことあるんですか?」
「はい。もうしわけありません。こちらでは、ネット登録とはまた違った形式で登録しているので、たまになんですが。ほとんどそう言う事はないんですけど」
「……えー」
どうしよう。始めてもいないのにクソゲー臭がするぞ?
これはいちおうゲームだろうに、スタート画面から進まないなど深刻すぎるバグじゃなかろうか?
いやいやマテマテ、まだまだこんなもので見切りをつけるのは早すぎる。
過去のゲーム達をみろ。動作不良でフリーズしたりなんてのは珍しい事じゃないだろう?
そんなものふっと一息、息でも吹きかければ解決である。
うん。ここは心を広く、事実を受け入れるべきだろう。
ただ少し気になるのは受付のお姉さんの視線の先であった。
「それにですね……ほら、ちょうど」
「?」
目線の先を追う。すると登録出来ない理由を暗に教えてくれているらしい。
どうやら誰かいるっぽい。
人の壁で俺からは全然見えないのだが、人のどよめきがそれを教えてくれていた。
「なにごとなんです? そう言えば来る時も人多かったですよね?」
知っているであろう人物に聞いてみると、お姉さんは驚いたらしい。
「あ、知らなかったんですか? このゲームの販促キャンペーン中でして。今日はアイドルのライラさんが登録に来ているんですよ。さっきまでライブやってたんですよねー。 ほら今から出て来て、もう一回歌って、これから登録です。おかげで朝から登録して下さるユーザーが沢山いらっしゃったんですよー」
そんな情報を得て、ようやく俺もあの人の壁に納得がいった。
「……なんか、間が悪かったですかね?」
結局はそういう事みたいだ。自分に関係のある項目以外は読み飛ばしたのがあだになったらしい。
「そうですねー。まぁキャラが一日全然いないという事はないと思うので……あ! でも向こうからはこちらの顔は見えませんから、容姿でどうのということはないので安心ですよ!」
「聞いてないんですけど? ……さらっときついこと言いましたよね?」
聞きとがめた俺に、お姉さんは笑顔のまま疑問符を浮かべた。
「そうですか? 何だったら種類は限られますけど、人工モンスターで契約も可能ですけど?」
「うーん、最悪それもありですかね。始まらないと意味ないんで。……でももうチョイ粘ってみます」
「ええそれは構いませんけど」
まぁ時間はあるし、別にいいだろう。
幸いすでに、ゲーム登録をしている客は少ないように見える。何せみんなステージに見入っているんだから好都合だ。
ふっふっふ。リアルめ、俺の妨害をしようとしても無駄だぞ? 存分に芸能人だろうがアイドルだろうが楽しんでいるがいいさ。
今日始めるのは決定事項だ。その程度で怯む事などありえない。
そしてどんな妨害があろうとも、いったんゲームを始めると決めた以上、ゲームを楽しみつくす事こそ俺のゲーマーとしてのプライドなのだ。
……第一ここまで来た労力と交通費がもったいないし。