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なんとももやもやした勝利宣言を聞いたわけだが、俺個人としてはどちらかと言えば、気分はそんなに悪くない。
むしろやってやったといったところだろう。
俺を貶めようとする不条理に勝利した――みたいな。
それでも、そそくさと会場を後にするそんな俺を出迎えたのは受付のお姉さんである。
俺は後ずさった。
「ど、どうも」
「お疲れ様ですねー」
彼女はニコニコ笑っていたが、なんとなくその心中は察せたので、俺もおずおずと勝利報告をした。
「なんか、勝ちましたよ?」
「おめでとうございます。素晴らしい……勝利でしたよ?」
「間を開けないでください」
「仕方ありませんよ邪神様」
「そのニックネームもやめてくれません?」
本当に的確に嫌なことを思い出させてくれるお姉さんだった。
「いやー、モザイクなんてジョークエフェクトだったんですけどねー。青い光だけでだいたい事足りるんですよ? あんなに乱発することがあるとは驚きでした。さっき審議だって、薄暗いし、モザイク出しすぎで勝ちの瞬間全然見えなかったかららしいですよ? ある意味伝説ですね」
「どうだろうそれ? 誇っていいのかわからない? 俺としては邪神から注意がそれれば伝説でもいいですが」
やっぱりにこやかに言う受付のお姉さんは面白がっているらしい。
せめて声だけでもあげておこうとそう言うが、受付のお姉さんは首をかしげた。
「私だけ止めても、もう手遅れじゃないですか? あれだけえぐい手でアイドルを沈めておいて」
「……えぐいですかね?」
「スライムで溺れさせて爆殺って……えぐくないと言うつもりですか?」
「えーっと……でも死なないんでしょう?」
「それもえぐい要素の一つだと思うんですけど?」
認めるのもアレだが、えぐいと言われればそれはそうだ。
断末魔のなんていうのは確かにもう少しソフトに処理しないと、エンターテインメント的にまずかろうと言う気はしたけど。
「さて、しかしです。さっさと帰ってしまうなんてたんぱくすぎますよ? せっかくの名勝負だったんですからー」
「そうですかね? 身の危険を感じるんですけど?」
「そんなことありません。好評でしたよ? 呪詛と称賛の嵐です」
「それって好評なので?」
「もちろんですとも。絶対あのメンバーで勝てると思った人いませんって。まさか土の中から落とし穴を仕掛けるなんて思いませんしね」
「そりゃあ落とし穴は普通上から掘るものでしょうけど」
「その通りですとも。ただ意表を突かれるのは誰しも悔しい物なんです。そのあとのアフターケアが今後の人間関係に有益に働いたりするわけですよー。いい勝負をした後は全部水に流すために、爽やかに健闘を讃えあったりするものです」
「?」
そしてこれらの会話の意図を正確に理解した俺は、完全にしてやられていた。
「ちょっと!」
「……」
呼び止められた時点で、誰であるかは気がついた。
受付のお姉さんはすでに口を閉じワイドジョーを見る主婦顔で俺を眺めるばかりである。
難関がこちらに迫ってきている。俺は正直怯えた。
アイドルさんはつかつかと荒々しい歩き方でこちらにやってきた。
勝利のためとはいえ、随分思い切ったギリギリの挑発を繰り返した気がする。
はっきり言ってマナー違反である。
逃げる間もなく、ざっと俺の前に仁王立ちする女子。
よく見れば俺と同じくらいの歳に見えなくもないアイドルさんは、若干涙目であった。
「負けた……。なんだかすんごい文句言いたくなる負け方だったけど」
「そうは言いましても……普通のゲームだったら勝ち目すらありませんでしたよ?」
慌てる俺に、アイドルさんはサッと手のひらを出してきたので、俺は『待て』の体勢になった。
「わかってる! だから負けたって言ってるでしょ! ほら、何か言って見なさい!」
ふんと胸を張るアイドルさんは何に対して胸を張っているのかよくわからないが、少し質問だけでもしておくことにした。
「そういえば、こないだここで俺を見かけた時、なんで俺にわざわざ声をかけて来たんですか?」
それはここに相談に来た時、俺を喫茶店に連れ出した一件の事である。
不自然だったし、イカサマまがいだとわかっているなら、声をかけても不快な事にしかならなさそうだと言うのに、わざわざ向こうから声をかけて来た理由がわからなかった。
すると彼女は不満そうにぷいっと顔をそむけると口を尖らせる。
「巻き込んじゃったから。……私の口から一言おうと思っただけ。ズルされて一方的に負けるだけと、ある程度納得してもらって負けるのとでは気持ちが違うと思うから。……どっちも気分がいい物じゃないだろうけど」
彼女は不満そうな顔でそう言った。
なるほど、参加を確定させたのはほぼ彼女と言っていい。
登録したばかりの素人だとわかっていたからこそ、わざわざ人の目がある所で話しかけてきた……と言った所だろうか。
いわゆる大人の事情だろう。しかしそれを堂々とルールの範囲内で打ち破った俺の心は晴れやかだ。
「ま、俺が勝っちゃいましたけどね!」
「……っく! 次は負けないから!」
そう言って、アイドルさんは何か紙を俺に押し付け、荒々しい足取りで去っていった。
いつも嵐みたいに現れては消えていく人だ。
いったい何事かと、俺は渡された紙に視線を落とす。
興味深げに受付のお姉さんも覗き込んでくるが……彼女の目がキラキラと子供のように輝く前に、それをしまわなかったことを後悔した。
手渡された紙はサインだった。
そして裏に連絡先と、ゲームでのユーザー名が書いたメモ書きもセットである。
『後で私の楽屋に顔を出すこと!』 って書かれた台詞が何とも趣があった。
邪推しようと思えばいくらでも出来そうなアイテムに俺の思考はフリーズする。
「な、何ですかこれ! どういう事ですか邪神様! 拝めばご利益とかあるんですかね!」
受付のお姉さん大興奮である。
「さぁ? なんなんでしょうね? ……きっと何か宇宙的に不可思議な現象が起こっているとしか? あと、邪神様は止めてください」
普通なら喜ぶところなのだろうが、今までの経験を踏まえた上で、地獄への片道切符くらいにしか見えない。
世の中は不思議なことで満ちている。ゲームを楽しむと言うのも……リアルが絡むと中々し絡みが多いものだ。
とにかく勝ち残ってしまった以上、なにかしら次の手を考えなければならない。
俺の苦難は思いがけず続いちゃってゆくのだった。




