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「簡単に言うと――負けて貰っちゃ困るわけよ」
一回戦のその日、試合が終わった直後、俺は呼び出された。
相手はアイドルのライラさん。一回戦で今戦ったばかりの相手だ。
改めて健闘でも讃え合うのかと思い、のこのこと呼び出しに応じた俺が彼女の楽屋に向かうと、彼女が言い出した台詞がこれであった。
まぁこんなこったろうと思ったけども。連絡先なんて、用事が無けりゃ教えるはずはないですものね。
そして彼女が直接出てくるような問題は、無理難題だろうと容易に想像がついた。
「……勝負は時の運と申しますし」
「じゃあ、一生分の運をここで使い果たしてしまいなさい」
「……」
「……本気にしないで。今のは冗談だから忘れて」
「はぁ」
「でも、勝ってほしいのは本当。これは『お願い』だから」
本当にこの人は顔を出せば、無茶を言うものだった。しかし出来ることとできないことが世の中には存在した。
「無茶言いますね、大概痛いですよ?」
「痛いとか言わないで! ……無茶なのはわかってるから」
「わかってるなら言わなきゃいいのに……」
とりあえず後がなくなる系の頼みごとは勘弁してほしい。結構切実なお願いだが、本人も悪いとは思っているようだった。
「それでも負けて欲しくないから言ってるわけ。現に言わなきゃ負ける気満々だったわけじゃない?」
「まぁそうですね、巨悪は倒したし」
「巨悪って私の事!?」
「他に誰がいると?」
俺は眼鏡を上げた。もちろん眼鏡の奥の瞳はアイドルさんをガン見である。
いや、受付のお姉さん辺りも怪しいがこの人も十分ブラックリスト入りに変わりはない。
切り込み方がきつすぎたのかアイドルさんも怯み気味だった。
「うう……それはそうなんだけど」
口ごもる所を見るとまだ罪悪感は感じてくれている様である。
視線を彷徨わせまくっているアイドルさんに、仕方がないと俺はため息を吐いてしぶしぶフォローを入れた。
「いや俺だって負ける気でやったりはしないですよ? ただ勝ち目が限りなく薄いと思っているだけです。ネットランキングのトップランカーとか、どんだけガチなんだって話でしょ? 勝てると思う方がどうかしてる。初心者が強いメンバー持って、なんちゃってプレイしてるのとはわけが違うでしょうに」
「なんちゃってプレイって言うな! ……はぁ、あんたって、本当普通すぎてびっくりするわ。もうちょっとなんかないの? 別にアイドルじゃなくたって、異性と二人っきりで会話って緊張しないの?」
唐突に普通の振りをされても困る。だいたいお互い知らない同士なんだから、条件は同じはずだろうに。
「そう言うあなたは緊張しているので?」
「バ! バカ言うんじゃない! 質問を質問で返さないの!」
俺はアイドルさんの顔をじっと眺めた。
そう言われれば、その通りなのだが。何故かそう言ったドキドキはない。
美人は美人なんだけど、きっとあれだ、好感度がマイナスから入っているからだ。
±ゼロなら、意識もするかもしれないが、好感度マイナスだとどちらかと言えば敵寄りである。
警戒の方が先に立って、ドキドキする暇はない。むしろビクビクとかそわそわとかの方が気分的に近いかもしれなかった。
何を言っても駄目だと思われたのか、うんざり顔のアイドルさんは彼女のバックからUSBメモリーを取り出すと、俺に差し出す。
何だろうと首をかしげる俺に、アイドルさんはそのままメモリーを押し付けた。
「とにかくそう言う事だから、少しでも協力するって言ってるの! とりあえずこれ! 次の対戦相手の動画だから、見て勉強しておくこと! いいね? じゃあ私これから用事があるから!」
「……ういっす」
何にしても敵に塩を送られた感じである。彼女は次に俺をどこに引き摺り降ろそうとしているのか?
というか、ちゃんと次の相手まで研究していたことにかなりの驚きを感じながら俺はUSBメモリーをポケットに突っ込む。
「どうしようかなぁ本当に……でも」
今更降りるなんて言う選択肢はない。
負けるまで頑張ろうとそのくらいの意気込みで、俺は家に帰ることにした。




